聖女、ハンターズを待ち伏せする
「ソアさん、本当にこの商隊が襲われるのかい?」
「確かな情報です」
荷台に隠れた私が商隊を率いている商人と話す。
商人といっても、魔物と遭遇するかもしれない危険な場所を渡り歩く人達だ。
それなりに戦闘経験がある。それに加えて護衛もいるはずなんだけど、人手不足で今回はいないみたい。つまりハンターズにとっては絶好の獲物だ。
この商隊は地方の街から王都を目指している。ハンターズとしては積み荷の武器や防具が狙いかな。
あっちもそういうものの調達には苦労していると見た。
「なぁ、あの治癒師ソアってのは本当に大丈夫なのかい?」
「治癒魔術の腕は本物みたいだからな。連れて歩くだけでも損はしないだろう」
ヒソヒソと話しているけど、聴こえてる。なんかすごい舐められてた。
護衛もいないような商隊だから、私みたいなのでもありがたいんだろうけど。
「オレはこう見えても、若い頃は騎士を目指していたんだ。最終試験で落ちたがな」
「ここら辺の魔物なんか隊長一人でも余裕ですからね」
「フッフッフッ……ハンターズでも魔物でもかかってこい!」
今は山道だ。左右に見通しが悪い森が広がっているし、隠れるには絶好の場所なんだけど。
なんだけど、この人達の余裕がすごい。
「ピィィィーーーーッ!」
「く、口笛?!」
来た。森の中から無数の矢が飛んでくる。
大口を開けて笑っていた隊長も、これには成す術がない。
哀れ、商隊は敵の正体すら見ることなく全滅。商隊だけに。
「と、こんな風に敵が堂々と姿を現すとは限りません」
「え、え? なんだこれ?」
すべての矢が水の障壁に飲み込まれて折れた。
水属性上位魔術は水属性中位魔術の超上位互換だ。
この水に沈むほど水圧がかかる。飲み込まれた矢は水圧によって一瞬で潰れた。
「これ魔術か? すげぇ……」
「迂闊に手を突っ込むと潰れます」
「ひぇっ!」
商隊の人達がやらかそうとしていた。今回は矢で襲撃されたという事実をお伝えしたかっただけ。特に腕自慢の隊長には猛省してほしい。
さて、そろそろ襲撃者達が姿を現すかな。
「まさか魔術師がいたとは……」
「おい、どうする? こりゃ楽な仕事じゃないぞ?」
「チッ……まさかこんなところで俺の魔術を使わせる気か?」
草木を分けて一人、二人と姿を現す。
合計十六人か。平均して三級冒険者程度だけど、舌打ちしたリーダー格の男は別格だった。この男がライザーさんが守っていた村を滅ぼしたのかな?
「この魔術を放ったのはそこの小娘だろ? なかなかの魔力だ」
「そうですが、あなたは?」
「俺はバエン。ガトリングの異名で親しまれている」
名前 :バエン
攻撃力:1,432+1,400
防御力:1,590+1,400
速さ :1,566+1,400
魔力 :2,037
スキル『下位魔術詠唱時間激減』
商隊がざわつく。
下位魔術を連射して、浴びた者は骨も残らない。始末屋の異名でも通っている凄腕の魔術師であり冒険者だ。同業者殺しだとか、ハンターズ入り前からよくない噂があった。
揉め事があれば奴に頼めば片づくらしいなんて、二十年前に一緒に野営をした冒険者が話していた。
せっかく冒険者達と仲良くなったのに、そんなのもいるんだと軽くショックだった覚えがある。あの時は私も若かった。
「バエンさん。あなたは以前、小さな村を滅ぼしませんでしたか?」
「村? 記憶にないな。そんなゴミみたいなもん消し飛ばして何が楽しいんだよ?」
「ゴミ……」
「上位魔術で粋がってる魔術師を潰す。一番の楽しみはこれだな。お前はどうなんだ?」
それなりにいい歳のはずだけど、子どもみたいに声を弾ませている。落ちるべくして落ちたわけか。
「小娘ちゃん、その自信はすげぇよ。俺を知っていながら何一つ動じない。まるで聖女様だな」
「聖女ソアリスですか」
「そうそう、俺の夢はそのソアリスをねじ伏せる事だった。あいつは俺が知る限り、最高の魔術の使い手でもあるからな」
「潰したかったと?」
「裕福な家庭で育っていい環境で魔術を学んで、いい気になっていたんだろうな。上位魔術に恵まれなかった俺からすれば、羨ましい限りだ」
本当にそう思ってるのかな。そのスキルだけでも魔術師の上位だし、ましてや魔力にすら恵まれなかった人達がその下にいる。
「あなたは自分が置かれた環境を認識できていないのですね」
「どういう事だよ?」
「私からすれば、あなたは恵まれすぎています。高い魔力、優れたスキル……。それだけ持ちながらハンターズに落ちるとは要領が悪いですね。きっと聖女ソアリスの環境に置かれたとしても、大して変わらなかったでしょう」
「知った風な口を利くんじゃねぇ。その聖女様は無様に封印されただろうが」
「そう、あなたが言う最高の魔術師ですら呆気なく封印される……。環境一つで運命が決まるなら苦労しません」
「グッ……!」
自論の破綻を見抜かれたバエンが言葉を詰まらせた。水の障壁に阻まれているハンターズが何とか突破しようと、あらゆる手段を試している。
「強行突破はお勧めしません。深海と同程度の水圧に潰されますよ」
「ひっ……!」
強行突破しようとしたハンターズを牽制する。矢の残骸が漂う水の壁を恐れて引っ込む。実はバエン以外の人達のほうが重要だから止めてあげた。
「バ、バエンさん! こりゃ突破は無理です!」
「だからダメなんだよ、お前らは……なぁ!」
「うわっ!」
バエンが仲間の一人の背中を蹴って、水の障壁に叩き込んだ。その様子を口笛を吹いて機嫌が良さそうに眺めている。
「それがハンターズの流儀ですか」
「ゴミとパーティを組むと苦労するよな。今後、こういうゴミと関わらないように俺が始末してやったのさ。つまり優しさってやつだな」
「なるほど。それは名案ですね」
「だろう?」
魔力をほんの少しだけ解放した。
大木が揺れて、草が私を中心として放射状になびく。
鳥が飛び立ち、木陰にいた動物も姿を消した。
バエンは思わず腕で自分の身を守るほど怖かったらしい。
「い、い、今の……」
「今後、まともな人があなたと関わらないようにしましょう」
「ちょ、ちょっと、待て……。お前、何だ……その魔力……」
「腰が引けてますが?」
始末屋バエン。自分が始末される立場に立った事はなかったみたい。腕が立つ魔術師だけど、このご時世で生き残れたのは幸運としか思えなかった。
それこそ環境がよかったのかな?
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