聖女、射撃対策講座をする 1
王都から南に広がるアルカマイダ草原は、港町や工業都市との交易路になっている。
鉄鋼品や輸入品の運搬路でもあるから、王国軍は定期的に魔物討伐やルートの確保を行っていた。
鉱物なんかは武器にも使われるし、食料や調味料を始めとした生活に必要なものもここを通って運ばれる。
重要な場所にも関わらず、今まで放置されていた理由は強力な魔物の巣化したからだ。
最初はトリニティハートなら、と思っていたけど詳細を聞いて待ったをかけた。
「ソアさん! お久しぶりです!」
「キキリさん、ご活躍は聞いてますよ」
「おかげ様でもうもうもうもう! 軍医って楽じゃないですよぉ! これを当たり前のようにこなしていた聖女ソアリス様は完全に人じゃないです!」
「そうですね」
今日はその人外聖女が騎士団や冒険者の若手を率いている。
ラドリー騎士団長、直々の依頼という事で信頼はバッチリだ。
タウロス討伐に大きく貢献したのが何より大きい。
ただし私の活躍を見ていない人達もいるから、そんな人達は――
「治癒師ソア? 聞いたことないな」
「ラドリー騎士団長が認める腕の持ち主らしい。それと温泉掘りの達人だとか……」
と、無難な知名度で収まっている。温泉掘りの広まり方は謎だけど。
あの温泉はもうすぐ完成するらしい。
出来たら私も入ろう。そうしよう。
「ソア殿、進むのはここまでにしておきましょう」
「ここから先が射程圏内ですか?」
「はい。進めば狙い撃たれます」
「長距離射撃を得意とする姿なき射手……」
トリニティハートでも危ういと感じた理由がこれだ。
この広い草原のどこかから、確実に撃ってくる。
ラドリー騎士団長が安全圏を示したけど、これを特定するまで騎士達が何人も犠牲になってるらしい。
騎士の鎧ごと貫通して無慈悲に命を奪うほどの威力というんだから、あの三人でも危ないと判断した。
何より、こんなのと戦った経験がないはず。
だから今日は私が対処法を教えようと思う。
「ソア、一つ質問がある」
「何でしょう、デュークさん」
「誰も見た事がない奴の名前がなんで周知されてるんだ?」
「まだ王国が元気だった頃、騎士団が討伐に向かった事があるそうです。その時に判明したんでしょうね。魔族タリウス、どんな相手かわかりませんがタウロスと紛らわしいですよね」
緊張をほぐそうとしたけど、誰も反応してくれなかった。
ごめんなさい。本題に入ります。
「ソア殿、タリウスはどうやって我々を狙い撃っていると思いますか?」
「いい質問ですね、ラドリー騎士団長。この戦いの焦点はそこです。これこそがタリウスという魔族の本質でしょう」
「つまりどのようにして我々を特定しているかを探る必要があると?」
「そうです。皆さんはどう――」
頭に何かが直撃した。
「いたっ……」
「ソ、ソア殿!」
「ここって射程距離外では?」
「ソア殿が立っている位置はまずいようです!」
太い矢が私の頭を狙ったみたい。
少なくとも、肉眼で確認できる場所にいないのは確かだ。
「皆さん! もっとバックバック!」
「お、おう……。鎧をぶち抜く射撃らしいが、平気なのか?」
「ちょっと痛いですよ」
「ちょっとか……そうか」
ぞろぞろと皆が下がる。私も下がる。
油断していたとはいえ、遠距離からこの私の頭に正確に当てるとは。
さて、これだけでも拾える情報はあった。
「皆さん、敵はどうやって私達の位置を知ったのでしょう?」
「魔力感知?」
「おそらく違います、サリアさん。この距離で正確に感知したのに、矢には何の魔力の残滓もありません」
「魔力感知しておいて攻撃は物理、じゃ噛み合わないか……」
「この距離で魔力感知できる使い手が、攻撃に魔術を組み込まないポリシー……というのなら話は別ですけどね」
次の射撃が始まらない。さすがに警戒したか。
「と、こうやって考えていけばいいのです。実際にはそんな時間はありませんけどね」
「でも、さっぱりわからんぞ」
「デュークさん、落ち着いて考えてください。魔力や魔術の可能性がないなら、他には?」
「気合いだな!」
「……フィジカル特化の魔族であれば、視力も我々とは比較にならない可能性がある」
「さすがはハリベルさん、いいところ突いてます!」
えぇー、みたいな空気になった。
別にすごいトリックとかあるわけじゃない。
私が言いたかったのはこれだ。
「魔族の中にはハリベルさんが言ったように、常識外の身体能力を持つ個体がいます。もしくは魔術に属さない固有の能力かもしれません」
「そのどちらかを見極める必要がありますな」
「ラドリー騎士団長はどう見ますか?」
「そうですな……。まずは固有の能力か、はたまた身体能力によるものか。どちらか特定する必要があります」
ラドリー騎士団長は過去に何度か魔族と戦った事がある。
この人が心身ともに万全なら、タウロス相手にもう少し善戦できたはずだ。
猛騎士ラドリーは萎縮する部下に喝を入れるかのように、ジロリと見渡す。
「お前達は私の背中を見ていろ。そしてついてこい」
ラドリー騎士団長が射程圏内へと足を踏み入れる。
大剣を構えて、射撃への迎撃態勢を取った。かと思えば、反復横跳びで翻弄する。
「……来ませんな。なるほど」
ラドリー騎士団長が大剣を構えたまま、前だけを見据えている。
私にはこの人が何かを掴んだように見えた。
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