聖女、白湯で落ち着く
私みたいな旅の治癒師が頻繁に王様に会いにいくわけにはいかない。
この前の別れ際、空間魔術による転移で城の外から寝室に転移するという事で話を合わせた。
これのおかげで何のリスクもなく、王様と接触できる。
「デモンズ教か。密かに民の間で噂になっているとは聞いていた」
「そんなものに構っていられる状況じゃないですよね」
「わかってくれるか。問題は山積みだからな」
私の予想通り、デモンズ教は20年前から王都内で流行り出した。
人は災害の度に自分達の無力さを思い知る。
度重なる魔物の襲撃という災害は、皆をそんな気持ちにさせるには十分だった。
無力な人こそが仮の姿であり、魔物こそが本来の正しい姿だと考えている集団。
いつしか王都内で誰かがそんなデモンズ教の思想を説いて、密かに広まる。
戯言と笑う人達のほうが多いせいか、最初はいわゆる単なるカルト的な思想としか思われてなかった。
いや、今もそんな扱いらしい。現に王様は本気で相手にしていなかった。
「民の弱った心はいくらでもつけこまれる。デモンズ教もその類だろう」
「単なるカルト集団というわけでもなさそうです。あの男の腕は魔物のトロールそのものでした」
「……人を捨てたくなるほど、か」
真面目なアドルフ王は憂いを含んだ表情でやや俯く。
私からは何も言えない。
「ソアリスよ。そなたには影で動いてもらう」
「王国軍が表立って出来ない仕事をやればいいんですか?」
「話が早いな。その通りだ。そなたの話を聞いて一つ、思い当たる事があってな」
「それは?」
「20年前、そなたを陥れた者達の排除だ。奴らとデモンズ教、無関係とは思えん」
そうだとすれば、一石二鳥だ。
わかっていても、今の王国にそんなのを対処するだけの力がない。
どこが不正の温床になっているかわからない以上、正義が必ずしもまともに執行されるとは限らないからだ。
20年前の裁判だって様々な権力者を懐柔して証拠をでっちあげて、無理にでも通した。
つまり王国という体が健康になる為には、癌細胞を切除しなきゃいけない。
「もちろん確証などない。つまり連中は表向き、謎の死を遂げた事になる」
「いえ、そうではありません。失踪です」
「……頼もしい」
「このリスト化した情報によれば、まずはルイワード侯爵ですね」
ルイワード侯爵。前国王の弟で、大臣を退いてからも財産と人脈を使って糸を引いていたみたい。
各機関に口利きをしては金を流して、時には弱みを握って脅す。
表向きは好々爺といった感じで、私もまったく警戒してなかった。
皆を笑顔にしているというのに、内部の人を疑う余地なんてない。
信じていたとまでは言わないけど、あまりいい気分にはなれなかった。
「ルイワード侯爵がデモンズ教と関わりがある可能性は?」
「彼は元軍事大臣、現役の頃から王国軍の軍事力と権威に執着していてな。ひょっとすれば聖女ソアリス、そなたを疎ましく思っていたかもしれん」
「私の活躍のせいで王国軍の出番が減ったからだと?」
「何より見た目とは裏腹に、力に対する執着が異常だった。会議の度に軍の予算不足を叫んでいた姿は想像できまい」
「気が良さそうなおじいさんみたいなイメージがありました……」
こうして考えると、私は本当に人を見てなかったんだな。
皆を笑顔に、幸せに。そんな風に働けば皆が喜んでくれると思った。
実際にはリデアやデイビット、ルイワード侯爵みたいに快く思ってない人間もいる。
少しナーバスになっていたところを察したのか、アドルフ王が白湯を差し出してきた。
「本当はハーブティーを嗜みたいところだがな」
「ここまで切り詰めているんですね……」
「本当はあのベッドすら売り払ってしまいたいくらいだ。あまりみすぼらしい姿を見せてはいけない連中がいるのが歯がゆい」
「威厳だけでも示して、牽制しておくわけですか」
味もそっけもない白湯をアドルフ王はさもおいしそうに飲む。
これだって貴重な資源だ。水一つで生きられる命だってあるんだから。
私も見習って飲んだところ、身体の奥にとろんと温かさが落ちていく。
「案外いけるものだろう?」
「はい。こういうものこそが今の私達に必要なものかもしれません」
「これも自然の恵みだ。追いつめられているからこそ、得るものがある」
「当たり前に感謝、ですね」
アドルフ王が白湯を掲げて無言の肯定をする。
そういえば20年前もこんなやり取りをした。
会話のテンポがよくて、この白湯みたいに安心というものを思い出させてくれる。
平和な王国じゃ気づけなかったアドルフ王という人物の包容力だ。
「アドルフ王、今まで両親を守っていただきありがとうございました。私が二人に再会できたのも、あなたのおかげです」
「礼を言いたいのはこちらのほうだ。父上と母上を密かに治療してもらったのだからな」
「あのお二人もリデアとデイビットが張り巡らせた糸に絡めとられていたとは……」
前王には徹底して、でっちあげられた聖女ソアリスの蛮行が吹き込まれていたらしい。
特に前王がもっとも頼りにしていた家臣には、ルイワード侯爵の息がかかっていた。
後で冤罪と知った上に、家臣からの裏切り行為が重なってすっかり衰弱したみたい。
私が顔を見せると、顔をくしゃくしゃにして泣いて謝られた。
手をしっかりと握り、何度も何度も。
「これで少しは元気を出してもらえるといいのですが……」
「そなたの両親にもずっと負い目を感じていた。しかし実際にはあのリデアが率先して、自らの両親を追いつめたのだがな……」
「あの子は私だけでなく、両親を恨んでます。というより自分を認めないすべての存在に対して……」
「すべての責任をそなた達にかぶせたのだ。悪を断罪する聖女を演じるためにな」
世間的にリデアは私の不正をあばいた正義の味方だ。
表向きでは正義を気取り、裏では何としてでも私達と自分を切り離す。
実の両親を追い込む娘と罵る人もいたかもしれない。
でもそれ以上に賛同する人が多かったのかな。
いろいろな人がいて、いろいろな考えがある。
それが聖女派と反聖女派の対立の成り立ちだと思う。
「リデアとデイビットは今のところ悪さはしていないか?」
「きちんとやってますよ。いい子です」
「いかんのだろうが同情してしまうな……」
デイビットはアドルフ王にとって実の弟だし、ギリギリまで待ったんだと思う。
20年の間で成長の兆しを見せれば少しは変わっていただろうに。
リデアは私にとって実の妹だけど、それだけだ。
リデアが私達を切り捨てたように、私も見習って切り捨てようと思う。
王国復興のために、命の灯が消える瞬間まで頑張ってもらおう。
目的の為なら手段を選ばない。そう教えてくれたのはリデアだもの。
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