王子の誤算
無防備に町に出るリヨンを悪漢や悪い虫から守ろうと、僕は自ら町へ行くことを決めた。
舞踏会までリヨンを守り抜く……!
とにかく交渉しようと、僕は騎士の制服に身を包み、ショーレと他に供を数人従えて町の酒屋へと急いだ。
「これなら僕が王子とわかるまい」
「どこからどう見ても市中警らの騎士ですよ」
知らない者からすれば『ただの騎士』だ。これなら誰にも怪しまれずに市場に行ける。
町中は警備の騎士たちがウロウロしているし、酒屋に併設されている居酒屋にもしょっちゅう出入りしているから。
そうして到着した目的の酒屋は、にぎわう市場の奥まったところにあった。
店が見えるところで客足が途切れるのを待っているが、なかなかどうして、繁盛しているようだ。
「目立つ場所じゃないのに結構商売繁盛してるようだな」
「安いのから高いのまで品揃えが豊富ですからね」
「へぇ」
ただの酒好きじゃなかったんだなぁと変な感心してみたり。
客がいなくなったのを見計らって店に顔を出すと、
「これは……誰かと思えばシャルトル様ではありませんか」
突然現れた僕に驚きつつも、店主は僕の格好を見てお忍びと察したようで、『殿下』とも『王子』とも言わなかった。
「城でも会わないから久しぶりだな。元気そうで何より」
「これはこれはありがたき幸せ」
そう言って胸に手を当て頭を下げる仕草は相変わらず優雅だ。
この店主、先の騎士団長をしていた男なのだが、騎士団を辞めてから酒好きが高じて酒屋を開いてしまったのだ。
自分の好みの酒はもちろん、美味しい〜とか幻の〜といった評判を聞きつけるとどこまでも買い付けに行ってしまったりする。だからこの店の酒は種類も豊富だし美味を極めているので数多の貴族が贔屓にしている。もちろん城で出される酒も全てこの店から納品されたものだ。品質と安全は折り紙付きだからな。
「へぇ、いろいろ置いてあるんだな」
「お気に召したものがあれば次回納品いたしますよ」
店の中は珍しい酒がたくさん置いてあり、見ているだけでも楽しい。
「くれないのか」
「あげません。私と剣の勝負をして、シャルトル様が勝ったら差し上げなくもないですけど」
「むむ……。退役してからどれくらい経つ?」
「そうですねぇ、10年くらいですか?」
「相変わらずがっちりしてるな」
「そりゃあ毎日酒樽担ぎ上げてますからね」
「そうか」
現役時代は僕の剣術の師匠だったこの男、今でもムッキムキの爺さんって……まだ勝てる気がしないし、向こうも負ける気がしてないんだろう。
それはまあいいとして。
「それで、今日はなんの御用でお出ましになられたのですか?」
「ああ。庶民の暮らしを知ることも大事だと思って、しばらく視察がしたいんだ」
「視察ですか」
「そう。国を治めるにあたって、国民の生活や現状は知っておいた方がいいだろう?」
僕がもっともらしい理由を店主に告げたら、
「おお……シャルトル様、ご立派になられて……」
黒い瞳を潤ますなジジイ。
「まあ、大ウソですけどね」
「ショーレうるさい」
横でショーレが小さい声でツッコミ入れてきたけど、理由なんてなんでもいいんだよ。爺さん感激してるんだから黙ってろ。
「この姿だと本当の庶民の暮らしぶりは見えないだろうから、ここの店員として働きながら視察しようと思ってる」
「なるほど。そこでうちを拠点に、ということですね」
「そうだ」
店までは騎士服で、そしてここで着替えてリヨンの元に……と。我ながらナイスアイデアだ。
僕の護衛の騎士たちも、ここなら怪しまれずに待機できる。
「かしこまりました。ではこの爺、シャルトル様の視察がしっかりできるよう、全力でさせていただきましょう」
「別に張り切らなくても、ちょっと拠点として使わせてもらうだけだし」
「いやいやとんでもない。成長した姿を陛下にもご報告しなくては……ああ、そうだ、毎日の視察終わりにレポートの提出などいかがでしょう?」
「はあ?」
「しっかり見て感じたことをその場で書き記すのは大事なことでございます」
「え……」
「もちろん陛下に提出させていただきます」
「ちょ……ええ……」
なんかめんどくさいことになってしまった……。
「視察は(リヨンの行動時間に合わせて)午後から夕方まで」
「かしこまりました。名前は……どういたしますか? さすがにそのままだといかがなものかと」
「名前ねぇ」
確かに『シャルトル』のままだとリヨンに怪しまれるな。
あ〜、そこまで考えてなかったなぁ。どうしようか……と考えていたらまた横でショーレが、
「シャルマン(笑)」
「よしショーレ。表へ出ろ」
「冗談ですよ〜」
ニヤニヤ笑いながら言うな! 僕がその呼び方を嫌がってるのを知っててわざとやりやがって。
ったく。名前、名前……ねぇ……。
なんか適当に『シャルトル』から離れた名前はないかと考えながら視線を彷徨わせていると、ふと目に入ったワインのラベル。
「トロワ地方の酒か」
「さすが殿下、お目が高い。それはとても出来がいいんですよ」
そう言いながら酒を手に取る店主だけど、そうじゃなくて。
「酒の出来とかどーでもいいんだって。ふむ……トロワでいいか」
「え? 偽名はトロワですか? ものすごく適当ですね」
店主から酒を受け取ったショーレが驚いているけど、むしろそれでいいんだってば。
「適当がいいんだよ」
本名からかけ離れてる方が望ましい。
こうして『酒屋のトロワ』という人物ができあがった。
あとは舞踏会までリヨンに群がる悪い虫を退治しつつ守だけ……のはずだったのに。
なぜリヨンは手に職つけようと頑張ってるんだ?




