リデア、楽になりたかった
「お、姉様……」
一体どうやって入ってきたのですこと?!
ドアも開けず、音も立てずに何の魔術を使ったのかしら!
落ち着きなさい、リデア。それは大した問題ではありませんの。
問題はお姉様がジェドに勝てるかどうか。ただ一点ですわ。
「ソアリス……!」
「知らない魔族ですね。私を知ってるという事は魔王軍の残党ですか?」
「貴様こそ、どうやって封印を破った」
「私の質問への答えが先です」
お姉様の圧に、わたくしは息が詰まりそうですの。
ジェドはいつの間にか、わたくしを解放していますわ。
まさか怯えているなんてこと、ないかしら?
名前 :ジェド
攻撃力:40,000~60,000
防御力:2,0000~30,000
速さ :7,0000~80,000
魔力 :10,000~20,000
スキル:???
とてつもない強さですが、お姉様を倒すには至りませんわ。
いえ、戦いは数値だけでは決まりませんの。
特にジェドには私に仕込んだ毒がありますわ。
記憶を操作する毒なんて聞いた事がありませんが、そこは魔族。
わたくしの常識を上回るスキルを持っていてもおかしくありませんわ。
「魔王とは、この国を侵攻していた魔族の事か? あんな小物とは何の関わりもない」
「そうですか。ではあなたの質問への答えです。空間魔術で脱出しました」
「空間、魔術だと?」
「今、ここに入ってきた時にも使ったのですが気づかなかったんですか?」
お姉様は封印されていながら、空間魔術を習得した。
おそらく世界最強の魔術師、八賢王クラスであろうと同じ真似は出来ませんわ。
お姉様とまともに勝負が出来るとしたら、時の魔術を操るクロノスくらいかしら?
その彼も生涯をかけて、人生の終盤でようやく未来魔術をモノにしたというのに。
ジェドが信じないのも無理がありませんこと。
「馬鹿な事を……!」
「念のため、リデアをマークしておいて正解でした。まさかこんなに簡単に姿を現すとは思いませんでしたが……。あなたが魔族化する薬をばらまいた黒幕ですね」
「薬? そうか、あれを薬と判断したか……そうか、そうか」
「では毒ですか?」
「なっ……」
「なっ、じゃなくて」
毒? 魔族化する薬? 何の事ですの?
「人工的に作られたものとは考えにくいからです」
「さすがはあのお方が唯一、認めた人間だ。しかし、毒などとは穏やかではないな」
「人間を化け物に変える。十分、毒でしょう。そのあのお方についても喋ってもらいますよ」
「このジェドが従うとでも?」
「私が勝ったら喋ってもらいますよ」
「……貴様、ジェドの名を知らないのか」
ジェド。思い出しましたわ。
邪悪なる蛇の王の眷属ジェド。忘却の英雄という伝承ですわ。
遥か昔、とある国の英雄が蛇の魔物の討伐に成功しましたの。
ところが帰還した英雄の事を誰一人、覚えていない。
恋人だった女性にすら忘れられて失意の中、英雄は国を去った。
ところが英雄も次第に記憶を失くしていき、最後は自ら命を絶つ。
作り話だと思ってましたが、ここにいるジェドがその魔族だとしたら。
「あー! 蛇嫌いの男が噛まれてショックのあまり井戸に落ちた話ですか!」
「違いますわ! 忘却の英雄ですの! お姉様、知りませんの?!」
「あ、そっちかぁ。蛇のお話とか魔族って似たようなの多くてわかりにくいんだよね」
思わず突っ込んでしまいましたわ。
本当にこのお姉様は憎たらしい。ジェドが伝承魔族だとすれば、まず討伐の観点を捨てますわ。伝承の中に記されているヒントを探り当てて、やり過ごす。
本来、それほどの脅威だというのに。
伝承魔族とはその名の通りで、伝承として記されている魔族の事ですの。
大体は討伐されている魔族ばかりですが、ジェドみたいに生き延びている魔族もいる。
そんな別格の魔族達は現代においても、人間達から恐れられていますわ。
ジェドの毒はおそらく記憶を侵す類のもの、受けてしまえば魔術の記憶すら失くす可能性がありますの。
そうなればお姉様は年齢相応の娘、ひとたまりもありません事。
「……聖女ソアリス。貴様は人間にしては卓越した力を持つが、あくまで人間という枠組みの中での話だ。貴様は魔族を理解していない。知れば、絶望するだろう。己という小さな存在に……」
「あなた達はいつもそうですね。どこからその自信が湧き上がるんでしょう」
「真理だからだ。あの魔王を名乗っていた魔族など、あのお方からすれば塵芥に等しい。虫けらが人間に踏み潰されるように……人間もまた、魔族に踏み潰されるのだ」
「人間が本当に塵芥なら、今日まで生き残っていませんよ。少しは考えましょう」
「ならばこの瞬間からお別れだな!」
ジェドの全身が無数の蛇と化してお姉様を四方八方から襲いますわ。
「闇属性高位魔術!」
蛇から影の蛇が分離するように生まれて、更に死角がなくなりましたの。
いくら空間魔術といえど、空間全体を制圧されてはどうにもなりませんわ。
お姉様がいくら強くても、勝負なんて一瞬。
「空間切断」
お姉様を襲った蛇達が斬られましたわ。
ぼとりと落ちたと思ったら、再生を始めましたの。
「これが空間魔術か! 大した殺傷力だが無駄だ!」
「再生できませんよ」
切断された蛇がくっつこうとしてますが、互いがいつまでも出会いませんの!
まるで何かに邪魔されているかのように!
「な、何故だ……」
「空間ごと切断しましたからね。空間の外にある千切れたものには干渉できませんよ」
見えない障壁でもあるかのように、切断された蛇の頭と胴体が切り離されましたわ。
何がどうなっていますの?
「さ、再生が……!」
「圧縮」
ほぼすべての蛇が血しぶきを上げて消えましたわ……。
ただ一匹を残して……。
「元の姿に戻ってもいいんですよ?」
「うぐっ……体が、クソッ!」
「狭い空間に閉じ込めましたからね。無理に戻ろうとしたらそのまま潰れます」
「このジェドが……こんな、事が……」
ジェドを放置して、お姉様がこちらに来ますわ!
なに、なんですの!
「危ないところだったね、リデア。これでもう安心だよ。明日からまたお仕事に励めるね」
「そんな……そんな……」
「え、まさか私が殺される事を期待したとか?」
「して、ませんわ……」
わたくしは、何を期待してましたの。
ジェドがお姉様を?
そんな可能性、万に一つもないなんて。わかっていたのに。
「リデア、頑張ってね」
「いやぁ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
誰か、助けて、ほしい、です、の。
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