聖女、十二魔星について調べる
「アドルフ王、書庫の出入りを許可していただいて感謝します」
「いや、むしろ今はこの程度の事しかしてやれない」
城の地下にある書庫には、あらゆる書物が保管されている。
特に魔術関連の本はそれなりにあるから、宮廷魔術師の教本としても活用されていた。
ここは本来、王族の許可がないと立ち入りが出来ない。
普通の本だけじゃなくて、中には危ない本もあるからだった。
「そなたなら心配はないと思うが、禁書には触れんようにな」
「はい。変な事が起こったり復活されても困りますからね」
禁書。
王国の長い歴史の中で封印されたのは、都合が悪い慣習や事件だけじゃない。
手を出してはいけない禁術や魔獣、魔族が封印されてる可能性があるからだ。
アドルフ王も、全部の書物は把握していない。
「陛下もアスクスという魔族をご存知ないですよね」
「魔族については一通り学んだつもりだが、聞いた事がないな。それよりも、ジェドが実在した事に驚いている……」
「小さい蛇になって王都内に侵入していたようです。私の魔力感知も、そのレベルの小動物ならその他大勢として認識してしまいます」
王都内には犬や猫といった小動物が当然いる。
そんな中、ジェドは小さい蛇に化ける事によって魔力を抑えていたみたい。
完全に魔力感知を意識したムーブだ。
「どれどれ、これが十二魔星に関する本ですね。今一度、おさらいします」
「その件だが、そなたの話を聞いてどうにも引っかかる点があってな」
「本当ですか?」
「本を読んでから話そう」
十二魔星の伝説。
水瓶が傾いた。
水瓶から水があふれ出て、やがて海となる。
水瓶は自らの世界を築いた。
水瓶はクエリアと名乗り、海を我がものとした。
やがて鯨をも丸のみにする巨大魚によって海は支配される。
海の生態系は脅かされて、ほとんどの生物が死滅した。
「この水瓶と巨大魚が後に世界で最初の魔族とされていますね」
「原初の魔族とも呼ばれているが、そうなると我々は魔族のおかげで生まれた事になる。よってこの説には賛同し難いものがあるな」
やがて大小様々な陸地が誕生する。
巨大魚から逃れるようにして陸に上がった生物は適応を始める。
進化により適応した生物の中から、超進化を遂げた生物が出現した。
すべてを両断するハサミを持つ生物は陸での支配力を強める。
陸は悪魔の蟹によって蹂躙された。
「この蟹も後に魔族として名付けられてますね」
「この時はまだ人間は誕生していないな」
時は流れて、陸でしか生きられない生物が多数を占めるようになる。
知恵を身につけた個体がより幅を利かせるようになった。
誕生したのが我ら人間である。
しかしすぐ様、生物は狩る者と狩られる者に仕分けされた。
中でも異様な進化を遂げた狩人は自らをサージタースと名乗り、我ら人間すら獲物とした。
サージタースの時代は長らく続いたが、やがて他の種も超進化を遂げる。
「これ……やっぱりあのタリウスと何か関係が?」
「ここから本格的に激動の時代が始まるな。人間と魔族の戦いだ」
超進化を遂げて人間を上回った種を我らは魔物と呼ぶようになった。
中でも別格の存在が魔族である。
卓越した身体能力を持つ牛の魔族タウラスは闘争の時代を築き上げた。
人々は抗い、儀式を行う。
彼方より呼び出したのは異形の山羊と形容できる存在だった。
異形の山羊は我らを救わず、ブリゴンと名乗って人々を蹂躙した。
「このブリゴンだけ異色ですね。彼方より、とはどう解釈すればいいのでしょうか」
「ここではない他世界と唱える学者も多いな」
ブリゴンの時代が終わると、次に王を名乗る魔族が現れる。
ガレオと名乗り、世界のすべての種を支配した。
我々、人間も例外ではない。築き上げた文明はまたここで頓挫する。
「この時代をきっかけに、人間側も上下の関係を重視するようになったんですよね」
