聖女、聖騎士団に貸しを作る
聖騎士団本部内にある居住区は思いの他、広い。
丸太と板作りだけどしっかりとした小屋が何件も建っていて、共同の炊事場や井戸もある。
レーバインさんの説明によれば、ここには村を滅ぼされて行き場がなくなった人達が大勢いるとの事。
もしくは任務中に保護された人達も多い。
私がこの光景に見とれていると、レーバインさんが補足してくれる。
「中にはハンターズに捕らえられていた者達もいる。敵は魔物や魔族だけではないのだ」
「ハンターズ……。度々、その名を聞きます」
「もはや蛮族だ。一刻も早く愚行を止めるために根絶やしにしたいところだが、数が多すぎる」
レーバインさんが握り拳を作って怒りを露わにしている。
この正義の心がありながら離反するなんて。
それはさておき、さっそく井戸で水を汲んでいる女性に目をつけた。
まだ自覚はないように見えるけど、伝染病にかかっている。
空間掌握で確認すると、すでに何人かに感染していた。
「あちらの女性、テラー病です」
「何故わかる?」
「説明している暇はありません」
「おい、待て……」
テラー病。精神が弱った人に感染するウイルス性の病だ。
脳に入り込んで、ネガティブな思考に陥らせて体も弱らせる。
ここにはつらい体験をした人も多いから、ウイルスにとっては格好の的だ。
「こんにちは。私、旅の治癒師です。本日はこちらの聖騎士団に赴いて、治療をしに来ました」
「……そう」
「あ、あれ?」
スタスタと行っちゃった。
そうか。ここにいる人達は心も疲弊している。
「無駄だ。あの女性は家族を亡くしている。最近はようやく自分で動くようになったが、傷が癒えるにはまだまだ時間がかかる」
「そうだったんですか」
「旅の治癒師だか知らんが、首を突っ込むのはやめていただきたい。下手な事をしてあの女性を傷つけるようならば、容赦はしない」
「心の傷は難しいですが、出来る事はあります」
女性を追いかけて前に回り込む。
驚かせてしまったけどすかさず治癒魔術!
「あ……」
「お加減はどうですか?」
「なんか……心地よくなったような……」
水を汲んだ後、フラフラと歩いていたから確かに弱っていたんだと思う。
私が何か言えた立場じゃないけど、これだけはしっかりと言おう。
「お体は万全です!」
「え……そう、なんですか……」
今はこれでいい。
治癒魔術で癒されたという結果だけ残しただけ。
次は近くにいたおばあさんだ。
「おぉ……。なんだか楽になったよ。膝が痛かったのに何ともない……」
「お体は万全ですね!」
「実は小屋からここまで、つらかったんだよ。そのせいで、外に出るのも面倒でねぇ……」
健全なる精神は健全なる身体に宿るというけど、健全な精神がなかったら健全な身体なんて作れない。
せめて身体を健全にしてあげれば、日々の生活も楽になる。
そうなれば、より能動的に体を動かすようになるはず。
「腕は確かなようだな」
「これからですよ。それっ!」
「おい! 勝手に……速いな!」
小屋を訪ねて、寝たきりの病人を治療する。
肺炎と頭痛、腰痛が同時にくるような危ない症状だったけどもう安心。
若い男の人が起き上がって、ベッドから降りた。
そっと入口から様子を確認するレーバインさんがちょっとかわいい。
「治癒師さんが来てくれるとは思わなかったよ……。聖騎士様が招いたんだな」
「……そうだ」
「コラ」
なんか調子いい返事をしてるおじさんがいるんだけど。
それにしても病人が多い。隠れ病を除いても、聖騎士団だけでは手に余っているとよくわかる。
治癒魔術は魔術の中でも超難易度を誇ると言われているから仕方ないか。
怪我は治せても、いろいろな病気を治せる治癒師となれば限られてくる。
そのレベルの治癒師は、とある国なら神の使いとして祭られるほど希少な存在だ。
この国でいえば私、聖女クラスの治癒師は大陸中を捜しても何人といないと思う。
「ありがとう……助かった」
「あぁ、治癒師様……。この恩は生涯忘れません」
「あなたはまるで聖女様のようだ」
ドキリとするけど明かすわけにはいかない。
皆が私に感謝する中、いつの間にかいろんな騎士が集まってきている。
カイマーンさん、グラさん、アルンスさん、ヘカトさん。
全員が呆けたように、私の治療を眺めていた。
「……何者だ」
騎士団内ですら声を聞いた事がないともっぱらの噂のヘカトさんが喋ってる。
その後ろから現れたのはアルベールとプリウちゃんだ。
「お、お前! 何故ここに!」
「アルベール様! ここは私が!」
「いや、戦うわけないだろう」
「ハッ!」
ホントだよ。何してるのさ。天然か。
「……なるほど。これは大きな借りが出来たな」
「どうもすみません」
「おいおい……。あのファンナちゃんが笑っているぞ?! マジかよぉ!」
ファンナちゃん、私が最初に治療した女性だ。
グラさんがファンナちゃんに駆け寄ってなんか熱烈にアタックしてる。
「ど、どこも悪いところはないのか?!」
「おかげ様で……」
「なんかあったらすぐに言えよ! オレが秒でぶっ殺してくっからよぉ!」
「なんてことを言うんですか! あのお方は恩人ですよ!」
「そ、そうだよな!」
何してるんだろうか。
あんなのは放っておいて――
「私は認めんぞ!」
アルンスさんが大声を上げた。
面倒な人に絡まれたなぁ。
「アルンスさん、現にこちらの方々の体調は万全です」
「素性が知れぬ怪しい治癒師の女め! 私には彼らを守る義務がある! 何かよからぬ事をしたのであれば容赦はせんぞ!」
「疑うのですか」
「そのフードかぶりが信用できん! 取らせてもら……」
アルンスさんが伸ばしてきた腕を掴んで力を入れた。
「ぐぅ?! うぐぐぐ……!」
「感心しませんね。あなたに限りませんが、騎士として礼を欠いた行為です」
「なんだ、この、力……あががが!」
「やはり離反した方々らしい品位です。そうでないと否定するなら、二度とやらないと約束して下さい」
「誰が……うぐあぁぁ!」
「アルンス! 詫びろ!」
レーバインさんの一喝で、アルンスさんが苦悶の表情を浮かべながらも口を動かす。
「すまな、かった……もうしない……」
手を離してやると、アルンスさんが腕を抑えている。
駆け寄った騎士達が息を飲んで、そして私を一斉に見た。
「アルンスがここまで……」
「お騒がせしてしまったようなので、これにて失礼します」
「ま、待て! まさかあなたは……!」
レーバインさんの引き留めに聞かないで、私はそそくさと歩く。
今ので確信されるのかな。ちょっと心外なんだけど、身から出た錆か。
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