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聖女、裁きを下す

 リデアが住んでいる豪邸は昔の王都の風景と重ね合わせても、贅沢すぎる外観だった。

 別に私はそれ自体にどうこう言うつもりはない。

 自分の資産をどう使おうが自由だし、人助けだって強要しない。

 だけど今回は話が違う。リデアは私、つまり聖女の地位を欲した。


「お、お、お前……。治癒師ソアか?」

「おはようございます、デイビット様。こんなところにいらっしゃるとは、そちらの女性と仲がよろしいのですね」

「な、何をしに、き、来た!」

「そちらの女性と大切なお話をしに来ました。ですが、ご同席なさって構いません」


 握り拳のやり場がないといった感じだ。

 こんな人はどうでもよくて、用があるのはあっちのリデアだ。

 随分と綺麗に成長したな。もともと私よりも背が高かったけど、大人になって更にスラッとした。

 おばさんといってもいい年齢だけど、それを感じさせない美貌なのはさすがだ。

 デイビットとの関係はあえて推測しないでおいてあげよう。


「リデア! こいつだ! こいつこそがさっき話した……」


「い、いい、いや……この、魔力……いやぁ……ウソ、ウソ、ウソウソ……」


 デイビットはリデアに何を期待したのかな。

 リデアが涙目でかぶりを振り、まるで子どものように怯えている。

 歯の根が合わず、ブロンズの髪をかきむしっていた。


「どうかされましたか?」

「いやいやいや! こないでぇ!」

「逃げてはいけませんよ。あなたは聖女リデアなのですから」

「誰なの、何なの……。ありえない、ありえない、ありえない……」


 リデアも私と同じく、魔力の流れで相手の情報を数値として見る事ができる。

 つまりこの子はもう私が誰なのかわかってるはずだ。ただ認めたくないだけ。


「リデア! どうした!」

「デ、デイビット、様……。ダメ、ダメですわ……。無理です……」

「まさかお前でもあの女には勝てないのか?!」

「無理無理無理無理……しかも、この、魔力……まさか……」


 しゃがみ込んで、リデアと目線を合わせた。

 目を合わせようとしないで震えるばかりだ。


「久しぶりだね、リデア」

「いやぁ! やだぁぁ! どうしてぇ!」

「復活するのに20年もかかっちゃった。もっと顔を見せてあげようか?」


 フードを取って、聖女ソアリスと呼ばれていた時と変わらない姿を見せた。

 リデアは目を逸らしたままだけど、デイビットがふらついて腰を抜かす。


「ウソだ、なんで、バカな……」

「ソアリスお姉、さま……」


 絨毯に尻餅をついて愕然とする二人。

 逃げる気力もないみたい。


「はい。あなた達の陰謀により、一度は陥れられたソアリスです。おかげで奪われたのは私の20年だけではありません」

冥球(メトロ)が、なぜ、なぜだ……」

「空間魔術といえば、おわかりですね」


 空間掌握からの転移をやってみせたけど表情は変わらない。

 これ以上、リアクションしようがないといった感じかな。

 リデアの前でしゃがんで目線を合わせる。


「リデア、あなたはとんでもない事をしたね」

「ごめん、なさい……」

「謝ってすむ問題じゃないのはわかるよね?」

「はい! なんでもしますわ! しますからぁ! 命だけは!」

「あなたを殺して何になるの。むしろ生きてもらうよ」


 私の発言が意外だったのか、少し安心したようにも見える。

 だけどいっそ死んだほうがよかったと思えるかもしれない。

 これは私情だけじゃない。この人達はすべてを奪ったんだから。


「この20年間、私がいればどれだけ多くの命が救えたか。わかる?」

「はい、わかりますぅ……」

「つまりリデア。あなたはね、取り戻さなきゃいけないの。私以上の成果を見せて、多くの人を救いなさい」

「そ、そんなの、できませんわ……」


 リデアの首を空間切断する。

 血が噴き出して死ぬ寸前、回復魔術で戻す。


「あ、あ……あぁ……ひぃぃ……」

「あなたが不甲斐ないせいでね。今みたいな死の闇に落ちる感覚を大勢の人が味わったの」

「はい、はい……」


 すでに失禁して視線が定まらない。

 出来るだけ怒りを抑えるつもりだったけど、いざ対面すると感情の制御がうまくいかなかった。


「できないのではなくて、やるの。たとえあなたが超魔水(エリクサー)を飲んでも敵わない相手がいたとしてもね」

「んで……そ、れを……」

「見ればわかる。だってお姉様だよ? それからデイビット様」


「ひっ?!」


 ようやく腰を抜かしながらも入口へ向かうデイビット。

 逃げられるはずもなく、空間転移で私の前に来てもらった。


「わぁあぁっ! 頼む! 何でもする! 命だけはぁぁ!」

