恋ぞつもりて
「一般貴族はわざわざ王族に会いに〝プライベート空間〟になんて行かないわ」
「フォルカルキエ侯爵は陛下のお気に入りなんだよ」
「いやいや。きっと〝息子〟会いたさよ」
お城の奥にある『王家のプライベート空間』に向かって急ぐ私とトロワとお父様。
今日は正月。ニューイヤー。
どんなに雪が降ってようと嵐だろうと、貴族は国王様に新年のご挨拶をしに登城しなければなりません。
普通の貴族なら、謁見の間で儀礼的に挨拶して終わりなんだけど、なぜか今年は「奥へどうぞ」って案内されてしまいました。雪で道路が閉鎖されたら困るんで早く帰りたいんだけどなぁ。
そりゃトロワの正体はこの国の王子様だけど、表向きは〝侯爵令嬢のお婿さん〟で〝元は一般市民〟なんですよ? この国の王子様は、どこか遠い異国のお姫様に一目惚れして婿入りしたんです。設定を無視した特別扱いは困ります。
「しかし去年の正月には、今の自分を想像できなかったなぁ」
「今の自分?」
「そう、またリヨンと一緒にいられる」
そう言ってお城の庭に降り積もる雪を感慨深げに眺めるトロワ。
「お〜い、トロワ〜?」
「君がため 春の野に出て 若菜摘む」
「なんで百人一首でた」
「いや。なんとなく、雪を見てたら思い出した」
「あ〜、雪だから? でもわたし的には若菜いらないから薬草を摘んできてほしいな〜」
「実用的! もっとこう、ロマンチックになってほしいんですけど」
「こうもドカ雪だと帰り困るからロマンチックになれないわ」
「まったく……」
そう言って笑うトロワ。
「そうだなぁ。生まれ変わってからは、つくばねの みねよりおつる みなのがは……って感じかなぁ」
「まだ続くんだ百人一首……そしてそんなに積もらせないで」
淵になるくらい積もった恋心とか、怖すぎるんだけど。
「リヨンは何か浮かんだ?」
「そうねぇ……直感的には、世に逢坂の 関は許さじ?」
「そんなぁ。リヨン、つれない」
あくまでもパッと浮かんだものだけど。
以前の〝無表情・冷血〟王子様のイメージだとそうだったってだけで、今は違うわよ。
「今は……パッと思い浮かばないわ。誰かさんと違って、そんなに頭良くないし」
誰かさんはハイスペックエリートだったけど、私の前世はごくフツーのOLだったたし。
……とまあ、ちょっと〝前世ネタ〟で盛り上がっていたら。
「あの〜、お二人さん?」
私たちの前を歩いていたお父様が振り返りました。
「なあに、お父様」
「盛り上がってるところ悪いんだけど、私にもわかる話題をしてほしいなぁ」
「「あ、ごめんなさい」」
ごめんねお父様! 今からは〝今世ネタ〟に切り替えます!
君がため 春の野に出て 若菜摘む 我が衣手に 雪は降りつつ 光孝天皇
夜を込めて 鳥の空音は はかるとも 世に逢坂の 関はゆるさじ 清少納言




