再会の日
本編2話目の裏で王子様は……。
いつだったかは忘れたけど、物心ついた時にはすでに『前世の記憶』というものを持っていた。
そして幼いながらも思うことは一つ。
今生こそは梨世に巡り会えますように!!
これまで何度か転生したけどまともに梨世と同じ時間を過ごすことはできなかった。これは『そう簡単に梨世に会えると思うなよ』という神の意思なんだろうか? それとも『反省しろバーカ』という梨世の遺志?
後ろ暗いことはしていないけど、間接的に梨世をあんな形で失ったんだ。めちゃくちゃ後悔してるし反省してる。
梨世にちゃんと謝って、誤解を解いて、そして前世の分も含めて絶対に幸せにしますから、梨世に会わせてください!!
いるかどうかもわからない神に向かって祈る。
幸い今生はどこかの国の王子として生まれてきた。地位も金もある。これなら梨世を守ることができる!
あとは梨世を探すだけ。
今回は……なんか会えそうな気がしている。
この世界に梨世の気配を感じてはいるものの僕はまだ子供だから、城の外に出るのはそう簡単なことではなかった。
早く大人になって国中……いや世界中を探して回りたいのにできない。
視察と称した外出のたびに脱走しては梨世を探したけど見つけられず、おまけに側近に捕まってしこたま怒られるということを繰り返す日々。
あ〜もう、早く大人になりたい! 自由に国内外を捜索したい!
そんなジレンマを抱えて過ごしているうちに『探し物』は向こうからやってきてくれた。
毎年恒例『王子様のお誕生日を祝う会』。
ただの誕生日パーティーと侮るなかれ。そこには国中の貴族令嬢が集められていて、いわば『ブラインドお見合い』みたいなものだった。
「どいつもこいつも親戚がうるさいし、プライド高いし気が強い女ばかりじゃないか。妃にしたくない」
「殿下。あまりはっきり言わないでくださいよ」
「なのにあの中から妃を選べって? 冗談じゃない」
「まあ、まだデビューしていないお嬢様もいますからね。そちらに期待しましょうか」
「期待薄だけど」
僕は部屋の窓から庭を見下ろし、そこに集まっている人々を見ながらため息をついた。
従兄弟であり侍従でもあるショーレは、口ではそう言いつつも、令嬢たちの本性を知ってるから、僕に同情して苦笑している。
そもそもこの世界のどこかに梨世がいるんだ(多分)。他の女を妃になんてできないだろ。
と言ってもどこに梨世がいるのか、今どんな環境で暮らしていてどんな人なのか全然わからないけど。
めっちゃ年寄りだったらどうしよう? ——その時は熟女好みになってやろう! 反対に、めっちゃ年下だったら——ロリコン上等だ!
とにかく梨世を見つけなきゃ……ん?
「………………」
「どうかしましたか?」
急に黙り込んだ僕にショーレが怪訝そうに聞いてきたけど、ごめん、それどころじゃなくてさ。
何か……これは…………!
梨世の気配を濃厚に感じてハッとなる。
梨世が城にいる? ……あの中か?
僕は急いで窓枠に取り付き外を見た。
「あの中に梨世がいるっ!」
「梨世さんの気配はするけどどこにいるのかしら?」
「は?」
僕が声に出したの同時に、隣で同じようなセリフが重なった。
隣にいるのは妹姫アミアン六歳。
普段は幼い話しぶりのアミアンなのに、さっきはかなりハッキリスラスラしゃべったよな? そしてなぜ梨世を知ってる?
「……誰だ、お前」
じとんとアミアンを睨むと、ビクッと肩を震わせたアミアンは、それでも取り繕ったような笑みを浮かべて。
「ワタシアミアン6サイデス」
「さっきあんなにハッキリしゃべっただろうが!」
「チッ……聞こえましたか」
「聞こえないわけないだろ!」
どことなく大人びた顔でアミアンが舌打ちした。あれ? かわいい妹だったの、どこ行った?
