デューク、心の炎を燃やす
「ソアのやつ、どこまで行ったんだろうな」
「デューク、心配する気持ちはわかるけど交代の時間よ」
カドイナの街で、俺達トリニティハートは防衛任務についている。
一度の襲撃を許してしまったせいか、正規軍共々張りつめている雰囲気があった。
昼夜問わず、誰一人としてほとんど私語を話さない。緊張感があって良い事だと思えるかもしれないが、俺には疲れ切ってるようにも見えた。
見張り塔の上で二人一組で監視しているけど、隣の奴とは一切話していない。
「交代だとよ」
「……あぁ」
最低限の返事すらも短い。しかも動こうとしないものだから、一緒にいるだけでも疲れる。
サリアともう一人が割って入ってきたところで、空気を読んでようやく降りていった。
「サリア、そっちの子は?」
「あ、エルナといいます。このカドイナの街まで、ソアさんに連れてきてもらいました」
「エルナちゃんはこの街出身だからね」
サリアのあやふやな説明だけど察した。きっと自分から志願したんだろう。
話を聞けば、この子もソアに世話になったらしい。
王都に母親がいるから、身内の心配はないみたいだが――
「女の子二人のほうがお互い安心よね」
「でも皆さん、いい人なので心配ないですよっ!」
いつの間に仲よくなったんだ。さっきの警備兵が見せた陰鬱な表情とは真逆だった。
いつ敵が攻めてくるかもわからないのに、どうしてこの笑顔を見せられるんだ。まるでどこかの自称治癒師みたいだな。
「この街が故郷なのはわかったが、これから戦いが始まるかもしれないんだぞ? いいのか?」
「もちろん怖いですよ。でも私にはやりたい事があります。だから頑張るんです」
「やりたい事?」
「魔術を勉強して、もっともっと極めるんです! 私の魔術を完成させて、いつか魔術真解に辿り着く!」
「まじゅつしんかい?」
サリアに説明されて、ようやく理解した。
俺も魔術は使えるが専門じゃない。そっちの知識には疎かった。
魔術真解、聞けば八賢王クラスの特権みたいなものだろうに。なんでこんなに嬉しそうに目指せるんだ。
一方、俺はあのアルンスに敵わなくてヘコんでるってのに。
「やりたい事があるなら、それこそ戦う必要はないんじゃ?」
「いえ、それじゃダメなんです」
「ダメか?」
「この街がならず者に占拠されていた時、ソアさんに助けてもらったんです。それからこのカドイナは、前とは比べものにならないほど防衛力が上がりました」
「ここでもソアか……」
どこにでも現れてこうやって皆を助けているのか。
旅の治癒師とか名乗っていたけど、本当に何者なんだ?
ラドリー騎士団長とも対等に話していたし、正規軍の編成にも口出しをしている。
今や王国の中枢にいるといってもいい。一時期、王都内では悪く言う奴もいたみたいだが今やソアの話題で持ちきりだ。
見た感じ、俺と変わらない歳だと思う。相変わらずフードのせいで顔はよく見えないけど、たぶん美人だ。
俺もルックスは悪くないと思うが、実力は影響力でいえば雲泥の差だった。
「私はソアさんにいろんなきっかけを貰いました。ソアさんが背中を押してくれたなら、次へ繋げます。守ってもらった私が誰かを守るんです」
「次、か。確かに次があるのは幸せな事だよな」
死んでしまった奴には次なんかない。次の襲撃で死者が出るかもしれない。
今、ここにいる俺は誰の次を守る?
「それにソアさんのおかげで、魔術の楽しさも少しだけ理解できそうです。皆さん、生きてもらって私みたいに何かの楽しさに目覚めてほしいんですよ」
「生きるってのはそういう事か。そうだよな」
「はい! まずは楽しまないと!」
この笑顔は誰譲りかと思えば、やっぱりソアか?
いや、きっとそういう子なんだろう。自分だけじゃなく、誰かの明日を守りたい。
人好きの匂いもする。それでいて大真面目。それがエルナという子の印象だった。
「デューク、見張りの交代よ」
「あ、そうだった。もう明け方か……。あっちの非正規軍達は静かだな」
「そうね。あの人達が全部、敵を倒してくれるなら楽でいいんじゃない?」
「癪だけどな。でも……」
それで誰かの明日を守れるならいいか。
聖騎士団は活躍して国内の影響力を高めようと目論んでいるみたいだが、それもいい。
誰かが守られる事には変わりない。ソアとしては気に入らないと思うが。
ついさっきまで、アルンスに負けてへこんでいた自分が馬鹿らしくなった。
誰それより下だとか、負けたとか。上下しか見ていなかった俺にエルナは眩しく見える。
いや、というよりこの子も俺と同じだったかもしれない。
ソアのおかげで魔術の楽しさを理解できたと言っていたんだ。前は楽しめていなかったんだろう。
「こんな時だからこそ、正規だの非正規だの関係なく協力するべきかもな」
「あら、デュークのくせに珍しい」
「なんでだよ」
「聖騎士団のアルンスに負けて、てっきり対抗心を燃やしてるかと思ったのに」
「聖騎士団そのものはどうでもいいさ」
悔しいって気持ちは今も変わらない。だけど今は心が静かに燃えている。
悔しくて燃え盛って、鎮火しなきゃいけないけど手に負えなくて苦しかった時とは違う。
エルナのおかげで、いや。エルナとソアのおかげでようやく心の炎が落ち着いた。
今一度、自分を見つめ直そう。俺のブレイズエッジもまだまだ改良の余地があるはずだ。
やる気になると、炎が見えてくる。それも視界に広がる小さな灯が――
「ちょっと、何よ。あれ……」
「ほ、ホントに炎が見えた!」
「なに言ってるのよ。あれはロウソク?」
明け方の空にまるでろうそくが陳列されているようだった。燭台もなく、浮いている。
途端、二の腕をさするほどの寒気がした。
サリアが思わず膝をつきかける。これは、この魔力は。
「と、と、途方もない魔力……」
「敵の仕業か?!」
俺の言葉に答えるかのように、ろうそくは列を増やしていく。
カドイナの街を覆うようにドーム状を形成していった。そしてどこからともなく聴こえる声。
「魔術真解……」
耳で聴きとったのか。頭に響いたのか。
どちらかわからないが、空に揺らめく人影が声の主なのはハッキリとわかった。
二章も終わりに近づいてますが、それに伴ってお話構築も慎重に行ってます
更新間隔があいてる理由の一つですが、ご容赦願います
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