幸せな夢
本編26〜28話目辺りのトロワくん視点です。
「いいか、見た目は質素だが、乗り心地は最高にしてくれ」
「はい」
僕は馬車置き場へ直々に出向き、馬車の調整を指示している。
見た目はリアカーに毛が生えたくらいの素朴さだが、サスペンションを効かせて振動や衝撃はなるべく抑えるようにする。
それもこれもリヨンのため。
本当なら王室が普段使ってる馬車を使いたいところだけど、さすがにそれだと身バレは必至。ならば馬車ごと作ってしまえばいいことだ、と考え、馬車置き場に出向いたというわけだ。
「気合の入れようが違いますね」
「当たり前だろ。リヨンとのデートだからな」
「それは違うと思いますが」
「リヨンが快適なようにしないと。御者台に並んで座るのもいいな。でもリヨンのことだから荷台がいいって言うかもしれない。ああ、そうだ! フワモコクッションを用意しておこう。あれがあればさらに快適さが増すだろう」
「あ〜、僕の話は全然聞いてないですね」
「ショーレ! アミアンに、快適なクッションを用意するよう言ってくれ」
「はいはい」
こうしてぱっと見はなんの変哲もない『質素な配達用の馬車』だが、実は快適にカスタマイズされた『特注の馬車』が用意された。
あとはリヨンと薬草摘みに行くだけ。
そして薬草摘み当日。リヨンを乗せて慌ただしく出発した。
案の定リヨンは御者台を拒んで荷台の、しかも荷物の間に座っている。
この荷物だって、ちゃんとリヨンが座りやすいように計算済み。もたれ掛かっても大丈夫な木箱をいい感じに配置して〝ここに座ってください〟と言わんばかりのスペースを作っておけば、自然とそこに収まるってわけ。アミアンが嬉々として用意したクッションもなかなか好評みたいだし。鼻歌なんかも聞こえてくるから知らないふりをして聞いてみたり。
「なんの歌?」
「子牛を売りに行く歌〜」
「はあ?」
知ってるけど。リヨンは子牛か? んなわけない。
リヨンは子牛でもなけりゃ、僕は売ったりもしない。……いや、リヨンが売られてたらすぐさま買うけどな!
素朴なようで、実は乗り心地を追求した馬車は、目的地を目指して進んだ。
地図に示された場所は、一見ただの野原だった。花も、あちらこちらと咲いている。言われなかったらこれが薬草の群生地だとはわからない。現に僕だって、どれが薬草でどれが雑草なのかちっとも区別がつかないし。
リヨンはばあちゃんから渡されたノートを見ながら、
「これ、薬草。これ、雑草」
テキパキと僕にも教え、自分でも採取していく。
二人でいろんな薬草を摘んでいった。
途中、身を乗り出して崖下にある薬草を採ろうとしたのには心臓止まるかと思った。ほんとこの子は無茶をする。
ここまではほぼ順調に予定をこなせたので、あと少し、香り付けの花を摘んだらおしまいというところで事件は起こった。
「最後に香り付けの花を摘んで終わり。え……と、確認するね」
「探すよ。どんな花?」
「こんな花よ」
そう言うリヨンのノートを覗き込めば、さっき見覚えのある花が描かれてある。
「オッケー。あっちの方だね」
地図の場所とも合致するから、あれで間違いなさそうだ。
まだノートを見て何かを確認しているリヨンをおいて、僕は先にその花の元へ向かった。
葉と茎にトゲがあるから注意しろというリヨンの言葉に返事をし、僕は花を摘み始めた。
途端に充満する、濃厚な香り。
濃いけど、嫌ではない。化粧品に混ぜたら、上品な香りになるだろう。
「わぁ。この花、すごくいい香りだよ! リヨンも匂ってごらんよ」
もう少し香りを堪能したくて大きく息を吸い込んだ途端——なぜか意識がぶっ飛んだ。
意識がはっきりした時、僕は、野原ではないところにいた。
周りは見覚えのあるビル群——ビル群!? は? また転生したってか!? せっかく梨世と巡り会えたっていうのに?
