聖女、王都の掃除をする 1
「……マザー・グレースが?」
王都内に蔓延っているデモンズ教の根をアドルフ王に告げると、さすがに訝しがられた。
それもそのはず、私だってショックだもの。
マザー・グレース。
国内でも有数の資産家だった夫が他界した後は、財産を処分して活動費に回す。
若い頃から紛争地帯に赴いて、被災地で支援活動なんかを行っていた。
人生のほとんどを無償の奉仕で費やす彼女の姿に心を打たれた人々はやがてマザーと敬愛するようになる。
そんな活動を高く評価した貴族達が次々と支援を開始して、彼女は教会を建てた。
迷える人々が祈りを捧げるようになり、更には孤児院を建てて身寄りのない子ども達の受け入れ先になる。
私も小さい頃から素晴らしい人だと思っていたし、聖女になった後に会えて感激したほどだ。
誰に対しても笑顔を絶やさないマザー。
聖女の前身として、マザー・グレースは私の中で生きていた。
「あれから何度かデモンズ教の息がかかった信者に接触しました。彼らをしばき……話してくれた情報を統合したのです。浮かび上がった人物像は高齢の女性……。信者は誰もが何らかの闇を抱えた人物であり、明らかに狙い撃ちされていました。そういった染まりやすい人物を布教の要として活用したのでしょう」
「……マザー・グレースとしての彼女は度々、救済を求めている地域や人を嗅ぎつけた。当時は誰も疑問視しなかったが、今思えば何らかの手段を用いているのかもしれんな。しかし彼女ほどの有名な人物であれば、正体に気づかれそうなものだが?」
「救済が必要な人ほど、マザーのような人物に関心を示しません。最後にしば……話した信者も現状を悲観して自分の内側に閉じこもっている人でした」
司祭としてのグレースの跡をつけた信者もいた。
途中で見失ったみたいだけど、他の信者達が見送った方角と照らし合わせるとマザーが住む教会がどうしても目立つ。
もちろん確証はない。これから王様にも協力してもらって調査してほしいという意味で相談した。
でも仮に確定したとしても、問題がある。
「マザー・グレースが黒だった場合ですが……。殺さなくてはいけません」
「リデアとデイビットに施した魔術があるだろう?」
「その二人とは事情が違います。私はマザー・グレースに何一つ奪われてませんし、清算など必要ありません。唯一、裏切られたという個人的な感情はありますが……。それよりも、あの魔物化が未知数です」
「あれは制限できないのか?」
「他者を傷つけるなと制限するだけでよければ……。リデアやデイビットのように手の内がわかっているなら、やりようもあるのですが」
アドルフ王は私が言わんとしてる事を察したのか、疲れたように一息ついて白湯を飲む。
「殺すしかないのか……」
「はい。そういった仕事をこなすのが私のはずです」
「……任せたいが、彼女を殺せば多大な影響が及ぶぞ」
「そこなのです。陛下には後処理をお願いします」
簡単に言ってくれるなと聴こえてきそうだ。
だけどこんな状況、無茶でもしないと打破できない。
王都から攻めてくる魔物だけならともかく、王都内の問題となればまともなやり方じゃ無理だ。
「とにかく更なる人員が必要になるな。まず、そなたはルイワード侯爵に接触してほしい。彼を後ろ盾にして不正を働く者がいる以上、捨て置けん」
「王国軍に未だに強い影響力を持ってると聞きますからね。治安維持にも繋がるので頑張ります」
「うむ。デモンズ教との繋がりが発覚する可能性もある。くれぐれも……」
気をつけろ、と言いかけたアドルフ王。
言われるまでもなかった。
* * *
20年前、我が王国軍は散々なものだった。
聖女の小娘一人に国防の一端を持って行かれるなど、看過できるはずがない。
そのせいで王国軍への予算割り当てが減少したばかりではなかった。
大衆は常に相対評価を下す。聖女に比べて王国軍は、などと囁かれた屈辱を忘れてなるものか。
当時、軍事大臣だったワシすら後ろ指を指される始末だ。
「王国軍を強化して他国へ攻め入れば、更に国力は増す。巨大な個となれば、この国も長生きできたものを……」
ワシの言葉に耳を貸さなかった罰だ。
ソアリスにそれをさせればよかったものを、連中は聖女などと崇め称える。
うんざりだった。
「フン、今は違う。ワシは力を手に入れたのだ。この辺りで見限る必要があるな。そうだろう、お前達?」
「まったくもってその通りですぜ!」
「生き残ったのはお前達か。残りはくたばったようだな」
屋敷の地下にて、仕上がった連中が勢揃いだ。
20年前からコツコツと数を増やし続けた結果、ワシの手元には30人ほどいる。
個人差はあるものの、薬があれば平均で2級程度の実力を有するはずだとあの強欲ババアは言っていた。
最近は業突く張りが増したのか、取引の際にやたらと値を吊り上げてくる。
腹立たしいが、ワシが最強部隊を完成させれば用済みだ。今に見ていろ。
「殺人、強盗、借金まみれ……。お前達はクズだ。しかし、このワシの手で息を吹き返した。どうすればいいか、わかるな?」
「全力でルイワード侯爵に仕えます!」
「そうだ。荒んだ王都にはお前達のようなクズは多い。これから更に数を増やせば、いずれ稼げるようになる。この王国を乗っ取る事も可能だ。いや……他国さえも我がものに出来る」
「そ、そうなったら酒や女を山ほど……」
クズのモチベーションを上げるなど容易い。
目の前に肉をちらつかせれば、全力で走るのだからな。
しかしその為にはやはり薬が高すぎる。
こんなご時世である以上、各方面から資金を工面するのも限界だ。
平民にしろ貴族にしろ、もう逆さにしても鼻血も出ん。
最近はすぐに自殺されてしまうのも厄介だ。死なれては金を引き出すのが恐ろしく面倒になる。
どこかに手頃な獲物はいないものか。
「やっと見つけました」
冷えた地下室に女の声が響く。
女など呼んだ覚えはない。
視線を向けると、フードを深くかぶった小柄な人物がいる。
閉め切っていたはずの扉を見れば、やはり閉まっていた。
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