聖女、心の炎が燃え上がる
捕らえたアルンスはひとまず武器や防具どころか服も引っぺがした。
その上で手足を拘束しつつ、闇属性高位魔術で大人しくしてもらってる。
更に念のため、警備隊の詰め所地下にある独房に放り込めば脱走の心配はないはず。
「残りの聖騎士団の皆さんは捕虜志望という事でよろしいですね?」
「……抵抗など無意味だからな」
素直でよろしい。全員、拘束を終えた後でようやく一休み。
ランチボックスに手をつけようとしたところで、座り込んで大人しくしている聖騎士団の視線が痛い。
「お腹、空いてますよね?」
「いや……」
「空いてますよね?」
「……空いてる」
「食事でも作りましょうか?」
「我々は捕虜だぞ……」
「遠慮せずに」
詰め所のキッチンを借りて、余った食材を利用して腕によりをかける。
調理している最中、聖騎士団の方々の様子を伺ってみた。
ほぼ全員、若い。聖女ソアリスなんて名前しか知らないような年齢だ。
「皆さんは聖女ソアリスについてどう思ってますか?」
「素晴らしい方だと聞いている」
「もちろん会った事はないですよね?」
「封印事件の時、私はまだ少年だった。父親も母親も揃って聖女、聖女とありがたがっていた覚えしかない」
こうやって聞くと怪しげな宗教みたいだ。
二十年前は意識してなかったけど、実際はそんな感じだったのかな。
聖騎士団なんてものが誕生するくらいだから、そんなものか。
今、喋った騎士はアルベールさんよりも年上みたいだけど似たようなものだ。あの人も上っ面だけの情報を吹き込まれて半ば洗脳に近かった。
聖騎士団本部に行った時も若い世代が目立ったし、アルンスみたいな上の世代が癌なのは間違いない。
こんな事、当時は考えもしなかった。聖女ソアリスの功罪といってもいいかも。
「王族や王都についてはどう思ってますか?」
「それは憎むべき……」
「あなた達の言葉でお願いします」
ぴしゃりと言い切った後、騎士達は言葉を詰まらせた。そして一人がポツリと語り出す。
「……わからない。オレ達はアルンス様のような真騎士の方々に導かれてきた。あの方々こそが善であり正義だった」
「だった、というと?」
「あの方が怒り狂い……あなたに敗れ去った時、自分の中ですべてが瓦解した。聖騎士団である事への誇りと共に打ち砕かれたような気がした」
「アルンスさんのような真騎士達こそが聖騎士団そのものであり、象徴だった。そういうわけですね」
「どこへ行けばいいかわからなくなってしまった……」
悲壮感が漂っているところで、出来上がったスープをテーブルに並べる。
拘束を解いて食べられるようにしないとね。
「言っておきますが逃げても無駄ですよ」
「そんな真似はしない」
「遠慮なく食べて下さい」
食事を振るまった後、聖騎士団について考えてみた。
アルンスはどうしようもなかったけど、この人達はまだ引き返せるかもしれない。
現にアルベールさんやプリウちゃんともそこそこ仲よくなれた。
ソアッパーの時は聖騎士団ごと潰そうかと思ってたけど、やっぱり方向転換しないとダメかもしれない。
癌さえ取り除けば、この人達は優秀な騎士だ。だとしたら――
「ソア! 捕虜にした敵兵の話で大変な事がわかったらしいぞ!」
「デュークさん、尋問は終わったんですね」
「ん? そいつらどうしたんだ?」
「聖騎士団の方々ですか? スープを振るまったのですよ」
「そうか……」
見ると、やっぱりショックと疲れが大きいのかな。スプーンを持つ手が止まっている。
こればっかりは時間をかけるしかないか。
「それより、大変な事とは?」
「そ、そうだ! 隣国の大部隊がこの国に侵攻するってよ!」
「場所や日時など、詳しい情報は?」
「詳しい事はあいつらも知らないらしい……ていうか、今になって怯え始めている」
詰め所の尋問室へ急いだ。
警備隊の人達が睨みを利かせる中、敵兵の数名が頭を抱えたり震えたり様々だった。
「皆、変わっちまった……。妻や子どもが手に武器を持って……勝てば富、負ければすべてを失う……」
「そちらの国で何が起こってる?」
「今や魔族の楽園……俺達はそんな中で戦いをさせられた……。勝てば富、負ければ、すべてを……うぅ、ううっ!」
「しっかりしろ……」
見かねた警備隊の人が立ち上がって、敵兵の背中をさする。
むせび泣く敵兵の様子からして、隣国も平和とは程遠い状況下にあるみたい。
少なくとも魔族の手に落ちているのは確実だった。
「あなた達を支配している魔族の名は?」
「わ、わからない……。手下の魔族は王とか呼んでいるけど……。名前なんかどうでもいい……」
「そうだよ……。魔術師団はすっかり魔族側についちまってるし、数年前までは点在していた味方勢力も今や影も形も見せない……」
王、か。思い当たる魔族がいるけど、このワードだけじゃ確実じゃない。
それにその魔族はとっくの昔に滅んでいるんだから。普通に考えれば、ね。
いろいろ思うところはあるけど、あくまで今は感情を押し殺した。私が冷静さを失うわけにはいかないから。
「大部隊が攻めてくるというのは確かですか?」
「イーアンがそう言ってた……。俺達は先遣部隊だったんだよ」
「皆、おかしくなっちまった。どうかしちまった」
「この国も終わりだよ。奴らが攻めてくる。魔族の眷属になったあのレキ団長率いる大部隊が……アハ、アハアハハハ」
敵兵達がケタケタと笑い出した。
壊れた人形みたいに頭を前後左右に動かして、視線が定まらない。
「ソ、ソア。こいつら、何がどうなっちまったんだ……」
「魔術の類ではないぞ。おそらく魔族の気に当てられたのだろう」
「気に? いや、君は?」
「マオだ。以後、よろしくな」
「お、おう……」
「かつて魔王は圧倒的な力とカリスマで数多の魔族を従えた。敵わない強者がいた場合、本能がそうさせるのだろう。思考も何もかも強者が正しいとな」
マオが自画自賛の元で解説をしてくれた。
つまり隣国の人達は支配している魔族か何かに恐怖しているうちに、従う事が正しいと刷り込まれるようになる。
そして魔族の思考も何もかもが素晴らしいと思い込むようになる。
一種のマインドコントロールに近いのかもしれない。
「ソアよ、お前の事だから隣国とやらを支配している魔族を滅するのだろう?」
「まずは侵攻予定の大部隊でしょう。すぐに手を打たないといけません」
いくら拳に力を入れても足りない。
思考統制された人間達の狂気に満ちた顔を想像してしまった。
同時にその背後で笑うまだ見ぬ魔族。きっと隣国で心から笑っている人はいない。笑顔なんてない。
だったらこの私が取り戻してやる。聖女ソアリス、いつまで治癒師をやっているの?
強大な影
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