薬草摘みに行く……ために
リヨンから、化粧品を作るための薬草を摘みに行きたいから連れて行ってとお願いされた。
「もちろんお仕事の忙しくない時でいいの」
優しい彼女はそう言うけど、僕がここにいるのは全てリヨンのため。リヨンのためなら時間なんていくらでも作り出すよ。
しかしリヨンはあの継母たちにこき使われているから、自由な時間はあまりない。見せられた地図の場所は、遠くはないけどリヨンの自由時間内では無理がある。
「じゃあ、奥様たちが遠出したりお泊りに出かけてる時に行くしかないわね……」
地図を見ながら思案するリヨン。
大丈夫、時間がないなら僕が作ってあげるよ。
リヨンと別れた僕は一目散に城に帰った。
あの継母たちを家から追い出す……いや、外出させるのは簡単だ。適当に身分の高い貴族の家に招待するだけでいい。
僕は馬を走らせながら、どうやってリヨンの自由時間を作ろうかと考えた。
「今日はお早いお帰りですね」
僕が勢いよく執務室の扉を開けるとショーレが驚いた。
「急遽何かイベントをやる必要ができた」
「は?」
「理由はあとで説明するから、とにかくいい感じのイベントを……泊りがけで、そうだな、誰かの別荘に行く的な」
カムフラージュの騎士服を脱ぎ捨て、普段の『王子』の衣装に着替えながらショーレに話を振る。
イベントがないなら適当に作るか、と考えていたら、
「はぁ……そうですね……母の従姉妹が別荘でパーティーを開くという話はありますが」
さすがショーレ、僕の望む情報をくれた。
「それはいつだ?」
「確か二週間後、くらいだったと思いますが」
「ふむ……それで、その別荘はどこにある?」
「都から三時間ほどの——」
僕の脱ぎ捨てた服を拾い椅子の背にかけると、ショーレは地図を取り出し別荘の場所を示した。
適度に都から遠くて辺鄙な場所だが、風光明媚なところだ。
「そのパーティーの招待客にフォルカルキエ母娘をねじこむことはできるか?」
「リヨン様たちを、ですか?」
「そうだ。と言ってもリヨンは行かないだろうけど」
最近理由をつけてはリヨンの社交界参加を阻んでいる継母が、泊りがけのパーティーにリヨンを連れて行くとは思えない。
「う〜ん、どうでしょう?」
「かかる費用は僕が出す。ねじ込んできてくれ」
「はいはい、わかりました」
ほぼ『命令』な僕の言葉に苦笑いを残すと、ショーレは部屋を出て行った。
「ちょうど今日、屋敷でお茶会をしているとかで、急遽使いを出してくれました」
「仕事早いなお前の親戚」
ショーレが打診すると二つ返事でOKもらえた上にその場で家に連絡を入れてくれた。
「夫人は別荘を自慢したくてたまらないらしいんで、客が増えるのは全然構わないそうです」
「願ったり叶ったりだ」
都合よく見栄っぱりな親戚がいてくれて助かったよ。
「イベントは用意しましたよ。それで、理由はなんですか? どうせリヨン様がらみだとは思いますが」
「勘がいいな、ショーレ」
「今のあなたはリヨン様中心に動いてますからね」
「そうか。じゃあ話は早いな。実は——」
ショーレにため息をつかれたが僕は気にせず、今回の薬草摘みの件を話した。
「……それで〝時間を作った〟というわけですか」
「まあそういうことだ。パーティーにはショーレも参加して、しっかり継母たちを見張ってもらおうと思ってる。途中で帰るとかなんとか言いだしたら困るからな」
「えぇ〜!?」
「しっかり引き止めておいてくれよ」
「……仕方ないですねぇ。殿下はその日、リヨン様と一緒に一日中外出するということですよね?」
「そうだが?」
「では、その日に仕事を残さないように、これから二週間、頑張って処理してください。僕が継母の見張り役を引き受ける条件です」
「それはやるけど……、アミアンがいるじゃないか」
「アミアン様はいらっしゃいますが、自分の仕事は、基本、自分で……」
毎日の業務はちゃんと午前中に処理している。残った分や後から出てきた緊急のものに関してはアミアンが処理する、というルールでやってきたから、その日だってそのままでよくないか?
「わたくしもパーティーへ行って継母たちを監視して参りますわ! しっかり引き止めさせていただきます」
これまたものすごいタイミングで部屋の扉が開き、アミアンが入ってきた。
またお前は盗み聞きしてただろ!
ったく……。
「アミアンまで行く必要はないだろ。それにお前だとすぐにバレてしまう」
これでもいちおう『姫』だしな。姫がわざわざ貴族宅のパーティーにお出ましとか、周りを緊張させるだけだろ。
「あらやだ。わたくしも変装いたしますわよ。適当なおうちの遠い親戚とかなんとかに」
僕のため息とは反対に、ケロっとしたアミアン。
僕自身も変装とかしてる手前、『それはダメだ』と強く言えないのがツライ。
「……はぁ。ちゃんと〝姫〟だとバレないようにしろよ」
「了解です! リヨン様の自由を確保するためにもアミアン、頑張ります!」
「アミアンのことはショーレ、頼んだぞ」
「かしこまりました」
それからは町に行くまでひたすら仕事、町に出たらリヨンに集中、そしてまた城に帰ってきたらなるべく前倒しで仕事を片付けるようにしていたら、あっという間に二週間なんて過ぎ去ってしまっていた。
そんな風に慌ただしく過ごしていたから、すっかり薬草摘みについて〝リサーチ〟を忘れていた。
「何か気をつけないといけないこと、ばあちゃんに聞く時間もなかった……」
なんとかなるとは思うけど。
そうそう。薬屋のばあちゃんは、実は、以前からの知り合いだ。
この魔女、先代の『王宮付き魔女』にして、「もう長いこと城勤めしたから飽きた」とかいう理由であっさり引退してしまった人物なのだ。
その言動からして気まま。僕が〝王子〟だからって贔屓はしない。
魔女としての腕は確かで、薬屋としても成功している。リヨンの手荒れが心配でばあちゃんのところに連れて行ったらひどく気に入ったようで、ものすごくかわいがっている。僕以上にかわいがって……
「は? 比較にならないね。リヨンのがかわいいに決まってるだろ」
……僕は比較対象外だそうです。
いいも悪いも依怙贔屓しないのがこのばあちゃんのいいところだけど……まさかこのばあちゃんが、後に僕の〝敵〟になるとは思わなかった。




