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治癒師ソアとは

 王都からだいぶ離れた地にある炎の魔人の魔物の巣(デモンズネスト)

 こちらから攻めない限りは沈黙を貫いていて私、サリアとしては優先すべき討伐対象とは思えない。

 それなのに今回はラドリー騎士団長が率いる騎士数百人、冒険者六十人。タリウス討伐の時の何倍だろう。

 そんな部隊は今、明日に向けて最後の野営をしている。


「ソ、ソアさん。このドロドロした液体は?」

「栄養たっぷりのスープですよ。口の中で濃厚な味が広がるんです」

「でもソアさん、食事当番はやらなくていいと言われたんじゃ?」

「主役だからといって、ふんぞり返っているわけにはいきませんよ」


 初めて出会った時、王都へ向かう途中の野営でソアさんの料理の腕はわかっていた。

 壊滅的というより、何かがおかしい。例えばこのスープにしても濃厚というよりは甘い。甘すぎる。あの時はやたらと辛かった覚えがあった。

 私がこのおかしい味に顔を顰めていると、騎士が飛んでやってきた。


「ソ、ソア殿! なぜ料理を!」

「皆さんの負担を少しでも減らせたら、それでいいんです」

「ですからソア殿はお願いですから休んでいて下さい!」


 私よりも騎士達のほうが事情をわかっていた。

 王都の炊き出しをやった時に思い知らされた騎士が、今回の部隊にもいるらしい。ソアさんはこんな料理を作るのに、やたらと出しゃばる。

 というよりこの人は――


「あぁ、今日もおいしい料理で皆さんを笑顔にできそうです」


 善意でしかない。自覚なき悪意ともいう。ただひたすらに他人の為という動機しかない。話を聞くと、あの常識外の魔術もすべては他人の笑顔の為に習得したらしい。

 うん、魔術はすごい。だけどこの人、それ以外は。ちょっと。


「お疲れのようですね。たまには治癒魔術ではなく、マッサージでもどうですか?」

「お、いいねぇ。頼むよ……あぎゃぎゃあぁぁぁぁッ!」


 気軽にやってもらった騎士の一人が絶叫する。

 普通はここで止めると思う。そう思うんだけど――


「痛いほど効くんですよ。我慢です」

「死ぬ死ぬ死ぬってぇぇ!」

「魔力強化してますからね」


 駆けつけたラドリー騎士団長が来て、ようやく惨事が収まる。この人はどういうわけか、ソアさんの手綱をよく握っている気がした。


「ソア殿、いつもすみませんな。ところで今夜は私が肩を揉ませていただきましょう」

「ラドリー騎士団長の肩揉みですか。気持ちいいんですよね」

「よくわかりましたな」


 一国の騎士団長に肩を揉ませるって……。あのソアさんがうっとりとした表情で、今にも眠りそうだ。どんな魔術にも屈しなかった人が、肩揉みで。この人は何なんだろう。

 歳は私やデューク、ハリベルと変わらないように見える。物を知っていると思えば、周知の事実を知らない。

 身の上話になると途端に話をはぐらかす。スルーしてたけど、今がチャンスかもしれない。徹底的に治癒師ソアの謎に迫ろう。


「ソアさんはどこ出身なの?」

「ふぁぁい?」

「とろけすぎでしょ……」

「王都でしゅよぉ」

「王都から旅に出たの? なるほど……」


 体を前後に揺らして、気持ちよさそう。

 王都出身とはちょっと意外だ。なるほど、だからあんなに急いで王都に戻ろうとしていたんだ。熱心に活動しているのも納得できる。


「その魔術はどうやって身につけたの?」

「勉強してぇ……面白くてぇ……はまっちゃってぇ……」

「ソアさん?」


 寝た。ラドリー騎士団長が肩を抱きながら支えている。


「よほど疲れていたのでしょう」

「ラドリーさんの肩揉みも効いていると思います」

「それならば学んだ甲斐がありましたな」

「わざわざ学んだんですか……」


 ラドリーさんがソアさんをゆっくりと横にして寝かせてあげている。

 相変わらず顔はフードで隠れて見えない。身の上といい、この顔も何か見られたくない理由でもあるのかな。


「この方と共に行動して気づいたのです。ソア殿は自分に治癒魔術をかける事がほとんどないのです」

「……私達には頻繁にかけてくれるのに?」

「えぇ、本当に自分以外の事しか考えてないのでしょうな。あの聖女ソアリス様にそっくりです」

「聖女ソアリス……。そんな献身的な方が」


 どうして超魔水(エリクサー)なんかを、と言いかけてしまった。

 あの事件がどうだろうと、聖女ソアリスに助けられた人は大勢いる。少なくともラドリーさんは聖女ソアリスを信じている様子だ。


「あの方が封印されなければ、ソア殿と同じ事をしたでしょう」

「そうなんですか……」

「私はあのお方の潔白を信じております。これからも変わりません」


 このラドリーさんは聖女ソアリスの帰りを今でも待っているのかもしれない。こういう人がいるからこそ、私は真偽なんてどうでもよかった。

 良いも悪いも結果に偽りなんかないんだから。


「ソアさん、寝てますねぇ」

「キ、キキリさん。あなたこそまだ寝てなかったの?」

「それより、ソアさんってすっごくかわいいお顔をしてるんですよぉ。この前、王都の温泉でバッチリ見させてもらったんです!」

「えー! そうなの?! そうかぁ、あっさり見せちゃうんだぁ」


 いつの間にキキリちゃんとそんな仲になったんだろう。いや、女同士だし。仲も何もないか。


「チャンスですよ。フードをそっと取って見ちゃいましょう!」

「ダ、ダメよ!」

「いいんですかぁ? こんなチャンス、滅多にないですよ?」

「うぅー……」


 確かに見たい。見たいけど、私にも良心がある。

 でも見たい。私にも良心が。それにラドリーさんもいるし、絶対に――


「魔物だーッ!」

「魔物ですか!」


 気持ちよさそうに寝ていたソアさんが飛び起きた。私の手が伸びかけた頃の事だ。

 それからは本当に早かった。見張りの人達が迎え撃つ必要なんかない。ものの数秒で片付けたものだから、皆が感謝するタイミングさえ見失っていた。


「これで安心して寝られますね。あ、さっきのスープどうですか? あれを飲むとよく眠れるんですよ」


 一体何が入ってるんだ。皆の心の突っ込みが聞こえてきた気がした。

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― 新着の感想 ―
[一言] もはや知ってる人達気づいてるよはあ団長の対応的にも
[一言] ソアスープ! ソアランチ! 慈悲深い
[良い点] サクサク展開 奴らが問題だ、となったら次の話でもう接触、みたいなところ(ハンターズは結構長い気がするけど) [気になる点] メシマズヒロインを慮って言えない周囲、というのは昨今好まれないイ…
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