さしも草
名前も知らないような田舎に、お母様と妹のニームと私は、三人仲良く流されてきた。
理由は簡単。王子シャルトル様の不興を買ったこと。ぶっちゃけ言えば、シャルトル王子の最愛、リヨンをいじめ倒していたことがバレたから。
都で住んでいた立派なお屋敷を追われ、今や着の身着のまま。
「住む家はあるの?」
「王家の所有している家がある。そこに住んでもらう」
「やったぁ! 王家の所有ってことはきっと良い家よ!」
「あんまり期待するな。幽霊が出るって評判で誰も住まないから、仕方なく維持してるだけだ」
「「「…………」」」
私たちの監視役のお役人が言うには、そこは歴史ある建物だけど、何代か前の当主の幽霊が出るとか噂が立って、誰も住まなくなったから仕方なくこの地方の役人が維持しているとかなんとか。
幽霊屋敷かい! なんてこと。
「お前たちにはそこをしっかり手入れしてもらう。それが仕事だ」
そして私たちはそこの『管理人』になるらしい。
「なにその辛い仕事」
「いやよ! そんなとこに住むのは!!」
「じゃあ野宿するか? それとも馬小屋で寝起きするのか?」
「「「それはもっと嫌」」」
幽霊屋敷<<<<馬小屋寝起きで、スコーーーンと天秤が傾いた。
ということで私たちはその家に住むことになった。
幸い私たちには霊を感じる能力というのが皆無だったようで、今までそれっぽいことが起こったことがない。起きても気付いていないだけかもしれないけど。
そして、こちらに来てからというもの、他者からの支援は一切ない。お役人からも『自給自足でやれ』と言われている。
私は「農作業してきなさい! ちょっとは痩せるでしょう」と、お母様から農家の手伝いを言い渡された。いや、動きたくないから太ってるんだけど……。
ニームは手芸ができたので、村で注文をもらってきては何かを縫ったり刺繍したりしている。
あ〜あ。私もニームみたいにチマチマしたことが得意だったらよかったのに。そしたら肉体労働回避できたはず。
まあ、いまさら嘆いても後の祭りだけど。
そして私たちが働いている間、お母様はこの家の維持管理に奔走している。毎日役人が来ては『きちんと管理が行き届いているか』チェックしていくのだ。
もちろんそれは毎日王子様のところに報告がいくらしく、サボっているとわかれば、これ以上厳しい環境に移動させるということもあるらしい。
だからか、あの怠惰なお母様が、やればできるんだ……と感心するくらいに毎日ピッカピカに家を磨いている。
私は毎日朝から日が暮れるまで近所の農家を手伝ってあれこれと動き回っている。最初はなにもできなくて呆れられてばかりだったけど、ようやく最近は使い物になってきたようで、一つの畑を任されるようになった。
そんな生活が半年も続けばすっかり毒気も抜かれ、ただのイチ農民に馴染んでしまってる自分がいる。
「へっぴり腰だな〜」
「うるさいわね。都会育ちだから仕方ないの!」
同い年の農家の息子にからかわれながらも、私なりに一生懸命働いていると。
「ん、親父から。お裾分けだ」
たまに彼がそう言って野菜を届けてくれたりする。自給自足の我が家には超ありがたい。
「ありがと。助かる」
「じゃ」
そう言ってそっけなく踵を返す彼。
そんな彼の、少し照れた背中を見送る。
まさかこんな素朴すぎる人を好きになるとは思わなかった。
都にいるときは『金持ちで』『美形で』『地位のある』人を探してばかりで、内面にまで目を向けてこなかった。内面に目を向けてたら王子様なんて……ブルブルブルブル。考えただけでも恐ろしい。
でも彼は、見た目は普通だけど、とても優しい。私がヘナチョコながら作業していたら、からかいながらも手伝ってくれるし、気遣ってくれる。
「お前は女なんだから、力仕事は……ごめん、俺より得意そうだな」
「どういう意味よ! 私ももれなくか弱いわよ!!」
「はははっ! 悪かった悪かった」
他愛のない会話も楽しかったりする。
「さしもしらじな……こんな風に思うようになるとは考えられなかったなぁ」
帰っていく彼の後姿を見送っていると、
「餌付けされてんじゃないわよ」
お母様が聞こえるように言ってきた。
餌付けじゃないわよ! ちゃんと内面見てるもん!!
かくとだに えやは伊吹の さしもぐさ さしもしらじな もゆるおもひを 藤原実方朝臣




