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聖女、我を忘れる

デイビット様と、フードから覗かせた私の目が合う。

 思わず身を引いたデイビット様を守るようにして、ロイヤルガードが私の前に立ちはだかった。


「お、お前、誰なんだ? どこかで会ったか?」

「いえ。私は治癒師ソア、4級の冒険者をやっています。この度はこちらの治療院にて働かせていただいております」

「ならば、お前が魔物の群れを撃退した一派か。4級でそんな真似ができるわけないだろう」

「すでにご存じなんですね」


 この人が知ってるなら、王様辺りにも届いている。

 ラドリーさんの話では、あのタウロス率いる魔物達は騎士団を苦戦させていた。

 そんなのを助っ人が参戦したくらいで撃退したとなれば、気になって出てくるのは当然か。

 いや、この人の場合はそれだけじゃない。


「ご存知なんですね、ではないだろ。王族への挨拶もなく、よくもぬけぬけと言えたものだ」

「それは申し訳ありません。しかし、こちらにはたくさんの患者さんがいらっしゃいます。どうかご容赦願います」

「僕達、王族よりも平民を優先したのか……。オイ、舐めてるのか?」


 聖女時代には許されていたけど、今は通じないか。

 ましてや、このデイビット様だ。

 今にも殴りかかってきそうだけど、そうしない。

 私がソアリスとまでは見抜けないものの、力量を本能で感じているのかな。


「許されると思ってるのか?」

「現王……アドルフ王ならば、許したでしょう」

「……なんだと? 今、なんて言った?」

「お引き取りください。ここは治療院です」

「生意気なッ!」


 デイビット様がついに殴りかかってきた。

 腐っても王族、それなりの実力がある。


「……ひょいっと」

「なにっ!」


 と思ったけど、遅すぎる。思わず腕を握って止めちゃった。

 おかしいな。私が知るデイビット王子はここまで弱くなかった。

 第一王子だったアドルフ様には敵わないものの、それなりの実力はあったはず。

 歳をとったせい? いや、違う。


名前 :デイビット

攻撃力:932

防御力:699

速さ :340

魔力 :2,748


「デイビット王子。最近、鍛錬は行っていますか?」

「は?! 何を知った風な質問をしてる! クソ! 離せ!」

「してませんね」


 こんな性格でも1級冒険者に迫る強さはあった。

 今は見る影もない。唯一、生まれつきの魔力だけが虚しく維持されていた。


「貴様!」


 ロイヤルガードが迷いなく武器を抜く。

 こっちはそれなりに速い。

 だけど、ダメ。全然ダメ。


名前 :ロイヤルガード

攻撃力:801

防御力:750

速さ :527

魔力 :5


「す、素手で剣を……!」


 剣の刃を掴むと、ロイヤルガードのおじさんが一気に青ざめた。

 いくら力を入れても無駄だ。

 魔力による強化があれば、こんなもの武器ですらない。


「よくそれでロイヤルガードに抜擢されましたね。何かいいものでも貰ったんですか?」

「いや、まぁ……」


 カマをかけてみたのに、ひどい反応をされた。

 なんで図星なのさ。

 ロイヤルガードともなれば最低でも1級冒険者を超える実力が条件だ。

 この人はせいぜい3級くらい。ラドリーさんに鍛え直してもらったほうがいい。


「もう一度だけ言います。ここは治療院です」

「わ、わかった! 帰るから離せ!」

「本当ですか?」

「本当だ!」


 離してやると、デイビット様が自分の腕をさすっている。

 かと思えばまた睨みつけてきて、腰の鞘から剣を抜いた。

 えぇー?


「きゃああぁ!」

「デ、デイビット様! おやめください!」

「どうか、お怒りを収めてください!」


「黙れよッ……!」


 剣を一振りして、患者さん達を散らせる。

 騒然とした治療院内はいよいよパニックだ。

 患者さんには心のケアも必要なのに。

 治療して元気になってもらう場所なのに。


「お前、もう容赦しないぞッ! この王弟である僕を舐めやがって!」

「今、患者さん達に攻撃しましたね」

「だから何だ! 平民風情が死のうと関係ない!」


 瞬発して顔面への打撃。


「ぶッ!」

「あなたは!」


 お腹に一撃。


「うぇッ!」

「本当に!」


 最後に両手を組んで頭に振り下ろす。


「がはッ!」

「どうしようもないですねッ!」


 すごく手加減したとはいえ、あんな貧弱な数値だ。

 何が起こったのかも、何をされたのかもわかってない。

 ただ激痛と恐怖だけがデイビット様、いやデイビットを襲っている。


「おえぇぇぇ……! う、うぇ……」


「……はっ?!」

 

 我に返った。

 私、デイビット様に暴行した?

 皆が引いてる! 怯えてる!

 まずい、ひとまず回復してあげないと!

 まずは笑顔!

 

「はーい、デイビット様。治療ですよ」

「ひっ! く、来るなぁ……」

「すぐ楽になりますからねー」

「うわぁ! やめてくれぇ!」


 治癒魔術をかけて、怪我は治っているはずだけど表情は変わらない。

 歯の根が合わないのか、カチカチと音を立てている。壁際まで下がって涙目だ。

 やっぱりやりすぎた。

 気がつけば周囲の人達が固まっているもの。


「皆さん、お騒がせしましたぁ……アハハ、ハ……」


 手を振ってフレンドリーにアピールするけど、応える人はいない。

 キキリちゃんですら口を両手で覆ってる。

 さて、どうフォローしたものか。 


「……あなたは」

「院長、申し訳ありません。ご迷惑をおかけしたお詫びは必ずします」

「いえ、やはりそっくりです」

「はい?」

「路上で悪さをしている者がいれば叩きのめし、皆が拍手した。あなたはあまりにあのお方に似すぎている。特にそのお顔……」


 暴れたせいでフードが取れていた。

 慌てて被るけど、院長が訝しがっている。

 20年前に封印されたソアリスがこんなところにいるはずがない。

 そう結論を出すべきだ。


「わ、私はソアです。あの人は封印されました」


 意地でもそう答えるしかなかった。

 だけど院長が涙声だ。勝手に勘違いしないでほしい。

 封印されたと言ってるのに。

 犯罪者の汚名を着せられたのに。

 どうして私なんかをソアリスだと思い込めるんだろう。


「お願いです……。聖女ソアリスだと、認めてください……。もし勘違いでも、そう言ってもらえなければ……身が持たないのです」


 絞り出すような院長の言葉に私は少しの間、何も言えなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  1R 00分19秒 勝者、ソア! 「「「わーわーわー!」」」 [一言]  試合開始のゴングを鳴らした直後に、試合終了の ゴングを鳴らす事に。
[一言] おや、この態度を見るに無礼討ちの類を是としてるのかな 公平さが無いと民衆のヘイトを溜めるだけなのに 江戸時代だって侍奉行所の詮議が入って不当とされれば切腹か御家断絶だったのに
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