ショーレのつぶやき
まさか一つ下の従兄弟の『影武者』をやるなんて、思ってもみなかった。
確かに背格好や顔立ち声質なんかもよく似ていて、僕たちを知らない人なら『兄弟』と言っても騙せるだろう。
でもなぁ。
「ちょっと会場行ってくるからショーレは僕役な」(意訳)
と言って衣装を交換させられ、ヅラをかぶせられた。
王子はちょっと不思議な人だなって思ってた。
まだ九歳なのに冷静で大人びていた。それは王子としての教育の賜物だと思っていたんだけど——実際は違っていたようだ。
誕生日パーティーの日にいきなりアミアン王女と繰り広げられた『前世』の話。本当かどうか信じられなかったけど、王子も王女も『前世の記憶』というものを持っていて、こちらの世界に『転生』してきたという。
パーティー前の慌ただしい時間にそんな訳のわからない会話を聞かされて僕はあっけにとられるだけだったが、後からその二つの単語をめちゃくちゃ調べた。
その『前世』とか『転生』とかいうものを疑うとか、信じるとかそういう前に、僕はパーティー会場へと放り込まれた。
いつも通り王子に気に入られようとギラギラしている令嬢たちが、今日も小競り合いをしている。本人たちはバレてないとでも思ってるのか? こんな、王子の目の前で順番争いしてるというのに。
こんなのを毎回見せられてると、さすがに王子に同情するわ。こんな肉食獣のような……おっと失礼、バイタリティあふれる令嬢を嫁にするなんて、考えただけでも疲れる。プライベートな時間くらいゆっくり癒されたいよ。
「じゃ、あとは頼んだ」
「はいはい。気をつけてくださいね」
「もちろんだ」
僕に扮した王子が耳打ちしてきた。例のフォルカルキエ子爵令嬢を見つけたんだろう。では僕は王子に徹しましょうか——心を無にして。
令嬢たちから適当に誕生日の贈り物を受け取りながら、僕はさっき部屋で交わされていた会話のことを思い出していた。
だから王子が年不相応の落ち着きを持ってたのか……と、変なところで納得した。ま、別に前世の記憶持ってるとか転生だとかぶっちゃけどうでもいい。けどあまり周りに言いふらさない方がいいとは思う。うっかりおかしなことを言って『王子ご乱心』とかなったら大変だ。
そんなことを考えながら機械的に贈り物を受け取っていたからか、どれが子爵令嬢からのものか、すっかり選別するのを忘れていたのはご愛嬌。あとでめっちゃ怒られたけど。
子爵令嬢は、透明感のある美少女だった。なぜ彼女がわかったって? そりゃあ、今日デビューするのは彼女だけだから『見覚えのない子=リヨン』ってなるでしょ。
それからパーティーの度に僕と王子が交代するということが当たり前になったわけだけど、王子は影武者だけでなく、町に出ている子爵令嬢のすぐそばで守ると言い出した。
「子爵が行方不明になってから、どうやら令嬢は継母に使用人として扱われているようですね」
「リヨンを使用人にしてる? 子爵夫人が?」
「はい。なんでも『人件費削減』だそうです——」
令嬢の父親が行方不明になったというのは港湾関係者から報告が入っていたので知っていた。それを聞いた王子が『生死すらわからないのはリヨンが可哀想すぎる。とにかく全力で行方を探せ』と言って捜索しているところだ。
そして子爵のいない隙に、子爵家の財産を湯水のように使いたい継母たちが令嬢を使用人にしたんだけど、そば近くで守るって……パーティーでもそばにいて、日常生活でもそばに……って。そのうちおはようからおやすみまで暮らしを見つめてしまうんではないだろうか?
「はあ、今日も殿下はリヨン様とデートですか」
それにひきかえこっちは仕事なんですけど。
約束通り、ご自分の仕事は町に出る前に終わらせていってくれてるから文句はないけど、緊急の案件が出た時が困るんだよなぁ。
僕は書類の山を抱えて城の廊下を歩いている。
向かう先は王子の執務室。でもそこにいるのはアミアン王女。王子の留守中は姫が代わりに執務をこなしているから。
毎日突発案件があるわけじゃないけど、暇といえばそうでもない。仕事のない時は歴史書を読んだり政治に関する書物を読んだりしている。なかなか勉強家な一面もある姫だ。
しかし今日のはヤバい。かなり量があるし難しい案件も含まれている。これは姫一人じゃ無理かもしれないなぁ。
「失礼します。姫、緊急の案件が発生しました」
「あらやだ大変」
それまで読んでいた本を机に置き、僕の抱えている書類を見て驚いた顔をしている。だよな、引くくらい書類あるからね。
「これとこれが陛下から回ってきた件で、こちらが大臣から——」
「一気に回さないでほしいわね」
ぷくっと頬を膨らませて文句を言ってるけど、可愛いから許す。
「かなりありますが、お一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫。私、残業しないんで」
「はい?」
残業て。
ドヤ顔してる姫は可愛いけど意味不明ですよ。
「私、〇〇しないんでって言ってみたかっただけ〜」
「なんですかそれ」
「ん? とある有名なセリフ〜」
「はあ。どうせまた『前世ネタ』でしょう。そういうのは王子とやってください」
「ごめんなさい! ではさっそくその書類をこちらにおいてくださらない?」
僕が呆れ顔をしてるのに気が付いた姫は、ニコッと笑うとその手で机を示した。
「はい。かなり大量ですから、お手伝いします」
「ありがと!」
そういうか早いか、姫は最初の書類に手を出した。
カリカリ……とペンが紙の上を走る音だけが部屋に響いている。
姫が書類に目を通しサインし、時には書き込んだりしてる音だ。僕は処理された紙をチェックし整理して関係各所に運んだりしていた。
かなり集中していて、気が付けばもうお茶の時間。そろそろ休憩入れないと集中力が切れる頃だ。
「姫、お茶を淹れてきました」
「ありがとう」
お茶と、指でつまめる菓子を持っていくと、姫は書類に目を通したままティーカップに手を伸ばした。
「お行儀悪いですよ。ちゃんと休憩してください」
「ええ〜。じゃないと終わらないわ」
「帰ってきた殿下にやらせればいいじゃないですか」
「それはダメ。お兄様を疲れさせてはいけません」
「では——」
「私、残業しないんでって言ったでしょ」
「はぁ……」
まったく……面白い人だなぁ。
「姫がこうして仕事してる間、殿下は町で遊んでるんですよ?」
「遊んでなんかいないわ! お兄様はリヨン様を守るという最大で最高のお仕事をしてるんです。お兄様にはそちらに集中していただかなくてはなりません!」
「ソウデスネ」
「お兄様がお疲れになっていて、万が一、リヨン様を守れなかったら、それこそ一大事ですもの」
「ソウデスネ」
お仕事頑張るのはお兄様のためでなく、間接的にリヨン様のためだったのですね。
そうだ、この子も『リヨン様第一主義』だった……。




