聖女、国王と密会する
「ソアリスなのだろう?」
応接室でのアドルフ王の第一声だった。
人払いは済ませてあるらしく、この場には私達だけだ。
「……やはりお気づきでしたか」
「たとえ瞳と声色を隠したとしてもわかる。フードだけで足りぬのは当然よ」
謁見の間で見せた優しい表情とは違う。
まるで自室でくつろいでいるかのように安らいでいた。
聖女時代、この人には何かと気にかけてもらっている。
宮廷魔術師時代、つまり聖女と呼ばれていた頃は休みがあまり取れなかった時がたくさんあって。
そんな時はこっそり私を連れ出して、王都外れにある花園へと連れ出してリラックスさせてくれたり。
仕事があるからと言っても、自分のせいになるだけだと笑った。
「ただ今、戻りました……と言ってよいのでしょうか?」
「少なくとも私はよくぞ戻ったと迎える」
私の手を握って、少しの間だけ沈黙した。
目をつぶり、何かを堪えている。
「……すまない」
「いえ」
強い人だ。素直にそう思う。
私も感傷に浸りたいところだけど、アドルフ王を見習って切り替えた。
「少なくとも……。やっぱり王都内での私の立ち位置は?」
「何とも言えぬ。先ほども言った通り、聖女派と反聖女派の激突は王都内でも発生した。そなたが正体を明かさなかったのは英断だ」
「そう言っていただけると少しは心が軽くなります」
言葉だけでもそう伝えた。
察したのか、アドルフ王も安心して口元だけで笑って見せてくれる。
「そなたを陥れた貴族の者達の大半は脅されていた。おそらくリデアやデイビットが手を回したのだろう。現在ではほとんどが没落しているが未だ力を持っている者はいる」
「王都がこんな状態でも、ですか」
「どうも私のあずかり知らぬところで、何かを得ている気はする。しかし、そこまで手が回らんのだ……」
「問題は山積みですが、彼らをどうにかするのが先決でしょうか?」
「どうにかとは? いや、愚問だったな」
20年ぶりの二人きりの会話なのに、なつかしさを感じない。
会った時からそうだった。
あれから翌朝を迎えて今は昼下がりみたいな感覚だ。
こんな状況なのに不謹慎かもしれないけど、この落ち着きようは何だろう。
「ではまずは……」
「ご両親に顔を見せてやってほしい」
「あ……」
「気持ちはわかるが、君の両親だ」
実の親を疑うような事はなかったはず。
真っ先に会うべき人達だったはず。
私のせいでかなり苦労したはず。
アドルフ王の厳しさとも優しさともわからない言葉に納得した。
「……わかりました。さっそく、と行きたいところですが同じ家族として会わなければいけない人物がいます」
「リデアか。怒りはもっともだ」
「彼女は聖女に相応しい活躍をしましたか?」
「君が基準であればそうではないと答える他はない。魔物の襲撃が激しくなるにつれて、彼女では手に負えなくなってしまった」
「やはりそうですか」
私を陥れてまで聖女と呼ばれたかったのに、そんな有様なんだ。
あの子の魔力と才能じゃこうなるとは思ってた。
だから言ったのに。
宮廷魔術師として活躍するだけなら十分なのに。
私だって最初から聖女というものを目指していたわけじゃない。
結果としてそうなっただけだ。
過程を無視して、あの子は分不相応を求めた。
とはいえ、嫉妬の感情に気づかなかった私の責任もある。
私の迂闊さが招いた結果でもある。
「リデアは君に任せる」
「ありがとうございます」
アドルフ王も多くは語らない。
リデアが好き放題できてしまうような惨状だもの。
あの子でも、国防の要になっていた以上は強く言えない。
でもあの子は聖女を求めた。私の立ち位置を求めた。
それを踏まえた上での評価なんて考えるまでもない。
「彼女は今、どこに?」
「王都郊外の豪邸に住んでいる。すぐに案内するか?」
「すぐにでもそうしたいところですがアドルフ王の言う通り、まずはお父様とお母様に会いにいきます」
再びフードをかぶり、私は屋敷を目指す。
積もる話は後だ。そう言ったようにも思える。
別れ際、もう一度強く握手をすると少しだけ目元を緩ませた気がした。





