聖女、心について見つめ直す
今の空間転移は行った事がある場所なら、ほぼ無条件で転移できる。
王都、ルッセルン、ファルーセ、カドイナ間を移動できるのはかなり大きい。
ただし空間魔術を習得した後に訪れた事がある場所限定だ。そんなわけでカドイナに辿り着いたけど――
「これはまずいですね。敵兵だらけです」
「ソアよ、早急に始末しろ」
「なんで魔王っぽく命令してるんですか」
「言ってる場合か?!」
カドイナの街の防衛力は先の二つの街と比較しても段違いに高い。
レックスさん率いる警備隊に加えて、王都から騎士団を派遣したおかげで二十年前のカドイナにかなり近づいているはずだった。
そんなカドイナの門を突破されて、街中での乱戦が繰り広げられている。味方が何人も倒れていて、被害を考えるだけでも怖い。
連れてきたトリニティハートと一緒にさっそく敵部隊の駆逐を始めた。
「ソアさん! 来ていただけるとは!」
「レックスさん、お話は後です」
敵兵の中には体の一部が変質していたり、半分以上が魔物化しているのもいる。
だけど中には体が崩れ出して自滅している個体もいた。
構わず周囲にいる敵兵を空間切断して、味方のピンチを助ける。
目の前でずるりと敵兵の体が斬られたものだから、警備隊や騎士達が完全に静止した。
「ソアさん、すでに街の中へ繰り出した敵兵が!」
「空間掌握……」
街中に散っていく敵兵の位置を把握する。
すでに被害は出ているかもしれないけど、やるしかない。
「空間転移」
「ぐぁッ……」
転移して一人ずつ始末していく。
ここ最近の中で一番、空間魔術を酷使している。
消費魔力も未だ馬鹿にならないから、あまり頼りたくはないんだけど。
入口で指揮をとっているレックスさんと合流して、門からなだれ込んでくる敵の兵隊を見据える。
一直線に向かってきてるおかげでやりやすい。
「炎属性中位魔術」
「ぎゃあぁぁぁッ!」
敵兵の群れを真正面から巨大な炎の球が迎え討つ。
次々と飲み込まれた敵兵の死体どころか、武器や防具さえ残らない。
「す、すげぇ……」
「なんだよ、あれ……」
味方すらも怖がらせちゃうのはしょうがない。
それよりも大部隊の割には今ので打ち止めなのが気になる。隊長格の存在、特に魔族すらいない。
襲撃が収まったのはいいけど、逆に不気味だった。
「て、敵の殲滅完了、か。とんでもない強さだ……」
「レックスさん。敵の指揮官に当たる人物、もしくは魔族がいましたか?」
「い、いや……。数は多かったがな……」
「襲撃は今回が初めてですか?」
「あぁ……」
「……そうですか」
途中参加の身だけど、今のは大部隊というには程遠い。
レキ団長率いる大部隊がカドイナを襲撃する。敵兵が死に間際に大嘘をついた可能性もあるけど、あのだらしない様子だ。そんな冷静な頭があるとも思えない。
負傷者の治癒をしながら、周囲を見渡した。
ほぼ全員が何も言葉を発しない。レックスさんすらも座り込んで、地面の一点を黙って見つめていた。
「まさか本当に隣国が攻めてくるとは……。しかもあの姿は何なんだ……」
「ひとまずお休み下さい。今夜は私がこちらの街を防衛します」
「一人でか? いや、愚問か」
私を頼りにしてくれている、というよりはどこか投げやりだ。
突然の事で頭が回ってないのかもしれない。
「せっかく街を立て直したと思ったのにな……。いつまで続くんだよ……」
その言葉が声をかけようと思った私を思いとどまらせた。
私がいくら襲撃を防いでも、それは一時的なものでしかない。
すり減るのは命だけじゃなくて、精神もだった。
「ソアさん、あなたがいてくれたら安全だ。頼む、ずっとここにいてくれ」
「そ、それは、えっと」
「出来ないのか? 何故だ?」
「いえ、私が守りましょう」
前のめりになるレックスさんが少し異常に見えた。
気がつくと周囲の人達も、私に期待の眼差しを向けてくる。
確かに私が守れば絶対に安全だ。死傷者なんか出ない。だけどこれでいいのかな?
今、思いつくのはひとまずこの街に戦力を集中させる事だけど――
デュークさんが私の判断を見抜いたかのように、こちらにやってくる。
「ソア、ルッセルンは大丈夫か?」
「かなり広い範囲で魔力感知をしましたが、敵の影はありませんでした。当分は大丈夫だと思います」
「そうか。それならいいんだけどな。キキリはうまくやってるかな?」
「キキリちゃん……」
ルッセルンが襲撃されたなら、当然キキリちゃんがいるファルーセだって危ない。
やっぱり私が――
「……このままじゃダメですね」
「ソア?」
「私一人がいくら頑張っても、この状況を打開するには時間がかかりすぎます。やっぱり皆さんにも頑張ってもらわないといけません」
「だ、だけどよ。オレ達はまだしも、あいつらを見ろよ」
デュークさんが指した警備隊が明らかに意気消沈している。
死者も出ているし、仲間の死をつらそうに耐えている人もいた。
私はトリニティハートの皆を含めて、訓練なんてものをやったけどそれは表面的な強さしか得られない。
心、つまり精神だけはどうにもならなかった。
「ソアよ。我の見解では今の連中は大部隊の一端に過ぎんかもしれん」
「一端?」
「奴らの思惑は知らぬが、先程の動きを見てもまるで統率など取れておらぬ。つまり本気で攻め落とそうと思っていない可能性がある」
「確かに陽動だったり部隊の規模が小さくても、本気であればきちんと統率を取れる状態にしますね」
「どうも行き当たりばったりの印象が強い。早い話が舐められているのだ。少しずつ戦力をぶつけて疲弊させて楽しんでいるのではないか?」
さすがは元魔王。そういう残虐思考的な発想はなかった。
魔王軍の時も中にはそういう事をしていた群れがいた気がする。
「次こそは魔族が出てくるかもしれんな」
「やっぱりこの街に戦力を集めます。空間転移でパパッと行ってきましょう。まずはキキリちゃんです」
ルッセルンは当分の間、安全だ。そういう意味ではアルンスがいてくれてありがたかったかもしれない。
あの人がいなかったら、すぐに立ち去っていたもの。その後、あの兎みたいな魔族が攻めてきたわけで。
「デュークさん、少しだけ留守にします」
「おう、手短にな」
「敵がいたらどうするんですか」
「手短に終わるだろ?」
まったく、人を何だと思って。ファルーセの無事を祈りつつ、空間転移した。
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