開戦
明け方の空に大量の蝋燭が並ぶ中、浮かぶ黒い人影が蝋燭の炎みたいに揺らめく。
関節を無視した歪な動きは揺らめきというより、別の表現で形容できるかもしれない。
うねうね、にょきにょき、何にしてもあれは人じゃない。人じゃないなら何だ? 魔物? 魔族?
「デュークッ!」
「いてぇっ!」
突然、サリアにビンタされた。
何しやがると叫びそうになったが、その表情に怒りが見えない。
「あれを見ちゃダメ! 全員に徹底して!」
「わかった!」
聞き返したい衝動を抑えて、監視塔を駆け降りた。
下にはすでに揺れる人影を見上げている冒険者や騎士、警備隊が大勢いる。涎を垂らして、体を揺らしていた。
「目を覚ませ!」
「ぎゃっ!」
「お前も!」
「いってぇ! 何しやがる!」
俺一人じゃ間に合わない。あれは見ると精神に干渉するのか?
サリアが気づいたという事はやっぱり魔術か。魔術真解、そう聴こえたからな。
急いで一人ずつ、頬を張るが間に合わない。
「雷属性低位魔術!」
降りてきたサリアの魔術が全員に感電する。
光と衝撃音の後、全員が我に返ったように辺りを見渡していた。
「あれ? オレ、何してた?」
「上空を見ないで! あれを見たらおかしくなる! 敵が来る!」
一瞬で全員が状況をのみ込めるか不安だった。
同時に地鳴りが聴こえてくる。これは地震なんかじゃない。大勢の足音だ。ついに来たか!
「警備隊は全員、門の外を固めよ! 何としてでも街へ入れるな!」
「騎士隊も全員、出ろ! 弓兵隊は矢を惜しむなよ!」
それぞれの隊長の指示通り、防衛ラインが固められた。
街を囲う高い塀の上には弓兵、魔術師達がずらりと配備されている。
敵も数が多いだろうが、こっちも負けてないはずだ。
一方でオレ達、トリニティハートは遊撃隊として自由に動かさせてもらう。
「デューク! 俺達、冒険者も続くぞ!」
「あぁ!」
ハンターズのせいで冒険者の数はめっきり減ったが、いないわけじゃない。
むしろ最後まで冒険者としてしぶとく生き残った連中だ。全員、等級に関わらず二級以上の実力はある。
「デューク! あの空は……」
「空にある蝋燭は未知だが気にしてもしょうがない! 訳のわからん人影もあるし、上を見るなよ!」
ちらりと聖騎士団陣営を見ると、あちら側から慌てて騎士達が出てくる。
つまり敵は聖騎士団陣営から外れた斜め方向から襲ってきてるわけだ。
しかもいくつかの部隊が砂煙を上げているところからして、まとまってない。
「やっぱり隣国のグランシア国か! 何のつもりか知らないが、人様の国の土を踏み荒らしてんじゃねえぞ!」
「デューク! 俺が斬り込む!」
「ハリベル、頼む!」
大盾を持ったハリベルが迫る敵兵に突っ込んだ。敵兵達が何かに弾かれるようにして散って飛んでいく。
狙い通り、味方勢が活気づく。
「よし! 続くぞ!」
ハリベルの突貫力は見応えがあるし、味方の士気を高める。オレが斬り込むよりも効率がいい。
敵兵も矢を放ち、槍で突く。剣を振るう。その様子はやっぱり尋常じゃなかった。
何かに突き動かされるように、暴れ狂ってるようにも見える。
「こいつら、相変わらずおかしいな!」
「だが数だけだ! まったく統率も取れてない!」
ハリベルの言う通りだ。多勢に無勢だけど、敵はこっちの個の力を舐めすぎた。
数だけ揃えた兵隊は次々と俺達になぎ倒されて、無駄に戦力を消耗している。
だけど、この前みたいに魔人化でもされたら一気に戦局は傾く。
そして兵隊の背後に見えた魔術師達。本命が来たか。
「あらら……やっぱり魔術も使えない雑兵じゃダメねぇ」
「日々の鍛錬を怠っていない証拠だ。あの面構えを見ろ……確固たる強い意志を感じないか?」
「相変わらず固いわね、兄さん」
スレンダーな体型の女魔術師と、角ばった顔つきのごついおっさん魔術師。
魔力感知を鍛えた今だからこそわかる。それぞれがあの第七魔術師団の団長イーアン以上の魔力、こいつらが団長か。
「ボウヤ、私が気になるの? じゃあ、名乗ろっか。私はエーミー」
「エーミー、敵とはいえ礼儀を欠いてはいかん。我こそは栄えあるグランシア国の第六魔術師団の団長ドドルマン!」
「固いわね、兄さん。私は第五魔術師団の団長エーミー」
「上に見えるのは第四魔術師団の団長ギュリオン!」
「それは言わなくていいんじゃない? 真面目な兄さんね」
こいつら、兄と妹か? 二人して団長、聞き覚えがある。確か――
「グランシア国のブラッセル家! 代々、魔術師団の団長に居座り続けるグランシアの最高戦力!」
「サリア、マジかよ……」
「下克上上等の魔術師団において、ブラッセル家は百年以上も団長の座を譲っていない」
「お前も詳しいな、ハリベル」
歯を食いしばって警戒するサリアを嘲笑するエーミー。無骨な面構えで見据えるドドルマン。
そうか、そんなエリート様が俺達の相手をしてくれるのか。
他の連中は混戦状態だが、まるで俺達だけが取り残されたかのようにあいつらと対峙している。
オレ達みたいなのを最初から狙っていたのか?
「兄さん、私達がこの国にまで知れ渡ってるわ。なかなか有名になったものね」
「驕るな、エーミー。この国にも俺達に相当する魔術師がいるだろう……いや、いたか」
「聖女ソアリスね。あんなのたかが数年程度じゃない。歴史の重みが違うわ」
「侮るな、エーミー。聖女ソアリスを生んだ国であれば、他にも優秀な魔術師がいても不思議はない」
「固いわね、兄さん。封印された時点で、その程度の魔術師よ。ていうか聖女だなんてねぇ、やっぱり生娘だったのかしら? クスクス……」
また聖女ソアリスか。こんな奴らにまで知れ渡って、馬鹿にされて。
もしソアリスが聞いたら、どう思うんだろうな。やっぱり悔しいか。
何せ会った事もないくせに、俺がムカついてるんだからな。
ドドルマンの言う通り、俺達が情けない姿を見せればその程度の国になってしまう。聖女ソアリスもその程度になる。
「じゃあどの程度か、確かめさせてくれよ」
「あら、ボウヤ。イキってるわねぇ? クスクスクス……」
オレはキキリみたいに聖女信奉者でも何でもない。
だけど今やオレは、オレ達は立派にこの国を守ろうとしている。
聖女ソアリスもこの国を愛したはずだ。だったらまぁ同じ志って事で仲間じゃないか。
舐められるわけにはいかねぇ!
強敵出現!
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