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聖女、両親と再会する

 20年ぶりの屋敷は城と違って、変わり果てていた。

 広くて綺麗だった庭園は荒れ果てていて、雑草だらけ。

 屋敷も至る所が崩れかけていて、廃墟にしか見えない。

 とても人が住んでるようには見えないけど、すべてを察した。

 私が犯罪者となれば、その後の顛末も簡単に想像できるからだ。

 扉を開けると、年老いた老婆が迎えてくれる。この人は――


「……もういいでしょう。あの方々だってつらいのです。これ以上は」

「マルサさん。お久しぶりです。驚くかもしれませんがソアリスです」

「……はい?」


 嫌がらせの類かと勘違いしてたのかな。

 今までそんな事の繰り返しだったんだと思う。

 やつれて顔色が悪く、20年前の面影がほとんどない。

 この人が作るシチューは本当においしかった。

 ずっと仕えてくれたんだ。


「ソア、リス……」

「信じられないかもしれませんが」

「あ、ああ……」

「あの?」

「中、中へ……」


 あっさり招き入れられたと思ったら、肩をがっしりと掴まれる。

 頬に手を当てられて、崩れ落ちるように倒れた。


「えぇ、信じられませんとも……。あの時と、まったくお変わりなく……」


「どうかしたのか」


 その顔を見た瞬間、固まってしまった。

 背が丸くなって杖をつき、白髪一色の老人がいたからだ。

 いくらなんでも老け込みすぎていて、別人かと思いたくなる。

 でも印象的な顎のホクロだけは変わってない。


「旦那様、お嬢様が……。ソアリス様が……」

「ソアリス……」


 よろよろと歩いてきて、私を観察する。

 平手打ちも覚悟した。怒鳴られる覚悟もあった。


「お前……。怪我はないか」

「な、ないよ。それより信じてくれるの?」


 みるみるうちに目に涙が溜まっていく。

 杖を手放して倒れそうになったところを支えてあげた。

 あれだけ大きかったお父様が軽すぎる。


「実の娘の……帰りを……。誰よりも信じていたのは誰だと思ってる……。誰が疑う……」

「お、お父様……」

「お前の母さんだってそうだ……」

「お、お母様は?! まさか……」

「編み物をしている」

「よかった生きてて」


 久しぶりに歩く屋敷の中もなつかしさは感じないし、見て回る気になれない。

 特に私の部屋には行く気になれなかった。鍵がついてない部屋だもの。

 案内された両親の私室は思いの他、片付いていた。

 

「母さん、聞いて驚くな」

「なぁに?」


 後ろ姿だけどお母さんだ。

 編み物をして手を動かす様子だけが伺える。


「ソアリスが帰ってきた」


 ピタリと手を止めて、お母様が立ち上がって振り向く。

 どこか疲れきった表情だけど、私の顔を見てしばらく硬直した。


「……ただいま。封印は自力で破って帰ってきた。アドルフ王には話したよ」

「今度こそ夢じゃないのね?」

「今度こそ?」


 私の身体を両手で触って確かめて、頬に手を当てる。

 ふるふると手が震えて、お母様も倒れそうになった。


「危ないっ!」

「あぁ……夢、じゃない……。今度こそ、違う……」

「夢じゃないよ! 苦労かけてごめん!」

「ソアリス……!」


 お父様もお母様もずっと泣いた。

 20年前にも枯れ果てるほど流したであろう涙だ。

 三人で肩を抱き合い、マルサさんが泣き崩れていた。

 こんな時くらいは私も泣いていいよね。


                * * *


 落ち着いた後、話を聞かせてもらった。

 一時期は一族もろとも危うい状況になったけど、当時のアドルフ王子の計らいで命だけは助かった。

 だけど爵位を剥奪されて、多くの資産を没収された上に嫌がらせが酷くなる。

 屋敷周辺は荒らされて、貴族家との縁を切られるだけじゃない。

 使用人はマルサさんを残して辞めていった。

 その後も執拗な嫌がらせは続いて、二人は身を寄せ合って歯を食いしばった。


「今もこうして生きていられるのは、アドルフ王のおかげだよ。あの方が密かに支援してくださったのだ」

「反聖女派が攻めてきた時はダメかと思ったけどね。騎士団の方々が助けに来てくれたのよ」


 ラドリー騎士団長が声を張り上げて撃退してくれた。

 アドルフ王の命令で予め屋敷周辺を守ってくれたらしい。

 苦労をかけたなんてものじゃない。この20年で私は与えられすぎた。

 だって、大好きな二人を守ってくれたんだもの。


「……二人とも。リデアの事なんだけどさ」

「あの子は悪魔よ」


 あの優しいお母さんが見たこともない形相になる。

 悪戯を叱る時の母親とも違う。


「着実に地位を築き上げたあの子はこの屋敷からほとんど奪っていったわ。最初こそ疑いもしなかったし、かわいい我が子の為ならと喜んで差し出した」

「リデアに弄ばれた者達……特に男が多かった。どれだけの人間がこの屋敷に押し掛けたと思う。ゴミのように捨てられた男が恨み言を屋敷の前で叫ぶ。反聖女派などより、心に響いたよ」

「代々、築き上げた地位や信用をあの子は全部壊した。一度、屋敷に呼び出した時にはなんて言ったと思う?」


 聞きたくないけど、二人の想いだ。

 耳をしっかりと傾けるべきだし、私自身も怒りを抑えられない。


――勝手にわたくしを生んだからには、幸せにする義務があるのではなくって?


――お姉様の後にわたくしを生んだ二人が悪いのですわ


 お父様が握り拳を作りながら、リデアの言葉を伝える。

 何も言えなかった。

 そんな妹の本性に気づけずに聖女をやっていたんだから。

 私が黙っていると、お父様が我に返って取り繕う。


「ソ、ソアリス。お前は何も気にすることはない」

「お父様、お母様。ありがとう、私の中でリデアに対する答えがより明確になった」

「……そうか」


 お父様は何も聞かなかった。

 リデアは聖女としての務めを果たせなかっただけじゃない。

 人間すら務まらなかった。


「もう泣かないで。二人の娘はここにいるからね」

「ソアリス……」

「もう絶対にいなくならないから安心して」


 今はこんな言葉しか出てこない。

 まだ多くの国民を助けられないけど、せめて両親には温かいものを作ってやりたい。

 今夜は久しぶりに一緒に寝よう。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 料理を作る? 両親は慣れてるのかな
[良い点]  時間はかかったけど、晴れて再会。
[良い点] せってい [一言] 読み始めました。面白いよー。 直近でいうと断罪とかをどうしますかねぇ 加減を違えると舐めプになっちゃいますし、 残虐な刑罰を望むわけでもないですし。 さくっと浄化し…
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