「あなた達は揃って同じことを言いますね。あなたも同じですよ。まずはすべての財産を民に還元していただきます」

「それなら……」

「あなたも命をかけていただきますよ」


 この言葉の意味がくみ取れないのか、デイビットもリデアも口を半開きにしたままだ。

 文字通り、命を燃やしてもらうだけ。つまり――


「一生、無休で激務をこなしていただきます。つまり奴隷と変わりません。この国にそんな制度はありませんけどね」

「ど、奴隷だなんていやぁ! お姉様! わたくし達、姉妹ですわよね!」

「いやだ、僕が、奴隷なんて、いやだいやだいやだ……」


 疲れたり傷ついたら私が治す。

 心がすり減ろうと折れようと関係ない。自死も許さない。

 これだけは使いたくなかったけど――


闇属性高位魔術(クラック)


 まずはリデアの魔術を制限させてもらう。

 相手の深層意識に展開されている魔術式を閲覧して、私の思い通りに上書きする魔術だ。

 回復魔術以外は使用不可、その他の魔術式の情報を削除した。

 デイビットのほうは下位魔術ばかりだけど、攻撃系はやっぱり削除。

 こっちは回復魔術も使えないみたい。

 とんでもない魔術だけど相手よりも精神的に優位に立って、尚且つ心を折らないといけないのが条件だ。

 更に私がよほどの格下と思った相手じゃないとダメ。

 こればかりはえげつない魔術だから本当に使いたくなかった。

 リデアだってお手軽に魔術を覚えたわけじゃないし、その努力を一瞬で無にするのはやっぱり心が痛む。


「あぁ……わたくし、なんだか変な感じですわ……なんなの、この、心に穴があいたような……」


 棒読みみたいな発音で、すでに心がないように聴こえた。

 更に仕上げとして、いや。これは本当に嫌だけど。


闇属性高位魔術(マリオネイト)

「いぎっ?!」

「ああぁぁッ! あ、頭がぁっ!」


 四つん這いになって苦しみ出す二人の頭から、淡い光の粒で構成された紐が私の元へ伸びる。

 今、この私と二人の精神が繋がった。といっても一方通行だけど。


「あなた達は私が用意したスケジュールをこなしていただきます。それ以外の行動は許しません」


 放心状態の二人だけど、私の言葉は届いている。

 意思もあるし声も出せるけど、まず人を傷つける言葉や行動を取れない。

 つまり私が意図した行動を取りながらも、自由はない状態だ。

 生きながらにして操られて、この二人は一生を終える。

 というわけで、スケジュール表を手渡した。


「これ……全部、仕事……寝てる時以外、ぜんぶ……」

「睡眠時間はしっかりと確保してますよ。寝不足は能率低下に繋がりますからね」

「休みは……」

「合間に一時間ずつ」

「ずっと……? 仕事だけ、なのか……?」


 私が頷いても、デイビットは微動だにしない。

 たぶん逃げようと頭を働かせたんだろうけど、身体が動かない。

 自分の身体じゃないような感覚を味わい、それでいて頭だけはハッキリしているという最悪の魔術だ。

 リデアとデイビットはこの先、死ぬまで働き続ける事になる。


「こんな状態だからね。二人には頑張ってもらうよ。あ、それと20年前の協力者についても話してもらうからね」


 両親はリデアを悪魔といったけど、この場合は私がそうかもしれない。

 でも、いいんだ。誰かを一人でも救えるなら、私は悪魔にでもなる。

 聖女なんて誰かが勝手にやったらいい。


「よかったね、リデア。この通りに動けば、理想の聖女に近づけるよ」

「いや、いやよ……一生だなんてぇぇ! 許してくださいませ! 反省しますのぉぉ!」

「言葉だけで許す段階はとっくに過ぎてるんだよ?」

「お姉様のことは尊敬していますの!」


 言葉だけでも、性根がよくわかる。

 保身ばかりで被害者への謝罪なんて一切ない。

 謝る相手は私じゃないんだよ、と教えたところでその通りに謝罪するだけだ。

 言葉だけ、形だけ。全部、聞くだけ無駄だ。

 この二人にとって、これからは死んだも同然だと思う。

 私の代わりを務めると言い切って封印までしたんだもの。

 清算すべきものはしてもらう。

 もっとも、命に対して清算できるかはわからない。

今回、一つ目のざまぁ的な展開が終わりました!

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― 新着の感想 ―
社畜になることが罰? なら俺たちは・・・うっ頭が!
[良い点] サクッと殺るのかと思ったけどなかなかえげつない復讐だw まさか聖女とまで呼ばれた奴が復讐対象を操り人形にするとは! いいぞもっとやれぇ!
2023/09/11 04:59 退会済み
管理
[良い点] まさに生きながらして永遠の・・・って感じですね。
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