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キキリ、屈しない

 私、キキリは魔族に拉致されてしまいました。魔族ホルスターはとても強く、私達じゃ敵いません。

 私一人がホルスターに拉致される代わりに皆さんを見逃してもらう。

 そんな条件で怪しかったのですが、ホルスターは満足して私を担いでルッセルンの街から離れていったのです。

 そして今、どこかの森でしょうか。ホルスター隊はここで待機しています。


「んもー! キキリちゃん、このミルクに誘われないなんてぇ!」

「そんなもの飲みません!」

「あまーい匂い、とろけるおいしさ! どう?」

「飲みません!」


 強がってますが、ホルスターのミルクは匂いだけで誘われそうになります。

 口の中が涎で満たされて、今にもむしゃぶりつきたくなるのです。あの兵士達が虜になったのも無理ありません。


「ホルスター様ァ……ミルクもっとぉ……」

「んもー、どんどんお飲み」

「あはぁ……んぷっ……ん、ん……」

「んもぉ、かわいい子達! それでこそ私の子よぉ!」


 ホルスターは隣国の兵士達を完全に虜にして、部隊を作り上げてるのです。

 私も戦いましたが、攻撃手段は騎士団や警備隊に任せていました。

 彼らの刃じゃあのホルスターの厚い脂肪になかなか致命傷を与えられませんでした。

 それに加えてタウロス以上のパワー、俊敏性。まずいのです。何がまずいかって――


「んもぉ、早くカドイナに行きたいわぁ。レキ団長ったら、早く合図しなさいよぉ」


 話を聞いていると、隣国は大部隊で私達の国を攻めるつもりなのです。

 手始めにカドイナを制圧して、王都に向けて進軍するつもりらしいなのです。

 そもそもなんで隣国はこんな事をするのか、私なりに探ってみました。


「どうしてこんな事をするんですかぁ……」

「んもー、キキリちゃんったら気になるぅ? 今、あの国は王と親衛隊長のあのお方によって支えられているのよ。お二人が時代を築き上げる為に私も奮起しちゃうってわけ」

「王と親衛隊長はあなたと同じ魔族ですか? なんという名前ですか?」

「んもぉ、キキリちゃんったらぁ。そんなに気になるならミルクを飲んでぇ?」


 お乳を私の顔の前に突き出してきました。

 匂いだけで今にもむしゃぶりつきたくてたまりません。でも我慢、我慢!

 飲んでしまえば、あの兵士達と同じになるのです。


「親衛隊長さんはかっこよくて強いんですかぁ?」

「んもぉ! あの黒光りする肌! 天を貫かんばかりの雄々しい角! 昔は誰もあのお方に敵わなかったらしいのよぉ! 人間達もみーんな怖がってねぇ!」

「へぇぇ、その強いお方がどんな時代を作るんですかねぇ」

「闘争! 戦い! 人も魔族も入り乱れて、勝ったものが欲しいものを手に入れる! そんな時代をあのお方はお望みなのよぉ!」

「それでこの国もそんな風にしたいんですねぇ。どんなに素敵な名前と強さをお持ちなんでしょうかねぇ」

「んもぉ、あのお方の名前は」


 木々の枝葉が揺れて、何かが滑空してきました。

 現れたのは魔族じゃなくて人間です。魔術師風の恰好をしてますが、ローブに隣国のエンブレムがついてます。


「レキ隊からの伝達です! ホルスター隊は日の出前に侵攻開始との事です!」

「んもぉ、やっとなのぉ。待ちくたびれたわぁ」

「我ら魔術師団も万全の体勢です! 各々団長はおかげ様で魔術真解に至りました!」

「んもぉ! それはよかったわねぇ!」


 魔術真解、聞いた事あります。魔術式に対して真の解を打ち出した先にある魔術の真髄。

 八賢王の方々がそれぞれ至ったと聞いてましたが、もし今のが本当ならまずいどころじゃないです。

 魔術師団の団長達は魔術師として最強になったわけです。

 おかげ様というのも気になります。ホルスターのミルクみたいに、何かの特殊な力?

 早く、早くこれをソアさんに伝えないと!


