デイビット、諦めない
前回の後書きで第二章は王都防衛編と書きましたが、王国防衛編の間違いです
「治癒師ソアがこの国を乗っ取ろうとしているという噂を知ってるかい?」
魔物の襲撃により破壊された城壁の修繕作業中、僕はそれとなく囁く。
労働に勤しむ騎士の耳にこういった情報を吹き込む。
真偽はどうでもいい。とにかくソア、いや。ソアリスに不都合な噂を流せばいい。
本当は聖女ソアリスとばらそうかと思ったけど、これも魔術で封じられている。
喋ろうとすれば声がかすれて、書こうとすれば手が止まった。
こんなひどい魔術があってたまるか!
「デイビット様、無駄口を叩かないで手を動かしましょう」
「グ……! この騎士風情め!」
「どうされました?」
騎士に攻撃を加えようとしても、身体が硬直する。
この闇魔術をどうにかしない事には何もやりようがない。
拳を振り上げたまま固まる僕を騎士が訝しがっている。
「まぁ、考えてもみろ。ふらりとやってきた旅の治癒師を何故、誰もが信用している? 君はどう思う?」
「素晴らしい方です。先日から指導に精を出されていますし、若手だけであのタリウスを仕留めたのはさすがとしか言いようがありません」
「そ、そんな事があったのかい」
「ご存知なかったのですか?」
タリウスといえば長年、アルカマイダ草原を陣取っていた憎き魔族だ。
それを若手だけで? あり得ないな。
「……君は純粋だな」
「は?」
「直接、見たのかい?」
「いえ……」
「どうしてその話を信じられる? さすがに出来すぎているとは思わないのかい?」
「何を仰りたいのですか?」
輸入したブロックを持ち上げて、作業している騎士のところへ持っていく。
こんな単調作業で汗を流しながら、僕は頭の中で現状の打開策を考えていた。
恐ろしくて近寄りたくもないが、あのソアリスは腹立たしい。
僕とリデアに恐ろしい魔術をかけやがって。
あんな女をモノにしようとした過去の自分を殴ってやりたいくらいだ。
「あの女に関してはすべてが出来すぎている。タウロス討伐戦の時、君は現場にいたと言っていたな。常軌を逸した魔術を使っていたのだろう?」
「はい、あのような魔術の使い手は例を見ません」
「人間だと思ったかい?」
「……信じがたい、とだけ言っておきます」
あり得ない出来事を思い起こさせる。
そして自分で考えさせる。
まずは情報を与えて疑心暗鬼に陥ってもらう。
「あの女、例の国境付近から来たそうだね」
「そ、そうなのですか?」
「えっ、知らなかったのかい?」
「はい……」
さも常識かのように振る舞う。
すでに周知の情報と思わせれば、信憑性が増すわけだ。
「例の国境付近といえば、あの炎の魔人がいる辺りだ。そしてあの女、タウロスの手下に関しては炎の魔術で魔物の群れを一掃したそうだね」
「そうですね……。しかし、それと何の関係が?」
「あの女は現時点で最強の魔物の巣の主である炎の魔人の手下だと噂されている」
「何をそんな……。その手下がこの国を乗っ取ろうとしていると?」
「そう思われても不思議じゃない判断材料は揃ってる。君もいっぱしの騎士なら、少しは考えたらどうだい?」
騎士が答えずに黙々と作業に勤しんでいる。
いい兆候だ。明らかに僕の情報を信じかけている。
「しかし、信じ難いです……」
「あれほどの実力者が無名のわけないだろう。治癒師ソアなんて聞いた事あるかい?」
「ないですね……」
いい流れだ。
こいつ一人、騙したところで大した益はない。
しかし、こいつが疑心暗鬼に陥って仲間にそれとなく喋れば一気に爆発する可能性すらあった。
ソアリスがこの国にいられなくなるほどの事態に発展するかもしれない。
「もし人間ならあの聖女のように、超魔水を飲んでいる可能性がある」
「そ、それでも魔力酔いと魔力暴走の危険があると思いますが……」
「では人間ではない可能性があるわけだ。冷静になれよ、他にもあの女には怪しい点がいくつもある」
「というと?」
「後は自分で考えるんだね。国に仕える騎士たるもの、曇った目のままじゃいけないよ」
適当に濁す事で、こいつの頭の中は思考の渦だ。
作業の手が止まっている。
「同行していたトリニティハートは信じたのか……? あれほどの冒険者パーティが?」
よしよし、よーし!
ブツブツと疑問をぶちまけている。
これでこいつは仲間に相談するはずだ。
治癒師ソアの正体について語ってくれたらいい。
「そもそもあのフードはなんだ? まるで正体を知られたくないかのように顔を隠している……」
よーーーし!
ここまでくればあと少しだ。
正直なところ、噂自体の効力はなくてもいい。
問題はあのソアリスだ。奴の性格はよく知っている。
自分に対してよからぬ噂があれば、必ず晴らそうとするはずだ。
聖女として外面を良くしていた時のように、自分の立場を守ろうとする。
そうなると、どう行動するか?
それこそが僕の狙いだった。ここでダメ押しだ。
「ここ最近、確認できている魔物の巣が駆逐されつつある。しかし、なぜ炎の魔人だけが手付かずなのだろうな?」
「と、遠いからでは……。それに迂闊に手を出せない相手ですし……」
「だといいけどね?」
騎士の動きがギクシャクしている。
作業効率も落ちているし、こいつは間違いなく仲間に相談する。
そうやってソアリスの噂を伝染させろ。もし噂が広まってソアリスが精神的に追い込まれるならよし。
ソアリスが行動を起こせば、それもよし。
あの女は疑いを晴らすべく、必ず炎の魔人の討伐に行くはずだ。
聖女ソアリスの力は絶大だが、炎の魔人もこれまでの主とは次元が違うと聞く。
互いをぶつけて、炎の魔人の勝利を願うしかない。
頼むぞ、炎の魔人。
第二章も頑張って執筆するのでよろしくお願いします!
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