聖女、魔術師の卵を導く
ハンターズ一同への追及が終わって、さすがの私も宿の部屋で休む事にした。
詰め所の独房に収監しようという話もあったけど、私の手の届くところに置いておきたい。
あの人達は空間隔離しているから、宿の部屋から出られない。ドアを開けて出ても部屋に戻る。窓や壁を壊そうが無駄だ。
ザイーネに至っては闇属性高位魔術で魔術を封じた上に、仲間の三人と同じ部屋に閉じ込めてある。
魔術がなければただのワガママなお坊ちゃんでしかないという現実を思い知るいい機会だ。
その証拠に部屋から何かが激しく暴れ回る音が聴こえてきた。
夜も遅いし、さすがに注意しよう。
「あのー、うるさいのでもう寝て下さいね?」
「……チッ」
「うぅ……」
グスカスの舌打ちとザイーネの呻き声。これだけで何があったのかは大体わかる。
今度うるさくしたら魔術で眠らせよう。といってもグスカスにはすでにある魔術をかけてあるけど。
注意を終えたところでエルナちゃんが廊下を歩いてきた。
「エルナちゃん、もう大丈夫なんですか?」
「はい、いつまでも寝ていられませんから……」
「無理はしないで下さいね」
「あの……」
エルナちゃんが言い淀む。
私としては無理に聞き出さない。エルナちゃんはいい子だし魔術の才能もあるけど、優しさ故に自分を殺す傾向にある。
欠点とは言わないけど、他の場面で仇になる可能性があった。
「立ち話も何ですから、私の部屋に行きましょう」
「は、はい」
あまり広い部屋じゃないから、ベッドに座ってもらった。
まだ話してくれない。迷っている原因は単純に言いにくいというだけじゃないのかな?
「あの、私……その」
「はい」
「ソ、ソアさんはいつまでここにいるんですか?」
「ハンターズの方々を王都に届けないといけないので、明日には発ちますよ」
「は、早い……」
言いたい事が何となくわかってきた。
だけど私は待つ。がんばれ、エルナちゃん。
「私、今日の戦いでわかったんです。魔術もまだまだ未熟ですし、何かが足りないって……。その何かというか……ソアさん。私、才能ありますか?」
「ありますよ。ただし、確かに足りないものがあります」
「それは何ですか?! やっぱり魔力が?」
「魔力は要素の一つに過ぎません。エルナちゃん、魔術は好きですか?」
「魔術を?」
胸に手を当てて考え込んでいる。即答しないのはきちんと真剣に向き合ってる証拠だ。
「わかりません……。最初は面白かったんですが、段々とその深さがわかってきて……」
「不安で怖くなりましたか?」
「……はい」
「それならいいんです。怖いと思えるほど上達したんですから。後は気持ちです。気持ちがあれば、結果は後からついてきます」
エルナちゃんが指先から小さな噴水を放って、飛沫を一つにまとめる。紐みたいに水を空中を漂わせていた。
「面白いです……。怖いんですけど、まだ先が見たいというか……」
「じゃあ好きなんですね。それなら問題ありません」
「好きなだけでいいんですか?」
「あのザイーネは生まれつき魔力と才能に恵まれていたというだけで、魔術に愛着がありませんでした。高い魔力でたった一つの高位魔術を使えるだけで満足してしまいましたからね」
「でも、それってすごいですね。私と違って」
「ストォップ!」
エルナちゃんの口元に私が人差し指を立てる。
きょとんとしたエルナちゃんだけど、まだ水の紐は維持していた。
「でも彼はそこで終わりました。もう先はありません。ですからエルナちゃん、あなたはどんどん歩いて下さい」
「私が……」
「どんどん魔術を好きになって下さい。そのほうが私も仲間が増えたみたいで嬉しいんです」
「それってつまり魔術好き同士ってことですか?」
「そうです。私はあらゆる魔術を使えますが、魔術真解には至ってません」
「魔術真解?」
「魔術式に対する真の解です。その解はあらゆる魔術を凌駕した魔術師としての到達点ともいわれております」
首を傾げるエルナちゃんだけど、今はわからなくていいと思う。
これが出来る魔術師は世界でもほとんどいなくて、八賢王くらいだとも言われている。
私はというと、魔術式完全理解なんてスキルを持ちながら未だそこに至ってない。
「ソアさんでも到達してないんですか?」
「今の私が理解できるほど魔術は浅くない……と信じてますから」
「つまりやろうと思えば?」
「できませんっ! 簡単に出来たら面白くないですからね!」
何を言ってるのと聞こえてきそうな状況だ。
水の紐を空中にフェードアウトさせた後、エルナちゃんは自分の両手を見つめた。
「ソアさんでも簡単に出来ないなら私なんかがどこまで出来るんだろう……」
「解は一つではありません。八賢王の魔術真解はそれぞれ違うらしいですから」
「つまり個人によってそれぞれの答えがあるんですか?」
「そうです。エルナちゃんにはエルナちゃんの答えがある可能性があります」
「私の答え……」
「焦らずとも、楽しめるかどうかは重要です。好き以上の原動力はありませんからね」
まだしっくりきてないようだけど、さっきよりも表情が少し引き締まった。
新人の魔術師に難しい話をしてしまったけど、これで正しく導けているかな。
「私は魔術の先が知りたい……。私は魔術が好き」
「はい、これでエルナちゃんに足りないピースは埋まりました。後は迷わず楽しみましょう」
「これでいいんでしょうか?」
「いいんですよ。私も全力でお手伝いしますよ」
「本当に?」
「本当です」
エルナちゃんが膝の上で拳を握る。そして意を決したかのように顔を上げた。
「ソアさん、私を弟子にして下さい!」
「いいでしょう。今日から私はエルナちゃんの師匠です。なんて、堅苦しい関係はやめましょう。知りたい事、学びたい事があれば私が全力でサポートします」
「あ、ありがとうございます……!」
「王都にはその環境があります。エルナちゃんのお母さんと一緒に移住しましょう」
「そ、そこまで面倒を見ていただけるんですか!」
「まさか悩んでいたのはそこですか?」
目を潤ませているところからして、かなりの決心だったみたい。この子の性格上、そりゃ悩むか。
というか誰だって二の足を踏む。
「そうと決まれば、今日はもう寝ましょう。明日は私も手伝うので引っ越しの作業です」
「大がかりだし、間に合うかな……」
「いい機会なので授業も兼ねましょう。高威力で放つだけが魔術ではありません」
「はい、師匠!」
ハマってくれたか。師匠なんて柄じゃないし、むず痒くなるけど今はこれでいいかな。
私としてもエルナちゃんみたいな子の成長を見届けるのが楽しみだ。
いよいよ大あくびをしたところで、隣の部屋から寝言が聴こえてきた。
「痛い! やめてくれぇ! いでぇ! いぎゃあぁ!」
この声の主はグスカスだ。となると無事、寝てくれたか。
「え?! な、なに?! 隣の部屋?」
「気にしないで下さい。ただの寝言ですよ。よほど恐ろしい夢を見ているようです」
闇属性中位魔術。対象に悪夢を見せる魔術だけど、私の場合は少しだけ特別だ。
夢の中でも痛覚は感じるし、起きても記憶がハッキリと残る。
今、グスカスは魔導銃で撃たれているエルナちゃんの立場にいる夢を見ていた。
エルナちゃんと同じ痛みだけど、果たして耐えられるかな?
「いでぇよぉ! ぎゃああぁッ!」
「だ、大丈夫なの?」
これから毎晩、続くんだからたっぷりと思い知ってほしい。
私の大切な人を傷つけた怒りはどうやっても収まらなかった。
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