聖女、デモンズ教と接触する
私の屋敷に侵入してきた賊の男が教えてくれた場所がここ、六番地区だ。
貧民街とまでいかなくても、貧困層が多い地区でもある。
といってもこんな状況じゃ王都全体が貧困層みたいなものだけど。
そんなところでフードかぶりの女がうろつけば当然、目立つ。
「よう、ねーちゃん金ぶッ!」
「すみません、急いでるんで」
絡んできたごろつきを裏拳で沈めつつ、デモンズ教のアジトを捜す。
改めて歩いてみてわかったけど、今も昔も王都はまだまだ発展の余地がある。
歩き出して数分でごろつきに絡まれるとか危なすぎるもの。
「へっへっへっ、いい体あァッ……」
「急いでるんで」
お腹に肘打ちを入れると静かになった。
私の背後に立つんじゃない。
用があるのはデモンズ教だ。どこかわかりやすい人でもいればいいんだけど。
「ふーむ、それらしきものは見ただけじゃ」
「人は未熟! 人こそが偽り! 捨てよ、人の身を!」
なんか普通にいた。
人だかりの中心で声高々に叫ぶ人物は初老の男だ。
歯が所々抜けた乱杭歯を見せつけて、その風貌だけで確かに怪しい。
ひょいっと近づくと、割と誰もが真剣な表情で聞き入っていた。
「諸君、なぜ我々がこのような状況に陥っているのか? ここ王都はまだいい。ろくに警備もない農村などは一切抵抗できずに滅ぼされ、見るも無残な廃墟となる。諸君、我々が何をした? 己に問いかけよ。道徳に従い、真っすぐ生きたはずだ」
初老の男が少ない白髪を振り乱して熱弁している。
周囲を見ると、無言で頷いている人が目立った。
ほとんどの人は胡散臭いと思っているんじゃないのかな。
中にはどこか憎しみが込められた表情を浮かべている人もいた。
「それなのに我々は無惨に蹂躙される! 肉親や恋人、友人が目の前で殺されても! 叫んでもどうにもならんのだ! これが現実だ! 力なきは悪なのだ! それがこの世界の摂理! 我々が悪だったのだ!」
「何が悪だ! オレ達が何をした!」
「そうよ、そうよ!」
なんだか険悪な雰囲気になってきた。
だけど初老の男は動じないで目を見開く。
「考えろ! 力こそが正義だと! 考えろ! 我々が力を得たならば我々が正義だ!」
「だったらどうするんだよ。武器を持って戦えってのか?」
「そんなものは力ですらない。いいか、ここでいう力というものは……こういうものだ!」
そう言い終えた初老の男が右手を見せつける。
射出されるかのような勢いで伸びた爪に、全員が悲鳴を上げた。
「な、なんだよそれぇ!」
「落ち着け! 見るがいい!」
男が聴衆をかきわけて進み、何もない場所に向かって爪を振るう。
地面が数本のライン状にえぐれて、まさに爪痕を残した。
「い、今のは?」
「驚いたか? ただの人間でしかないワシにそんな芸当が……などと思っただろう。違うのだ、これこそが本質そのものだ」
「本質?」
「力だ。人などという脆弱な身を我々は今すぐ捨てるべきである。いや、捨てねばならんのだ。誰もが捨てる権利を持っている」
屋敷に侵入してきた賊の男の腕と同じだ。
あれもトロールの腕みたいに太くなっていた。
あの爪は三級の魔物ウルファングと似ている。
中距離にまで対応できるほど攻撃範囲が広くて、襲われた状況によってはベテランパーティでも壊滅しかねない。
原理はさっぱりわからないところをみると、これも魔術じゃないか。
またしても魔術式完全理解が役に立たなかった。
さすがに自信なくしちゃう。
それはそれとして、あんな化け物みたいな真似をしても怖がられるだけだし乗る人なんか――
「それ、オレにもできるか?」
「無論だ」
「ちょ、ちょっと!」
思わず口を挟んでしまった。
名乗り出た男の人は至って真剣に初老の男を見据えている。
「この前、魔族を騎士団が撃退しましたよね! 人は強いですよ!」
「なんだ、君は……。また攻め込まれたら次こそ終わりだろう」
「そんな事ありませんって! 前よりも魔物の巣の数も減りましたし、それに伴って騎士団にも余裕があります!
しっかりと休養をとって英気を養えば、増して活躍しますから! それに今はキキリちゃんという優秀な治癒師も加わりましたし、一級冒険者パーティのトリニティハートもいます!
その他にも二級以下ですが、強い冒険者も助っ人に来てます! それに」
「7年前、村から集団で王都に向かったが生き残ったのはオレだけだ」
私の熱意を冷ますほどのエピソードを口にしてきた。
そうか、私としたことが気づかないなんて。
「後悔してないわけないだろ。だけどオレじゃ、奴らには勝てない……この手で殺してやりたいのになッ!」
そう、復讐心だ。誰かに守られていればいいという話じゃなかった。
むしろ守られているからこそ、より無力さを味わうのかもしれない。
ソアリス、一番大切なことを忘れちゃダメじゃないの。
「……軽はずみな発言をしてしまいました。申し訳ありません」
「あ、いや……。こっちこそ、すまない」
「話は終わったかね?」
初老の男が爪同士をぶつけてカチカチと鳴らしている。
脅しとも取れる仕草だ。
「そこの君、こんな素晴らしい力を得たいとは思わないか?」
「いや、やっぱり遠慮しておく」
「無力さを噛みしめたのだろう? 奴らを殺したいと思うだろう? しかし脆弱な人の身では無理だ」
「くっ……!」
こうやって弱みに付け込んで信者を増やしてるのか。
そもそもあの初老の男、何者だろう?
見る限りでは普通の人間だし、そうなるとあの爪だ。
その謎を解明したいけどここは一度、聖女として仕事をしよう。
「この爪ならば魔物など」
「あのー、すみません。ちょっといいですか?」
「何だね。手短にな」
「その爪だけですか? だとしたらちょっと頼りないですね」
「何だと……?」
私の見立てではあれだけじゃない。
トロールの男は少なくとも腕全体を変質させていた。
だとすれば、格上っぽいあの男ならもっと変質させてくれるはず。
まずは、ぜひともそうしてもらいたい。
「それじゃ、ここに攻めてきた魔族に勝てません。というか、そんなものなら丸腰と同じですよ」
「知った風な口を利くな。まさかこれがすべてだと思っているのか?」
「えっ……。ち、違うんですか?」
「仕方ない、見せてやろう」
きた。わざと怯えてみせれば、必ず調子に乗ると思った。
初老の男が両腕に力を込めると、トロール男と同じく腕が別物に変化する。
ワサワサと毛が生えてきて、すこぶる気持ち悪い。
「爪などほんの一端だ。見せてやろう……これこそが本質だ。これを見れば、我々は今まで人の皮を被っていた弱者だとわかる」
悲鳴が飛び交って騒然となった。
よしよし、いいよ。その調子。
この状況こそが、デモンズ教の否定になるんだから。
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