聖女、王都で治療に励む
久しぶりに王都に戻ってきて愕然とした。
路上を行き交う人達、立ち並ぶ店、大道芸。
イメージしていたものが何もない。
修繕されていない建物、物乞いする人、毛布にくるまって寝ている人。
住むところもお金も食べ物もないと思える人達が多かった。
「こ、これは予想以上ですよぉ!」
「無駄口を叩く暇があったら治療に専念! はい、次の方!」
「うー……」
今は二人で王都内の治療院で臨時の仕事をしている。
患者の数が尋常じゃない。
単純な怪我だけじゃなく、20年前だと考えられない病気になっている人が多かった。
これだけでも王都内の凄惨さがよくわかる。
「まともに治療を受けられない人が多数で、薬も足りてない……。ひどすぎる」
キキリちゃんが派遣される予定だった治療院みたいで、この子に関してはすんなりと話が通った。
だけど私はそうでもない。
少しややこしいやり取りを乗り越える必要があった。
報酬を支払う余裕がないと突っぱねられて、それでもやらせて下さいと頭を下げる。
更には腕前を見せた上で無料でいいと申し出た。
悪い言い方をするとただ働きだけど、この惨状を見過ごせるわけない。
治療院内には治療待ちの人達で溢れかえっているんだもの。
「重病患者は私が受け持ちます。キキリちゃんはあちらをお願いします」
「私ばかり軽症の患者さんばかりで、なんだか悪いですよぉ」
「適材適所ですよ。そう考えましょう」
王都内の衛生状況悪化に伴う病への感染。
今、王都が抱えている深刻な問題の一つだ。
私の魔術なら完治させられるけど、王都の人達全員となると現実的じゃない。
おじいさんの治療を終えると、深々と頭を下げてきた。
「あぁ、助かったよ……信じられん。あんたは見ない顔だけど、どこの治癒師かね?」
「遠くの街から派遣されました。もう大丈夫ですよ、ご安心ください」
「そうだな、あんたの治癒魔術はとても暖かい……。なんだかなつかしさすら感じる……」
聖女ソアリスを知っている人だ。
だけどこの人はよくても、反感を持ってる人がいるかもしれない。
正体を明かさない理由はここにあった。
聖女ソアリスの帰還は良くも悪くも混乱をもたらしちゃうから、タイミングが難しい。
「キキリちゃんというのか。君も腕のいい治癒師だね」
「あ、ありがとうございますっ!」
「腕がいいから言うわけじゃないんだが……。なんだか、まるで聖女だよ」
「私がですかぁ?!」
患者さんがキキリちゃんをかなり評価している。
褒められ慣れてないのか、キキリちゃんの声のトーンがおかしい。
あたふたして治療ミスしないといいけど。
「ほら、さっきまでどんよりとしていた治療院内がどこか明るくなっただろ?」
「そう、ですねぇ」
確かにさっきまでは誰も言葉を発さなかったのに、今はお互い会話をしている。
そして気がつけば、あらかた治療を終えている事に気づいた。
「私が聖女、ですかぁ」
まんざらでもないキキリちゃんが頬に両手を当てている。
私とキキリちゃんがいれば、治療院の外まで長蛇の列が出来てもすぐに解消できるわけか。
私はともかく、あの子は予想以上だ。エルナちゃんといい、どうなってるんだろう?
一仕事を終えたところで、治療院の院長がお礼を言いにきた。
「お二人に来ていただけてよかったです」
「いえいえ、どういたしまして。でも、これで医療問題が解決したとは言い難いですね」
「そうなんですよ。他の治療院も苦労してるみたいで、助かる命が助からないなんてしょっちゅうです……」
「うーん、いくら私でもこれじゃドラゴンの炎に水をぶっかけてるようなものだなぁ」
「ところで、あなたはどこかでお会いしましたか?」
ドキリとした。この人、確かに会った事がある。
20年前は黒々とした頭髪のおじさんだったけど今は白髪がすっかり増えていた。
「いえ、気のせいですよ」
「ハッキリ言って、この国に何人といない腕をお持ちですよ。私が長年、治療できなかった方々の持病すら治してしまいましたね」
「えぇ、まぁ」
「私の目から見ても、あの聖女ソアリスと遜色ない腕です。私よりも遥かに年下でしたが、今でもあの方は尊敬してます……。それだけに、本当に……」
本人ですから、とは言えるはずもなく。
少しだけ目に涙を浮かべた院長を見ていると、こっちもつらくなる。
「……差し支えなければ、フードを取ってお顔をよく見せていただけませんか」
「何故でしょう?」
「いえ、何でもありません。どうかしてました、すみません」
院長が俯いて黙ってしまった。
フードを取るべきかな。私がソアリスですと名乗るべきかな。
「あの、私」
「フン、相変わらず汚いところだな」
治療院のドアを乱暴に開けて入ってきたのは忘れもしない、あの人だ。
ロイヤルガード、王族の専属護衛を引き連れている。
院長が電光石火のごとく、対応に当たった。
「これはこれはデイビット様、今日はどのようなご用でしょう?」
「ここに派遣された治癒師がいるだろう。そいつらを出せ」
「はい。しかし、一体どのような」
「グダグダとうるさいなぁ!」
院長が殴り飛ばされた。口から血を流して呻いたところで、私が支える。
すぐに手が出る粗暴な性格もまったく変わってない。
「ぐぅぅ……」
「言われたことを速やかにやればいい。平民風情が僕を勘ぐるなよ」
元第二王子デイビット。私にプロポーズする際の第一声が僕の女になれ、だ。
院長の頬に手を当てて回復しながら、私は顔を上げずにその憎たらしい顔を想像した。
「なんだ、そいつは? お前がその治癒師か? 誰が回復しろといった?」
「相変わらずですね……」
「なに? お前、誰だ?」
何人もの侍女に暴力を振るっては泣かせて、やめさせて。
ことあるごとに平民風情がと罵る。
王族の血筋を絶対視していて、あの人にとっては平民なんて人間ですらない。
街を歩く子どもを邪魔だと蹴り飛ばした話も有名だ。
「ソアさん! あの人、王族ですよね? まずいですよぉ」
「構いませんよ」
「何をコソコソと相談している」
キキリちゃんが縮み上がって私の後ろに隠れる。
私は立ち上がって、デイビット様と向き合った。
「お前、僕を知ってるのか? 答えろ」
「えぇ、よく知ってますよ」
フードで良く見えないであろう私の表情を、デイビット様が覗き込もうとしていた。
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