「サージタースの時代では狩る者、狩られる者……つまり強者と弱者。ガレオの時代では支配する者とされる者という概念が生まれたわけだ」
次に誕生した異形は羊型の魔族アリエイルだった。
人々に家畜として飼われていた先祖の恨みを晴らすべく、アリエイルもまた支配者を名乗り出る。
人々はよく眠るようになった。悪夢にうなされて、衰弱していく。
「怖いですね。私も疲れて二度寝しそうになるので、この手の相手は怖いです」
「どこかズレてないか?」
人々に踏み潰されていた小さな種が変貌を遂げて、中でも蠍型の魔族ピオンは毒をもって制した。
同じく進化した昆虫型の魔物を率いて、自らよりも大きな生物に恐怖を与える。
「ここで私達、人間は毒という概念を明確に意識し始めたんですよね」
「毒に対抗して薬などが誕生したのだったな。もっとも、治癒師はそれ以前から確認されていたようだが……」
「武器を手に取って戦っていますし、人間側も頑張っています」
人が毒を克服すると、更に文明は進む。
絶世の美女と呼ばれた女王が支配するようになった。
その美貌に狂った人々は堕落して、女王ヴァールにすべてを捧げる。
「ヴァールは魔族ではなく人間と唱える人もいます。この本でも人間扱いされてますね」
「そもそも魔族の定義ですら割れているからな」
神と呼ばれる魔族が現れた。
魔族はイーブラと名乗り、片手の天秤であらゆるものを裁いた。
必要なもの、そうでないもの。それは人々も同様だった。
優良な種を残さんとした天秤の神により、人々はまたも窮地に陥る。
「このイーブラも魔族とされていますが、魔導具を手にした人間では?」
「今でいう神話級魔導具か……」
「二十年前の私ならこんな発想はしませんでしたが、今はリデアという前例がありますからね。神話級魔導具の力を発揮すれば、人は魔族にでもなれます」
純白の翼の魔族と漆黒の翼の魔族が人々の前に現れる。
二分された人々をそれぞれ拾い上げて統合した。
人々は救われたかのように思った。しかし人々はまたも二分して争いを始める。
双子のような魔族に対する信仰が二分されてしまったのだ。
双子はクスクスと笑っていた。
「ここまでが十二魔星に関する記述ですね」
「やはり肝心な事が書かれていないな」
「えぇ。そもそも時代を制したと言われている魔族達はどこへいったのでしょう?」
「討伐されたとも書かれていない。時代の節目に何かあったと考えられるが、如何様にも推測は成り立つ」
アドルフ王と私はおそらく意見が一致している。
誰も死を確認していないとすれば、今はどこに?
死体がなければ生きているなんて言われているように、どこかで生きていても不思議じゃない。
つまり――
「ジェドはリデアにこう言ったそうです。『この様子では、あの聖女ソアリスも復活を果たしているな』と……」
「も、という事は……」
「まぁ言葉の綾とかそんな可能性もありますけどね」
――あの十二魔星がまさかこの時代に蘇ったなんてことは……
――クククククッ! そのまさかだとしたら?
あれはジェドが主と呼んでいるアスクスだけじゃないとも解釈できる。
もし仮に。何らかの手段でこの時代に出現したならとっくに――
「そういえばアドルフ王、隣国に救援要請を送ったのですか?」
「……二度ほどな。いずれも帰らぬ。先ほど話した気になる点とはそこなのだ」
「やっぱり……」
王国だけで手一杯だったから考えもしなかった。
他の国も似たような状況に陥っている可能性はある。
そもそも隣国との国境付近にある悪魔の巣は確か――
「今は例の炎の魔人が居座って、使者すら出せん」
リデアが討伐に失敗したらしい炎の魔人。
こちらから手を出さない限り何もしてこないらしいけど、理由があったとしたら?
例えば何かを守っているなら動く必要がない。
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