聖女、希望の光を放つ
カドイナの街中で不安げに上空を見上げる人々。
揺らめく人影の影響を完全にシャットアウト出来ているのは空間魔術のおかげだ。
街と上空の空間を切り離して隔離する事で、どんな干渉も受けない。
上空で暴風が吹き荒れたとしても、この街だけはノーダメージ。ただし、この規模の空間隔離を維持し続けるのは厳しい。だけど、それでも私には確認しないといけない事があった。それは街を防衛している皆だけじゃなく、街の人々の様子だ。
「あれ、何だよ……」
「あの揺れているのは?」
「おぉ、この世の終わりじゃ……この国は終わりじゃ……。聖女ソアリス様、どうか我らをお守り下され……」
身を寄せ合っている人達の他、両手を合わせて聖女ソアリスに祈りを捧げるおじいさん。
空に向かって石を投げて反抗の姿勢を見せている人もいるにはいた。大半は――
「騎士隊の負傷者が多いらしい……」
「防衛の維持も限界なんだろ? それなのになんで街から出してくれないんだよ」
「あいつら、街を守りきれるのか? おい! そこのあんちゃんよ!」
一般の人が警備隊の隊員を捕まえて絡み始める。責任や防衛の有無に対して、警備隊の隊員は力なく問題ないと答えるしかなかった。
そんな様子だから、言葉にも説得力がない。絡んだほうが怒り出して、取っ組み合いの喧嘩に発展した。
「はい、そこまでです」
「うげっ!」
「おごっ……」
突然、割って入ったものだから二人が私にぶつかった。
「隊員さん、お疲れのようですから休んで下さい」
「……そうさせてもらう」
何一つ言い返す事なく、隊員が宿舎のほうへと消えていく。
やっぱり皆、限界だ。戦力以前に心が折れかけている。
これじゃいくら私が敵を全滅させても何も変わらない。その場を取り繕うだけだ。
もう一度、同じような危機が訪れたら何も出来ない。だって心が死んでるんだもん。とはいえ、それが悪いと言いたいわけでもない。
皆を守りつつ、あの上空にいる魔術師をあえて放置している理由があった。
あんなもの、いつでもどうにでもなる。勝手に蝋燭でも立てて揺らめいていればいい。
「ソ、ソアさん。ここにいたんですか」
「エルナちゃん、どうしましたか?」
「街の人達が押し寄せてきて……外へ逃げるからって、すごい騒ぎになってます」
「わかりました」
カドイナの街の惨状はエルナちゃんとしても見過ごせない。
今回の防衛にどうしても参加したいという意思を尊重したけど、やっぱり堪えているのがわかる。
唇は震えて、涙目になりつつあるのが見てとれた。
そして街の入口には家財道具をまとめた人達が押し寄せている。
「いいから出せ!」
「外は危険だ! いつ敵が襲ってくるかわからん!」
「ここのほうが危険だろ!」
「戦局は悪くない! 頼むから落ち着いてくれ!」
住民の押し寄せる圧力が強すぎて、入口をガードしている警備隊が後ろ倒しになりつつあった。
大きく息を吸い込んで――
「お待ちなさぁーーい!」
魔力で身体能力を強化できるように、大声だって例外じゃない。住民達がピタリと止まって一人、二人と振り向いた。
「不安なのはわかります。誰だって死にたくありません。生きたいです。ですから、ここで少しだけ待って下さい。ね?」
それだけ告げると、監視塔へとジャンプした。着地すると見張りをしていた騎士を驚かせる。
無言で頭だけ下げると、私は街のほうへと向き直った。今から街中に私の声を届ける。
「皆さん。カドイナのみならず、この国は未曽有の危機を迎えております。隣国グランシアによる侵攻、魔族や魔物の大量発生……。このままでは滅亡は免れません」
「おい、ソアさん。何を」
「ちょっと黙ってて下さい」
騎士の人のせいで雑音が入った。気を取り直して、言葉を続けよう。
「挫けそうになるのも仕方ありません。しかし見渡して下さい。ここはあなた達の街であり、大切な人がいる方も多いでしょう。それなのに訳の分からない人達に意味不明に壊されていいのでしょうか? 許せますか? 怒りが湧いてくるはずです。拳を握りしめて下さい。その感情を絶対に忘れないで下さい」
心なしか、街中が静まったように思えた。誰もが聞き入ってると思い込みたい。
「いいですか、皆さんには心があります。怒りを感じているうちは生きている証拠です。皆さん、ご自身が小さな存在だと思っているかもしれませんが、出来る事はあります。生きて下さい」
監視塔の下にいる人達が囁き合っている。下を見ると警備隊、騎士隊の中には握り拳を作っている人達もいた。
「あなた達が生きていれば、敵は疎ましがります。そんなあなた達の前には防衛に努めている方々がいます。彼らの背中を見て下さい。今の今まで、敵国の猛攻を凌いでいるんです。ですからもっと信じてあげて下さい。その背中を見て、より生きようと奮起して下さい」
下で押し合っていた警備隊、騎士隊と住民達が完全に沈黙した。
その傷ついた体とたくましい体、武器、鎧。すべてを見てほしい。
「その人達は決して弱くありません。自分の意思で街を守ろうと立ち上がった人達です。皆さんも生きている限り、立ち上がっているんです。その上で……」
より注目を集める為に、光属性の魔術を放つ。蝋燭や揺らめく影もろとも、上空を照らした。皆、見てほしい。もちろん蝋燭の魔術師もね。
「私が皆さんの先頭に立ちましょう。どうか背中を見ていて下さい。ついてきて下さい」
光のラインを放ちながら、私は建物の屋根から屋根へと高速で移動する。
嫌でも目を奪われる動きを見せつけた上で、街の中で一番高い建物の上に立つ。見上げて、上空の魔術師に中指を立てた。
「今から私が皆さんの希望となりましょう。というわけでそこの魔術師、かかってきなさい」
揺らめいていた人影が数を増した。向こうも完全にやる気になったみたい。途端、下からかすかに感嘆の声が聴こえた。
それはさっきまでの絶望的なムードを連想させないような生気を感じた。
亜空の聖女の書籍化が決まりました。
現時点では出版社などの詳細はお話できませんが、ひとまず書籍化するという事実のみお伝えします。
これも応援していただいた皆様のおかげです! ありがとうございます!