どういうことかわからなくて混乱していると、
「お待たせ〜。ちょっと仕事が長引いちゃった」
と言って梨世が走ってきた。
若い、あの日のままの、梨世。
どういうことだ? 梨世は事故で……。
「梨世? お前、トラックに轢かれて……」
「はい? 何言ってるの? 私、事故ったことなんてないよ?」
きょとんとする梨世。
それに、さっきから気になってたけど、僕の手にはあの日梨世に渡そうとしていた指輪のケースがある。
今日は〝あの日〟なのか?
ひょっとして僕は、長い、悪い夢を見ていたのか?
「それよりお腹減った〜。早く美味しいもの食べに行こうよ」
「お……おう」
笑顔で僕の腕に自分の腕を絡めてくる梨世めっちゃかわいい。もうごちゃごちゃ考えるのを止めて、デートを楽しもう!
それから二人で、予約してあるレストランへ行った。そう、あの日、予約していたんだ。
フレンチのコースを堪能し、美味しいデザートを食べる梨世を見ながら、これから言うセリフを吟味する。
『結婚しよう』はストレートすぎるなぁ。もうちょっとひねる? いや、もうストレートでいいか。
「梨世。結婚してください」
僕はどストレートのセリフを言って、持っていた指輪を梨世に渡した。
「え?」
「必ず幸せにするから」
そう、もうあんなことが起こらないよう、絶対気をつけるし、梨世のこと、どんなことからも守るから。
いつも、どこか控えめな梨世が、指輪のケースを握りしめて涙を流した。
「はい……。うれしい……」
うれし泣きする梨世がまたかわいくてニヤけそうになったのを、ワインを飲んで誤魔化そうとしたら——
「苦っ!!」
え? このワイン、ちょー苦いんだけど??
びっくりして顔を上げると、途端にぐにゃりと歪む世界。ワインの苦味に涙目になったからか?
どうした!?
目をゴシゴシこすっても、歪みはどんどん増すばかり。おどろく梨世すら、ぐにゃりと歪む。
なんだ、どうした!? やめてくれっ!!
「…………ロワ………」
声が聞こえる。
「…………トロワ」
トロワって……。
ああ、じゃあ、僕は夢を見てたのか。——幸せな夢だったな。
ゆらゆらと揺らされ、だんだん意識が浮上していく。そうか、さっきまではやっぱり夢だったのか。
ゆっくりと目を開けると、そこには心配顔のリヨンがいた。じっと僕の顔を覗き込んでる。
あ、やっべ。目の秘密、バレてない?
一瞬焦ったけど、リヨンはそれどころじゃなかったらしく、その綺麗な瞳からボロボロと大粒の涙を流し始めた。
リヨンが言うには、さっきの花には催眠作用があって、生の花を嗅いではいけなかったみたいだ。リヨンが気付けの薬を飲ませてくれたおかげで助かったんだけど。
「あ〜しかし口の中が苦い」
あれから水を飲みまくってるけど、一向に苦味が取れない。どんだけ強烈な薬作ってんだよババア!
——そういえば、夢の中では自分でワインを飲んだんだけど、実際はどうやって飲ませてくれたんだ?
コップなかったしなぁとか考えてたら、
「あの解毒剤、苦かったもんねぇ」
さらっとリヨンが言った。
ん? どういうことかなリヨンさん?
「え? なんでリヨンが知ってるの?」
「あっ!! ……え、えと、いちおう毒味? ひょっとして毒だったら困るなぁって、ちょっとかじってみたの! あはっ、あはははっ!」
真っ赤になって明らかにあわてだしたリヨン。
はは〜ん。リヨンのリアクションで大体わかったぞ。
リヨンが噛み砕いて口移しで飲ませてくれたんだね。
真っ赤になって、かわいい。
「薬の毒味って……くすくす。リヨン、おかしなこと言うね〜」
そんなに照れるなら、気付かないふりしておくよ。




