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聖騎士団、誰が為に

「レーバイン騎士団長、敵兵を捕らえました」

「よくやった、アルベール。網を張っておいて正解だったな」


 我々、聖騎士団は国境付近にいくつかの部隊を展開している。

 ここレーバイン騎士団長が指揮する本隊は、隣国とこちらの国を繋ぐ街道を陣取っていた。

 昔は国境警備隊が目を光らせていたが、度重なる魔族への討伐に駆り出されて今やほとんどいないとの事だ。


「どんな様子だ?」

「これまでの相手と違ってまともな人間に思えます。会話や受け答えもハッキリしています」

「ほう、それは貴重だな。なんと答えている?」

「自国の部隊から逃げてきたと話しています」

「何だと……?」


 レーバイン騎士団長の上機嫌が一瞬で終わる。私としても、事実を話してしまったのは失敗だったと実感した。

 その証拠に野営地のテントから荒々しく出ていく。


「レーバイン騎士団長、何をなさるつもりですか?」

「アルベール、私は国王や王都を見限って聖騎士団を立ち上げた。しかしそれは逃げではない。新たな戦いの為だ」

「承知しておりますが……」

「なぜ、そいつらは逃げてきたと口にした」


 私の歩みが止まりそうになる。レーバイン騎士団長の怒気が肌に刺さるようだった。

 捕虜を捕えているテントに入ると、脱走兵達が身を震わせる。


「貴様らが隣国の兵士か」

「た、助けて下さい。我々の国は危機的状況です。どうかお話を聞いていただけませんか……」

「それが事実であれば、逃げるのも至難の業だっただろう。しかし、なぜ逃げた?」

「私達の力だけではどうしようもありません! あの国は今」


 レーバイン騎士団長が兵士の一人の胸倉を掴む。両足が地上から離れた兵士は短く悲鳴を上げた。


「なぜ最初に『共に戦ってほしい』と言わなかった?」

「ま、まずはお話を……ぐぇッ!」


 腹部に一撃を入れられた脱走兵が、くの字になって悶える。

 どうしてこのような事を、などと言えるはずもない。

 そこにいるのは父上ではなく、レーバインという怪物なのだから。


「お前達のような弱者が聖女ソアリス様を追い込んだのだ。助けを求め続けて、あの方を疲弊させた。挙句の果てにあのような仕打ちを受けた」

「おえぇッ……うえぇ……」

「いや、弱者である事は仕方ない、問題は弱者のままであり続ける事だ。その薄弱な意思のせいで、聖なる心に羽虫のごとく寄っていく」

「話を、どうか聞いて、くださいぃ……」


 レーバイン騎士団長が、残りの捕虜に目をつける。言葉すら出せない捕虜達の歯の根が合っていなかった。


「我々、聖騎士団は自国を諦めていない。どのような形であろうと己の手で切り開くと誓っているのだ。あの聖女ソアリス様にな……」

「あ、あの、私達が間違ってました……」

「もしかして助かろうとしているのか? 助けると思うか?」

「ひっ! や、やめてくれ!」


 訓練の時も父上は厳しかったが、今は尋常ではない。

 私の時はあくまで厳しさであって、怒りはなかった。

 つまり私は初めてレーバインという一人の人間の怒りを知ったのだ。

 しかし、これでいいのだろうか?


「捕虜などおこがましい」

「やめ――」


 気がつけば大剣を抜きかけたレーバイン騎士団長の前に立っていた。

 私は何をやっているのだ。


「アルベール、何の真似だ?」

「いえ……」

「気まぐれで私の前に立ちはだかったというのか?」

「命を奪うのであればやりすぎかと……」


 この捕虜が死のうが私には関係ないはずだ。

 怯えていようが、助けを求めていようが。そう、関係ない。


「主張はわかった。その上でもう一度、聞こう。何の真似だ?」

「で、ですから命を」

「そうではない。何の真似だと聞いている」

「このような者の命を奪うのが騎士の務めではないはずです」


 そうだ、これでいい。不甲斐ない王国騎士団に代わって国を守護するのが聖騎士団だ。

 当然、父上だって理解しているはず――


「質問を変えよう。誰の真似だと言っている」

「だ、誰とは?」

「目を見ればわかる。以前のそれとはだいぶ緩くなった」

「仰る意味が……」

「誰に感化された」


 頭が吹っ飛ばされる。

 遅れて激痛がやってきた後は父上が私を見下ろしていた。


「うぅ……」

「お前に手を上げるのは初めてではないが、今のは痛かっただろう」


 激痛で意識が飛びかけるほどだった。

 私はどうかしてしまっている。


――あなた達に助けられた人々は恥ずべき存在ですか!


「ち、父上……彼らは恥ずべき人間ではありません。我々が助けた人達です……」


――騎士がそんなに偉いんですか!


「騎士は守るべきものを守る……」


――騎士が守られてはいけないのですか!


「彼らが恥ならば……父上に助けられた私も恥です。打ち勝てず、逃げた事もあったでしょう……」


 恐ろしい父上相手だが、言葉が次々と出てくる。

 かつて聞いた言葉が心の中で反芻しているのだ。


「言え。誰に感化された」

「聖女……」

「なに?」

「のような人物です……」

「この私を愚弄するようになるとは成長したな、アルベール。では今度は――」


 テントに飛び込んできたのはプリウだ。外で立ち聞きしていたのかもしれない。


「レーバイン騎士団長! お止め下さい!」

「プリウ、お前も誰かに感化されたな」

「ア、アルベール様を傷つけないで下さい……!」

「フ……」


 父上の怒りの熱が幾分か下がった気がした。苦笑した後、テントから出て行こうと歩む。


「若手の中から特別、見出していたお前達だがやはり若すぎたようだ。しばらくの間、謹慎処分とする」


 騎士達が入ってきて、私達を拘束する。

 捕虜とは別のテントに放り込まれるようにして入れられた。

 一体、私は何をやっているのか。父上を怒らせるほど、感情が先走っていたのか。私は何の為に父上にたてついたのか。 


――レーバインさん達と同じ風景を見たくないですか?


「やっぱりそうなのかもな」

「アルベール様?」


 今は考えるのをやめた。

 それは影響されたなどと認めたくないが故の抵抗かもしれない。


レーバインはめっちゃ強いです


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― 新着の感想 ―
[一言] この団長とグラだけの態度だけでしか判断できないが聖騎士と言うより狂戦士の集団に見えて来たわ。 想像以上にレーバインの怒りと言うか恨みやなここまで根深いと厄介そう、仮にソアリスが帰還した事を…
[一言] せっかく生かして捕らえて情報も得られそうだったのに…! 何のコンプレックスに触れたんだか、この脳筋は アルベールの方がよほど聖女の心を理解してる
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