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聖女、世界の広さを説く

 ホルスターにミルク漬けにされた兵士達のケアが少し大変だった。

 いわゆる中毒症状に陥ってるから、治癒魔術でも割と時間がかかる。

 解析すればするほど魔族の底知れなさに恐れ入った。

 あのホルスターのミルクは魔術でも何でもなく、生物の機能として備わっているものだ。

 人間があれと同じものを作ろうとするならどれだけの知識や時間、人数がいるのかな。


「ソアさん、わたし」

「ストップ! キキリちゃん、謝るのは私のほうです」

「どうしてソアさんが謝るんですか?」

「あなたを危険な戦場に送り込んで怖い目に遭わせてしまいました。あなたは軍人でも何でもありません。ですから」

「ストップ! です!」


 まさかのストップ返し。

 皆を鍛えて国を守ってもらう。皆で一致団結する。

 ここにきて私は皆に押し付けてしまったんじゃ、と心配になったのに。


「他の方はわかりませんが私は後悔してません。そりゃ、まぁソアさんが来てくれなかったらドキドキハラハラでしたけどぉ……。悪いのは私です。それに比べてソアさんは見た事もない魔術に魔力……。私やトリニティハートの皆さんに対する適切な指導……それでいてどこか抜けていて……」

「わーお」


 見た目と態度の割に刺してきた。悪気はないと思う。きっと。

 キキリちゃんがメガネの位置を直して、少しだけ溜めるように押し黙った。


「キキリちゃん?」

「す、すみません。うまく言葉にできなくて……。ソアさんは私と同じくらいの歳なのに、私なんかよりずっとすごくて……」

「上下で考えるのはやめましょう。少なくとも私は魔術が好きで、皆さんを笑顔にすることばかり考えていました」

「それだけですか?」

「その結果、今の私があるだけです。強さでいえば私よりも世界最強の八人の魔術師、八賢王のほうがきっと上でしょう」


 実際に会った事がない以上、上かどうかは確認できない。でもそんな事は関係なかった。

 八賢王。それぞれ立場は違えど、世界的に認知されている魔術師だ。

 対して私はこの国で聖女と呼ばれていた程度、世界的には無名もいいところだと思う。

 八賢王は何か大きな事を成している。それは確かだもの。

 だけどそんな知名度や名声よりも、自分にとって何を成したか。誰の為になったか。それが重要だ。

 私は皆を笑顔に出来ればそれでいい。その手段として大好きな魔術を使っているだけだ。


「キキリちゃん。世の中、上下だけではないのです。右も左もあります。周囲に世界は広がってます。その中であなたが成したい事、なりたいものを見つけて下さい」

「なりたいもの……ですか。それはやっぱり……」

「あなたは身を挺して、ルッセルンの街を守りました。すでに聖女キキリちゃんですよ」

「せ、聖女だなんてぇ! 私はまだそんなアレではありませんよぉ!」

「そんなアレですよ。少なくともルッセルンの方々はあなたに感謝してますし、心配してます」

「う~~~……」


 キキリちゃんが首を前後左右に振る。

 面白い仕草でお悩み中だけど、何も今すぐに納得できなくてもいい。

 生きていれば、必ず答えを拾えるはず。その為に私もいる。

 戦場に駆り出した負い目じゃないけど、キキリちゃんみたいな子が報われてほしいから。


「はい、ストップ。それ以上は首が捻じり切れますよ」

「ホントにですかぁ!」


 両手でキキリちゃんの頭を抑えて面白い動作を止めた。

 治癒魔術をかけておいた中毒兵士達もそろそろ落ち着くはず。ミルクはなかなかの脅威だったな。

 それにしても炎の魔人ことビフリート、ホルスター。タウロスを含めれば牛型の魔族との遭遇が多いと気づいた。

 朧気ながらに見えてくる可能性、だけど当たってほしくない。


「カドイナの街に戻りましょう。敵が迫っていたら大変ですから」

「あーーー! そうです! カドイナ! ホルスター隊は明け方にカドイナの街に攻める予定だったらしいですよぉ!」

「え……明け方に?」


 キキリちゃんがホルスターから聞いた情報を教えられて、私の中にある不安を増大させる。

 ホルスターが崇め称える親衛隊長。やっぱりその正体は――


「ソアさん! 早く行きましょう!」

「そうですね。ホルスター隊が明け方に出撃を命じられたという事は……」

「ソアよ、敵はすでに動き出しているかもしれんぞ」


 マオの指摘した通り、敵は私達を弄ぶつもりかもしれない。

 ホルスター隊や他の部隊を順次、出撃させていく。疲弊させて楽しんでいる。

 もしそうなら、ホルスターに相当する魔族が他にもいる可能性があった。


                * * *


「タウラス様! そのお怪我は?!」

「怪我? 違うな……これは証だ」


 楽しませてくれた。

 この俺に浴びせた一撃、実に気持ちいい。脳天を貫かんばかりの激痛、気を許せば俺のほうが逝っていた。

 今も流れ出るこの血の感触、心地がいい。我が体から命が失われていく証拠だ。これぞ闘争。これが戦い。


「血、血が……止まった?」

「いい傷だった。しかし、足りん。この男はまだまだ強くなる。もっと楽しませてくれるはずだ」

「そ、それで連れて帰ってきたのですか……」


 俺が片手で引きずるこの男、放っておけば死ぬだろう。

 そうはならん。生きろ。そしてまた俺を殺しに来い。その為の環境を用意してある。


「しかしタウラス様、レキ団長のほうは?」

「敵はビフリートを倒すような猛者、接戦となるだろう……俺の介入は無粋だ」


 そう、レキ団長には最高の戦いを演じてもらわねばならない。

 この世が闘争で満たされるには、まったく足りないのだ。血で塗りたくられた大地を築き上げて、そこに立つ者達よ。欲しろ、奪え、争え。そして勝ち取れ。

タウラスとタウロスで紛らわしいっすね


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― 新着の感想 ―
[一言] 字面が似てますね…… ケン(タウロス)さんとミノ(タウロス)さんでいいかもしれませんね!
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