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聖女、冷静になろうとする

 ルッセルンの街並みを見る限り、被害はなかった。

 だけどそれは犠牲あってのものだ。警備隊、騎士団が意気消沈して語った事実に私も愕然とする。

 警備隊詰め所で説明を受けた私は少しの間、言葉を返せなかった。


「それで、魔族はこの街には何もせずにいなくなったと?」

「……はい。魔族が、あの少女を気に入った様子で……。我々も、戦ったのですが……。連れ去られるのを、止められず……」


 騎士団の隊長がテーブルを叩き、私は拳の震えが止まらない。

 私が間違っていたのかな。才能があると見込んで、こんな危険な事をさせて。

 落ち込んじゃダメ、ソアリス。二十年間、私はそもそも何をしていたの?

 こんな思いを二十年もの間、王国の人達は味わっていた。大切な人を失った人だって多い。


「魔族ホルスターは気に入った人間を従えているようで……。キキリさんが痛めつけられるのを、我々は、どうすること、も、出来ず……うぅっ」

「街を見て下さい。あなた達は任務を果たしました」

「ですがッ!」

「果たしました」


 強く復唱するのが精一杯だった。

 私だって怒りでどうにかなりそうだ。

 大体、隣国がなんでこんな事を。なんで魔族が。王って何なの。

 いろんな情報が頭を占領して、冷静になるのも一苦労だった。

 今、私に出来る事は何? 一つずつ、クリアしていかないと。


「こちらがホルスターの情報です。わかっている事を紙に書き出しました」

「フィジカル特化並みの身体能力に加えてこのスキル……。隊長、あなた達はよく生き残ってくれました」

「我々にそのような言葉を……。あなたは強く、そしてお優しい……」

「皆さんは引き続き、このルッセルンの警備をお願いします」


 空間掌握で、この辺りに潜む敵軍がいないのはわかってる。

 同時にホルスターを含む敵軍もこの辺りにいない。どこにいるのかな。

 探し出して残らず殺して――


「ソアよ、魔力を抑えろ」

「あ、つい……」


 落ち着いて、ソアリス。ホルスターの特徴が本当なら、キキリちゃんを殺すような真似は滅多にしないはず。

 加えて魔族は敵軍の中でも、権力は当然高い。そんな魔族の庇護下にキキリちゃんがいるなら、敵国の兵隊だって手を出せない。

 こういう時はポジティブな発想に転換するしかない。


「マオはそんな魔力なのに感知はうまいね」

「傷つくぞ」

「ごめん、でも少しずつだけど魔力が上がってるね。私の言う通り、寝る前にきちんと瞑想をやってる証拠だよ」

「いつまでも無様な姿は見せたくないからな」


 魔力1だったマオが今は50程度に上がっている。短期間でなかなかの上昇率だ。

 失ったのかわからない魔力だけど、少なくとも素質は残っている。後は本当に妙な野心がなければいいんだけど。


「そのキキリという少女は特別な存在なのか?」

「少なくとも思い入れは強いね。あの子、今でも顔を見た事もない聖女に憧れているから……」


 両親に影響されたとはいえ、今でも私を信じてくれる子だ。

 そんな子が特別じゃないわけない。あの子はソアリスを聖女と呼ぶけど、キキリちゃんみたいな子は私にとっても聖女といっていいかもしれない。

 少なくとも信じてくれている人達は私にとって大きな力になる。


「今は小さくても、誰かの聖女になれる子だよ」

「そうか……。ところで、ここには我以外にもいるのだが」


 警備隊や騎士団の人達が何の話かとばかりに呆然としている。笑顔で誤魔化してから、詰め所を出た。


「ソアよ、どうするのだ」

「キキリちゃんの安否が心配だけど一度、カドイナに戻る」

「探さないのか?」

「探すよ」

「……愚問だったな」


 さっきから収まらないのは怒りだけじゃない。

 漏れ出る魔力の制御を半ば諦めたところで、詰め所の中から小さい悲鳴が聴こえてくる。

 そういえば一人、魔術を使える人がいたのを思い出した。


                * * *


「状況は?」

「あれを見てくれ……」


 カドイナの街でレックスさんが言葉を濁した理由がすぐにわかった。

 門の外、開けた場所に大規模な野営地が構築されている。

 テントにはしっかりと聖騎士団のシンボルが描かれていた。


「あれはどうすればいい?」

「はぁ……いっそ防波堤になってもらいたいところですが、それもリスクがあります」

「リスク?」

「単純な話……。と、誰かこちらに来ましたね」


 お付きの騎士二人を連れてきたのは遊騎士カイマーンだ。

 相変わらずちゃらついた歩き方で、まるで遊びにでも来ているみたい。


「カイマーンさん、どういうつもりですか」

「おぉ、治癒師ソア! また会えたね」

「質問に答えて下さい」

「一応、挨拶をしておこうと思ってね。カドイナに迫る大部隊、君達の手には余るだろう?」

「混戦になった際の備えはあるんですか?」

「もう少し先にはレーバイン騎士団長の本隊が構えているよ。そもそも戦いが起こらない。まぁ念のためあそこには他にもグラ隊、ヘカト隊が構えているけどね」


 レーバイン本隊が敵の大部隊を壊滅させるのが狙いだ。

 万が一、打ち漏らした際にもここにいるカイマーン隊、グラ隊、ヘカト隊が対処する。

 つまり聖騎士団はここで完全に手柄を確保するつもりだった。


「約束通り、カドイナの街には一歩も入らない。だけどあそこは管轄外だろう?」

「憎たらしいですね。アルンスさんの身柄はこちらで預かっておりますので、その上でどうぞ」

「アルンスさんが?」

「街へ踏み入って不届きな行いの限りを尽くしました。こちらで処罰するのは当然です」

「なんだって……」


 プレッシャーに成功したのか、カイマーンの表情がかすかに引きつった。

 だけどこの人が油断ならないのはここからだ。


「そっか。生きているならいいよ。あの人の分まで私達が働くさ」


 すぐに楽観的な発想に切り替える。遊騎士カイマーン、昔から発言や行動が遊びじみていた。

 昔から好きじゃない人の一人だ。こっちはキキリちゃんが心配だというのに。

 こんな人達よりもキキリちゃん優先に決まってる。すぐに探し出そう。

不穏な空気だけど大丈夫です


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