「あなたもアレを飲んだのに、魔術真解は出来ないわけぇ?」

「は、はい。やはり団長は格が違います……。特に今のレキ団長はあの聖女ソアリスに迫るほどの魔力を得ています」

「聖女ソアリスゥ? なぁにそれ?」

「ソアリスというのはこちらの国で持て囃された魔術師の少女です。当時、間違いなく最強の魔術師でしたが二十年前に封印されて今は存在しません」

「んもぉ、封印されちゃうような子と同じだなんてぇ。大丈夫ぅ?」


 それから二人は聖女ソアリス様に対する悪口を言い合いました。怒りを抑えられません。

 聖女と呼ばれる事がどれだけすごいのか知らないくせに。あなた達なんか絶対敵わないくせに。


「……というわけで、聖女なんて偽りですよ。他にも裏でどれだけあくどい事をしていたのか……」

「んもぉ、聖女だなんて大袈裟よねぇ」

「馬鹿にしないで下さい」


 気がついたら口に出していました。聖女様は、ソアリス様は私達の支えなのです。

 いじめられてつらかった時、聖女様の事を思い出して頑張りました。

 お父さんもお母さんも、いつも聖女ソアリス様のお話をしてくれました。

 会った事がなくても、見た事がなくても。聖女ソアリス様は人を笑顔にします。

 お話だけで、どれだけの人が救われたか。


「聖女ソアリス様はあなた達が語っていいような人ではありません……」

「んもぉ、キキリちゃんったらどうしたのぉ」

「あの人は! 私を救ってくれたのですよぉ! あの人がいたから頑張れたんです!」

「んもぉ……キキリちゃん」


 頭に衝撃が走って、気がつけば。


「う……」

「んもぉ、ちょっと甘やかしたらこれよねぇ」


 倒れて、体を踏まれてます。

 ホルスターが少しずつ体重をかけてきて激痛が――


「うぎぎぎ……!」

「キキリちゃんったら意外と頑丈よねぇ。普通ならこれで内臓ぶちまけてるわよぉ?」

「ホルスター様、そちらの少女は?」

「ちょっと気に入ったから連れてきたけど……反抗的すぎたわぁ」


 痛い、潰れそう、です。

 悔しい、嫌だ、大好きなものを馬鹿にされてるのに。何も出来ない。


「んもぉ……キキリちゃん、私ねぇ。あなた達、人間は弱くてかわいいと思ってるのぉ。だからね、弱いなら弱いなりに従順でいなきゃいけないの」

「あぁぁうぐぐぐぅ……!」

「弱いのにミルクは飲まないわ、訳の分からない事で反抗しちゃダメなの。ね、今からでも遅くないわ。謝って、そしてミルクを飲みましょ?」

「ううぁあぁ……」


 死ぬ、死んじゃいます。これ以上、踏まれたら――


「んもぉ?!」

「は……?!」


 突然、楽になりました。

 地べたに這いつくばってるのは同じですが、今は目の前にホルスターと魔術師がいます。

 しかもさっきまでの痛みがウソのようになくなりました。


「間に合ってよかったです」


 すごくなつかしい人が傍らに立っていました。

 別れてからそんなに経ってないのに、なぜか涙が出てきそうです。

 私、私、助かったんです。だって、この人なら絶対に負けませんから。


「んもぉ、何なの……」

「ソア殴り」

「ぉごッ!」


 いつの間にかホルスターの前にソアさんがいて。殴って。回転しながらホルスターが飛んでいって。

 後ろ姿だから見えませんが、きっとすごく怒ってます。 

黒幕が少しずつ明らかに


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― 新着の感想 ―
[一言] この作品唯一の聖女要素、聖女パンチじゃなくなってしまった… 聖女のついた名前の新技に期待!
[良い点] ほるほるは弱いんだから強いソアちゃんに絶対服従すべしw ソアのデコピンは何になるのだろう……ソアパッチン?
[良い点] パンチやキックですらなくたった(いや意味は一緒か…) 征服や支配でなく、闘争の時代ご望みとは ソアが暴れるのも、望み通りなんですかねー
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