聖女、心の師と決別する
マザー・グレース。彼女こそが聖女に見えた。
私が五歳の時、まだ何も知らなかった時だ。
老若男女問わず、誰からも慕われている光景は楽園かと錯覚した。
あんな風になれたらいいな。子ども心ながら、漠然とそう思った記憶がある。
初めて宮廷魔術師になってから一年目の時、初めてグレースとお話する機会があった。
「なぜそこまで出来るんですか?」
「よく聞かれるのですけど人がいるから、としか答えようがないのです」
口元に手を当てて上品に笑ったグレース。
その時、この人も私と同じだと思った。
人の笑顔が好き、それだけでいい。
両親を喜ばせて、皆を喜ばせれば私も嬉しい。
これはある種の快感だと思う。
そう、グレースはそういう意味で私と同じなのかもしれない。
そして今、あの時からは想像もつかない邪悪な笑みを浮かべているグレースがいる。
「グレース、あなたは快楽に溺れすぎてしまったのですね」
「なぜそう言い切れるのです?」
「何か裏があって悪事に手を染めたとはいえ、あなたはあまりに優しすぎた。まるで取りつかれたかのように……」
「オホホ……面白い発想ですね。自分もそうだから、とでも?」
さすがはグレース。見事に核心をついてきた。
彼女も私をそう見ていたんだ。
それならきっと私に何らかの感情を抱いていてもおかしくない。
「私も誰かに必要とされることを望んでます。喜ばせるのが嬉しいです」
「人を喜ばせるというのは、裏を返せばその人を支配しているという事。喜びも悲しみも、与えてしまえば強要と同じなのです」
「支配ですか。その発想はありませんでした」
「それならば自覚なさったら? 今まで以上の快楽を得られますよ」
勝ち誇ったようにグレースは気味悪く口元を歪める。
支配、か。私としてはそれでもかまわない。
支配そのものが悪いとも思わないし、誰も不幸にならないならそれでいい。
グレースがどう考えようと、結果は同じだもの。
「わかりました。肝に銘じておきます」
「わかったなら見逃してくださるかしら?」
「そうはいきません。私から逃げられるとでも?」
「なぜ私がここを待ち合わせ場所に選んだのか、おわかりないようですね」
グレースの周囲に集結しているものはゴーストだ。
この三角家に関わりがあったゴーストを中心として、多数いる。
「若い頃から今に至るまで、私は多くの方々を助けてきました。同時にそれなりに多くの方が私に感謝して亡くなっています。そう、死んでからも……」
グレースの手に魂が収束して、禍々しい剣を作り出す。
喜び、安らぎ、そういった顔が剣の至る所に張り付いている。
「私には感謝しきれない。何度、礼を言っても足りない。そんな風に思っていただけたのか、こうやって力を貸してくださるのです」
「……死んでも安らぎを与えられない魂ですか」
「これをご覧なさい。なんとも幸せそうな顔をしているでしょう? この三角家の主人ですよ。私が最初に助けた人物です。妻と子どもに逃げられて、苦悩していたところに私が話し相手になってあげた……。最後に本格的にお相手をしてあげたら、悔いがないとばかりに病死しましたのよ」
「そんな事情が……」
恍惚とした表情が、本格的なお相手の意味を表している。
マザーだなんて呼ばれているけど、やっぱりそういう事をしていたんだ。
少し嫌悪するけど、それは私が潔癖すぎるせいだ。
そう、私は敬愛していたマザーの本性を知ってショックを受けた。それは事実だ。
でも同時にこれは私の為でもあると思ってる。
「フフフ、可憐なお嬢様には刺激が強すぎたかしら? さすがは聖女様……かわいいわぁ……ウフフフフ!」
「マザー、あなたは私の糧になっていただきます」
「……なんて?」
ショックを受けて泣いて悲しむ。
こんなのは20年間、王国の皆が体験している。
私はのうのうと封印されていたから、精神面で皆より豊かなはずだ。
これで平等というわけじゃない。
今、生きている皆は悲しみや絶望を味わいながらもどうにか生きてきた。
だから私もそんな皆に少しでも追いつく必要がある。
そこで現れたのがグレースだ。
「あなたに裏切られたショックや悲しみを乗り越えます。しかしそんな辛さも、今を生きる皆に比べたら些細なものです」
「あなた、何を言ってるのかしら? 何も無理をする事はないのですよ」
「いいえ、乗り越えて皆と一緒に成長します。そうすれば、私は今までよりもずっと強くなれる気がします」
「黙りなさい。あなたは私と同じ。快楽を得るだけの怪物です」
怪物でも心があればいい。
グレースは道を踏み外した。
やってはいけない事をした。
「人は弱いのです。しかし魔物と同格以上になればいい。この力を私だけ独占するわけにはいかないでしょう?」
「やはりあなたも……」
「オホホホ……見せてあげましょう」
ずるりとグレースの顔が剥がれ落ちる。
身体が崩れ始めて、剥き出しになった骨が今度は刺々しく伸びた。
肥大化した姿はスケルトンの王といった感じだ。元は女性だけど。
名前 :グレース・リッチ
攻撃力:3,853 +5,000
防御力:2,060 +5,000
速さ :1,750 +5,000
魔力 :8,741
スキル:再生
「この偉大なる力を得られるならば、人々は私に感謝するでしょう!」
この魔力、薬とかいうものの影響かな。
私が知る限り、マザー・グレースは何の戦闘能力もない一般女性だ。
だから常に護衛を雇って国内を旅していたはず。
「ほぉら、さっそく私を守る為に頑張ってくれてるわぁ」
私の身体が動かない。
見ると足や腕に亡霊がまとわりついている。
これが金縛りの正体みたいなものだ。
そしてその力は尋常じゃなく、普通の力じゃ振りほどけない。
「さようなら、聖女!」
動けない私に禍々しい剣が振り下ろされる。
少し考えたけど結局、これしかない。
「聖属性最高位魔術」
夜の闇をかき消すように、光が辺りを照らした。
それは単なる光じゃなく、私にまとわりついていたゴーストを消滅させる。
グレースが持っている剣も溶けるようにして消えていった。
「ぎゃああぁぁ! あついいいぃ!」
「これで消滅しないとはさすがですね。ご自慢の再生でどうにかしてはどうですか?」
「あづいよぉぉぉ!」
再生したところで苦しみが続くだけだ。
しかも常時発動だから、止められない。
本来、アンデッドが苦痛を感じる事はないけどこれは別だ。
聖属性の浄化の力は生者よりも下位にいる死者に効く。
グレースはアンデッドに成り下がった。
薬の効果だろうからわからないし、彼女が望んだのかも不明だ。
詳細が気になるところだけど、今はいい。なんだか疲れちゃったもの。
「あづい、よぉ……」
「グレース、あなたがいたおかげで多くの方々が救われました。あなたは聖女と呼ばれた私を支配しています」
「だ、すけ、で……」
「同時に多くの方々が命を落としたのも事実です。しかし、私はあえてあなたをこう呼びます」
ドクロ化した頭だけになったグレースに私は最後の言葉を告げた。
「ありがとう、マザー。そして、さようなら」
消滅の瞬間まで私は目を逸らさなかった。
そうする事で私やグレースの為にもなると思ったから。
誰にも見届けられないよりはマシかなと思っただけ。
それはグレースがいうように、善意の押し付けかもしれない。
自己満足といえば聞こえは悪いけど、悪くないよ。
だって自分が満足しているんだから。
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