聖女、幼女に名前をつける
名前は魔王からとってマオ。両親が亡くなって身寄りがなかったけど、私になついた。しばらくは私が預かる事にする。
我禁止、ソアリス禁止、子どもっぽい喋り方を心掛けること。出来ないうちは人見知りという設定で、話しかけられても喋らない。
即興ながらよく出来た設定だ。正直、国を脅かした魔王になんでここまでという思いはある。
私としても、どう受け止めていいかわからないところはあった。
デイビットやリデアは私の二十年間を奪った。魔王は王国を脅かした。どっちも違いはないはず。
「ソアさん、我々のほうで預かる事も可能ですが本当にいいのですか?」
「大丈夫ですよ。私、こう見えても子どもの扱いには慣れてるんです」
「それならいいのですが……」
角はさすがに目立つから、どこかの自称治癒師みたいにフードで隠している。
後は態度さえしっかりしていれば――
「ところで、ソアリ」
「シャラァップ!」
早くも禁止ワードが飛び出した。闇属性高位魔術を本気で検討しようか。
子どもの扱いには慣れているといった手前でこれだ。
私がマオの口を押さえつけている様はどう見えるんだろう。
「……我々も余力があるので難しかったら遠慮なく言って下さい」
「お構いなく」
気を使わせてしまう事態だ。
マオを抱えて騎士団から距離を置く。
「あのですね、今の私は治癒師ソアだと言ったはずですよ」
「名を明かせばよいものを……」
「私にも考えがあるんですよ」
確かにルイワード侯爵を中心とした大きな反聖女勢力は駆逐されつつある。
今、明かしても弊害は最小限に抑えられるとは思う。だけど、聖女ソアリスは切り札だ。
皆が本当に頑張れなくなった時、聖女ソアリスの復活は希望になる。
同時に敵にも大きな衝撃を与えるはずだ。少なくともアスクスは私を知っているし、魔族にも名が通っている可能性があった。
「しかし、お前ほどの者が封印されていたとはな。最強の魔術師にして聖女も、神話級魔導具には勝てなかったか」
「言っておきますが二度と同じ手は通用しませんよ」
「我にそんな野心などない。あまり気を張りつめなくても、我という心強い味方が出来た事を喜ぶがいい」
「能力値オール最低に何を期待しろと」
私の恥部ともいえる封印事件を話してみたのは実験だった。
これで何らかの怪しい反応を見せるかなと思ったけど杞憂かな。
闇属性高位魔術を放つ時の構えを取って、やる気をアピールしていた。魔術に構えとかいらない。
「とにかく、何度でも釘を刺しますが今の私を前にして妙な気は起こさないで下さいね」
「わかっておる。あの時でさえ成す術もなく倒されたのだ。あれで我の呪縛が消えたのだからな」
「呪縛?」
「それより仕事の続きがあるのではないか?」
確かに騎士団ばかりに任せてはいられない。
解放した人達の治癒や大型馬車への移動など、やる事はたくさんあった。
この人達は王都で一時的に保護する予定だ。
馬車に揺られながら考え事をしていると、急停止した。
「何かありましたか?」
「聖騎士団が立ちはだかっています」
「聖騎士団? なんで……」
見ると、数人の聖騎士団が武器を持たずに行く手を阻んでいた。
あれは遊騎士カイマーンさんだ。ヘラヘラと笑って、こちらへの親近感をアピールしている。
「すまない、王国軍の諸君」
「カイマーンさん、なぜこんなところに?」
「おぉ、治癒師ソア。会えて嬉しいよ」
「待ち伏せできた理由を聞いているのですが」
「そう喧嘩腰にならないでくれ。王都へ足を運ぶ途中で君達が見えたものだからね」
「あなた達が王都へ?」
真騎士の一人、カイマーンさん。遊騎士の称号は戦法にも由来しているけど、本人の人間性も関わっている。
遊びたがり、捉えどころのない優男。そんな評判が男の人達の間で飛び交っていた。
「本来は絶対に近寄らないんだけど、今回は耳よりな情報がある。ぜひ共有したいと思ってね」
「その情報と引き換えに何を要求するつもりですか?」
「話が早すぎるね。なに、僕達の出入りを禁止している街の規制解除をしてほしいかな」
「私の一存では決めかねますね」
ははぁ、何か掴んだらしい。
ハンターズの残党討伐により勤しんでいると聞いた時点で、あっちも必死なのかなとは思った。
それはそれとしてどんな情報を掴んだのかは気になる。気になるけど――
「先を急ぐので失礼します。王都へ来るなら勝手にどうぞ」
「つれないなぁ。王国の存続に関わる情報なんだけどね」
「信用できると?」
「してほしいかな」
この飄々とした態度は昔から変わらない。
私が訝しがっていると、マオが耳打ちしてくる。
「何をまだるっこしい事をしている。脅して吐かせればよいではないか。どう見ても、奴がお前に勝てる要素などないぞ」
「そういうのはわかるんですね」
私達の反応を心待ちにしているカイマーンが相変わらずニヤついている。
迷う余地なんてない。そもそも今は何をしているかという話だ。
「どいて下さい」
「いいのかい? 僕達はこれから、この情報を元に動き出す」
「いい気にならないで下さい。いくらあなた達が精力的に活動しようとも、今の段階では認めるわけにはいきません」
「別にご機嫌を取ろうってんじゃないんだけどなぁ」
カイマーンが諦めたらしく、聖騎士団が道を開けてくれた。
今は解放した人達を王都へ連れていくほうが優先だ。
情報で揺さぶりをかけたつもりか知らないけど、そうはいかない。
振り返ると、私達を見送るカイマーンの表情から笑顔が消えてきた。
カイマーンって誰よって思った人は「聖女、聖騎士団を見極める」を読み直すと
「あ、はい」と納得できます!





