デイビット、うろたえる
「アドルフ王、怪我の具合いはいかがでしょう?」
「デイビットか……。しばらくは戦えんな」
王室のベッドでアドルフ王こと兄は今も治療を受けていた。
治癒魔術をかけ続けているのは宮廷魔術師だが、治療があまり進んでいない。
ちんたらと要領の悪い奴だ。
そいつを睨みつけると怯えた表情で軽く会釈をした。
「まだ治らないのかい?」
「い、一時期は骨が内臓に深々と刺さっていて危ない状況でしたがもう……」
「相手はアドルフ王だぞ。とっとと完治させなければどうなるか、わかっているよね?」
「ハッ! 全力を尽くします!」
先日の襲撃でだいぶ痛めつけられたようだ。
敵はタウロスとかいうミノタウロスに酷似した魔物らしいが、そんなものに苦戦をされては困る。
ソアリスが封印されてから20年、ようやく安息の時が訪れると思った。
王位だって面倒事がなければ最高の地位だ。
それがこんなにも魔物が大量発生するとは、つくづく運がない。
「よせ、デイビット。この者に落ち度はない」
「しばらくは戦えないのですか」
「あぁ、なんとも情けない有様よ。今も騎士団が戦っているというのに……」
「今回も持ちこたえますよ」
そうは言っても、戦況はまるで把握していない。
あの老いぼれ騎士がそこまで粘るとも思えないし、王都にまで侵入されたら私も危うくなる。
無能な宮廷魔術師はリデアがほとんど辞めさせたが、ここにきて仇となったか。
そうだ、こうなったらリデアに戦ってもらうしかない。
「アドルフ王、リデアに出てもらいます。もう魔力も回復したはずです」
「ずいぶんと時間がかかったな……」
「連日、活動してましたからね」
「先日の炎の魔人戦以降、ずっと休んでいたようだが?」
「それだけ手強い相手だったのですよ」
「フ……」
その笑いが僕の背筋を凍らせた。
なんだ、その笑いは。
「お前の部屋から毎晩、嬌声が聴こえるという噂があってな。確かにそれでは休めんと思っていた」
「なっ! だ、誰がそんな話を!」
「取り繕わなくてもいい。もうどうにもならん」
「どういう意味です!」
「この国は近い将来、滅亡する。見ての通り、私の体も限界だ。そんな中、お前はリデアと戯れているのだろう」
「ぼ、僕が王をやる!」
兄上がまた力なく笑った。
ふざけるな。どうしてそうやって僕を評価しない。
「お前では務まらん」
「またそうやって見下すのか! 仕方ないだろ! 僕は兄上のように剣術や魔術に長けていない! すべて兄上より劣っているのだから!」
「そんなものは王としての絶対条件ではない。お前には大切なものがないのだ。民を思いやる心がな」
「あ、兄上にはあるというのかい!」
「いや、足りてなかった。だからこそ、この状況だ」
民を思いやる心だと?
そんな綺麗ごとが何の役に立つ。
王たる者、頂点として君臨していればよいのだ。
汚れ仕事など、下々の者達がやる。
王はどっしりと構えていればいい。それこそが務めなのだ。
「ソアリスがいれば、また違っていたかもしれんな」
その下らない聖女信仰もだ。
王族を差し置いて出しゃばって目立つ。甘やかす。
「あなたもあの王国裁判を黙って見届けたでしょう!」
「当時、王位についてなかった私に止める術はない。父……前王を含めて、気がつけば裏に張り巡らせられていた糸に絡めとられていた」
「そうでしょう。あなたも同罪ですよ、兄上」
「ところでお前はあの冥球がどこにあるのか把握しているか?」
「そんなもの知るわけ……」
雷に打たれたような感覚だった。
あれの行方など僕も把握していない。
封印さえ成功すれば、あとはどうとでもなるとリデアも言っていた。
そうだ、リデアならば何か知っているはずだ。
「リデアも知らんぞ」
「う……! あ、兄上、何が言いたいのですか!」
なぜ見透かされた?
この心臓の高鳴りはなんだ?
「あのまま糸を操っている者の手に渡ってしまえば、永遠に闇に葬られるところだった。だから私は事前に手を打ったのだ。糸が及んでいない者にすべてを託した」
「まさか……」
「あれからリデアにも探りを入れてみたが、何も知らなかったようだ。つまり、あの者は役目を果たした事になる。封印が成功して肩の荷が下りた気分だったようだが、詰めは甘かったようだな」
「そ、そいつは何なのだ! どこにいる!」
つまりあの冥球はどこかに隠されてしまったのだ。
しかし落ち着け、デイビット。そうされたとして、何がどうなる?
あの神話級魔導具はすべての魔術を駆使しても破壊不可だ。
封印をどうにかできないならば、どこにあろうと同じこと。
兄上は私を揺さぶって楽しんでいるだけだ。この期に及んで下らぬことを。
「私とて何もできなかったわけではないと知ってほしくてな。なぁ、デイビット?」
「兄上はこの僕があの件に噛んでいたとでも?! あのソアリスの魔力、魔術は異常です! 超魔水を使用していたのは明らかでしょう!」
「いや、あれはただの怪物だ。だからこそ、この国に生まれて……いや。邪な野心を抱かずにいてもらえて感謝している」
「怪物だと……」
「私もお前も、あの娘を何一つ測れておらんということだ」
「これ以上は付き合いきれん! 魔物の群れなどリデアがどうとでもする!」
「あれも最近、顔色が優れんようだがな」
つくづく癪に障る男だ!
国を守れなかった無能なのは兄上も同じだというのに!
こうなったらリデアを無理にでも、と決心したところで勢いよく騎士が駆け込んできた。
騒々しい、ここをどこだと思っている。
「報告します! タウロス率いる魔物の群れの撃退が完了しました!」
「なんだって……?」
あのジジイがやったというのか?
それとも各地から招集した者達のおかげか?
兄上は一般の民を巻き込むなといっていたが、そうしなかった。
各地の状況を把握した上で行うように、だと。下らん。
民でも猫の手でも借りねば、この状況は打破できんと思っていたからだ。
「そうか……。ご苦労だった。被害状況はどのようになっている」
「それが……ほぼゼロ、です」
「なに?」
「1級冒険者パーティの加勢により、死者は数える程度で負傷者は全員完治したとの事です」
「1級とはいえ、冒険者パーティだけで? おそらくたった数人だろう?」
「あとは治癒師が二人です」
この騎士は自分で何を報告しているかわかっているのか?
それとも虚偽報告を行っているのか?
そうだ、騎士団はとっくに壊滅しているに違いない。となればこの王都もすぐに――
「まずはその者達を労いたい」
「は、はい。しかし治癒師達は現在、王都で医療活動を行っています……」
「この私への挨拶を差し置いて、か」
「あ! 申し訳ありません! すぐに」
「いや、いい」
何が起こっている?
なぜ兄上はこんなにも落ち着いていられる?
すぐに呼びつけるべきだ。相手は王族だぞ。
「落ち着いたら来るようにと伝えてほしい」
「かしこまりました!」
僕がうろたえる中、兄上はどこか安堵しているようにも見える。
ええい、もはや兄上では頼りにならん。
僕が直接、この目で確かめてやる。
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