人知れずこそ
トロワと結婚して、次期侯爵夫人となった今でも、市場の薬屋さんでお化粧の仕事は続けてます。
企画から制作・販売まで一環してリヨンちゃん印!(一部おばあちゃんの魔法あり)
忙しいけどとっても充実しています。
「リヨンちゃんは午後からしかお店開かないのね」
「ええ。午前中はトロワが不在だから、仕事は午後からにしてねって言われてるの」
トロワが午前中はお城で仕事をしているので(表向きはお父様の補佐官)、私もそれに合わせて、お化粧品は午後からの販売です。
どこかで私のことを嗅ぎつけた輩が襲ってくることがあるかもしれないからって言われてるけど、この国そんなに荒れてたっけ? そして色々表には出してない事実——私が侯爵令嬢で、トロワが王子で——がバレることあんの? と、呑気に構えていますが。 バレるとしたら限られた人たちからなので、あっという間に特定され口封じされると思うんだけどなぁ。主にトロワの執念で。
でもそんなの完全にこっちの事情だから、表立って言えないわけで。
「「「きゃ〜! 愛されてるぅ!!」」」
しかし、そんな事情を知らない女の子たち……アルルちゃん他、常連のお友達は悶えまくってます。いや待って。そんな束縛男、普通嫌でしょ。
まあうちの場合は若干特殊なので、束縛……ではない……と思いたい。
「思えばトロワって、最初っからリヨンちゃん好き好きだったよね〜」
「え? そう?」
なんか天然の、鈍感そうな人だったように思うけど。
「一見モサイ見た目だけど、仕草とか言動とか、結構洗練されててスマートなのが不思議なんだけど」
「それね、わかるわ。さらっと人のいいところ褒めたりね」
女の子たちが頷く横で、私も密かに首を縦にふる。私もわかる。何度かそれで嫉妬したことあったもの。
「ただのフェミニストかな〜って思ってたけど、そうじゃないのよ」
「リヨンちゃんだけは特別扱いだったわ」
「そんなことないでしょ」
「そんなことあるよ。そもそもリヨンちゃんの隣にはいつもいたし」
「荷物を持ってくれてただけよ。それに、トロワだけじゃないわ」
他にも荷物運びしてくれてた人いるよ? ヴージエにスダン、ジヴェだって、いつも荷物運び手伝ってくれていたわ。
「いやいや、トロワが市場に姿を見せるようになってからは、トロワの独擅場だったわ」
よく見てるね……と感心してしまいそう。
「まあ……それはそうかも? でもほら、他の人は店番とか忙しかったし」
「違う。違うよリヨンちゃん。私見たもんね。トロワがスダンたちに笑顔で挨拶していくのを」
「私も見た見た!」
「え? ただの挨拶でしょ?」
「いいや、違うのよ、それが」
「違う?」
「そう、あれは『威嚇』ね。『牽制』ともいう」
「「「そう、それ!!」」」
「え〜?」
アルルちゃんたちは確信顔ですけど、トロワ、そんなことしてたっけなぁ? にこやかに挨拶はしてたと思うけど……。
私が不思議そうな顔していたら、
「トロワはリヨンちゃんの見えないところでやってたから、リヨンちゃんが知らないのも無理はないわ」
アルルちゃんが言いました。ん? どういうこと? 牽制なんて必要ないでしょ。
「まあ、リヨンちゃん狙いがバレバレなのはトロワだけじゃなかったけどね」
「スダンとか」
「ジグェとか」
「ヴージエだったり」
「ええ……? ただの優しいお兄さんたちだとばかり……」
「「「鈍いっ!!」」」
スダンたちが私狙いって? 確かに優しくしてもらってたけど、全くそんな感じしなかったから……わからなかったわ。
トロワのこと鈍いって思ってたけど、本当に鈍いのは私だったのか!!
「そうなんだよね〜。うちの奥さん、本当鈍いんだよ〜」
私が衝撃の事実に打ちひしがれていると、朗らかなトロワの声が聞こえてきました。
「あら、トロワ。酒屋の仕事は終わったの?」
アルルちゃんが聞きました。
「うん、ちょっと休憩」
「休憩中も奥さんの様子見にくるのね〜。あ〜ら、お熱いこと」
「いやぁ。ははは。しかし参ったなぁ、僕の気持ちがみんなにバレバレだったなんて」
「何言ってるの。隠そうともしてなかったくせに!」
「え〜? 人知れずこそ……だったのに?」
「「「嘘つけ〜!」」」
キャッキャと盛り上がってるアルルちゃんたちとトロワ。
気付いてなかったのは私だけ……という事実に疎外感、感じてます……。
恋すてふ 我が名はまだき たちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか 壬生忠見