じゃなくて。
「今、『梨世』って言ったな」
「……言いましたわ。お兄様こそなぜ『梨世』さんをご存知なのかしら?」
もはや幼児の顔を脱ぎ捨てたアミアンが僕の目を見返してくる。本当にお前誰だよ。
「僕は前世、梨世の恋人だったからな」
「はぁ!? じゃあお兄様、まさか……千夜さん?」
「お前……梨世だけじゃなくて僕も知ってるのか!?」
「知ってるもなにも……私ですよ! 梨世さんの後輩で、あの時あなたに告白した——」
「お前かよっ!」
僕は思わず叫んでいた。
まさか僕だけじゃなくあいつまで転生してきていたとは……!
「なんでお前まで転生してるんだよ」
「だって、あんな終わり方をさせてしまった梨世さんに申し訳なかったからです!」
「申し訳ないからって追っかけ転生するなよ」
「あなたに言われたくないです」
「ぐっ……僕は、梨世を幸せにするために探し続けたんだ」
「私もですわ! 今度巡り合ったら絶対梨世さんの幸せのお手伝いをしようと思っていたんです」
僕とアミアンの会話は、もはや十歳と六歳の会話じゃなくなっていた。が、幸い今部屋にいるのは僕たち兄妹とショーレだけ。そのショーレさえも置き去りのまま、僕たちは話し続けていた。
「……ということは、僕たちは『梨世を幸せにする』ということで一致してるってわけか」
「そうですわね」
ここでなぜか『同士』のような感情が湧いてきた。そしてそれはアミアンも同じようだった。
「僕はあの集団の中に梨世がいると感じたんだが」
「私もです」
僕たちは再び窓の外を見下ろした。
「これまで感じたことがなかったから、きっと今日が初めての参加なんだろう。ショーレ、今日初めて参加する令嬢は誰だ?」
散々理解不能な話を聞かされてあっけにとられていたショーレだったが、僕の急な問いかけに我に返ると少し考える仕草の後、
「フォルカルキエ子爵家のリヨン様ですね」
と答えた。
「「リヨン!!」」
『梨世』が『リヨ』で『リヨン』! バンザーイバンザーイ! ……じゃなくて。
「これもう完全に『梨世』だな」
「ええ、そうですわね」
僕たちの目がキラっと輝いた瞬間だった。
フォルカルキエ子爵家の令嬢リヨンは、今年初めて誕生会に参加するとのことだった。
社交界デビューとはまた違って、僕に年齢が近いこと、そしてあまり幼すぎない(ぐずったりはしゃぎすぎたりしない)という条件を満たせば誕生会に出席できる。まあ大体小学生くらいになれば参加できるってわけだ。
リヨンも七歳になったということで参加するのだろう。
「デビューしたてのリヨンを特別扱いするわけにもいかないよな」
「そうですね」
僕が例年のことを思い出しつつ呟くと、その言葉にショーレが頷いた。
どの令嬢も王子の視界に入ろうと必死だから。
基本的にこの国は平和だけど、よくよく知っていくと国政を牛耳ろうと考えている輩が存在することに気付く。
今は均衡が取れているけれど、ちょっとしたことでそのバランスはあっけなく崩れるだろう。
それを防ぐためにも行動は慎重にしないといけない。僕の妃選定は最たるものだ。まあそれはお妃選びが遅れるいい言い訳になるから問題ない。
「というわけで、僕は密かにリヨンの近くにいようと思う」
「はい?」
僕が突然そんなことを言い出したから、またショーレが首を傾げた。
「だーかーらー。この姿じゃリヨンの近くに行けないだろう」
僕は自分の衣装……王子の姿を指差した。
「まあ、そうですけど」
「そこでだ。姿形もよく似てる僕とショーレが入れ替わるんだよ」
「はいぃ?? なんですかそのトンデモ理論」
「トンデモじゃないぞ? ショーレが僕の影武者になって公の場に出るんだ。僕が暗殺とかされたら困るだろ?」
「わが国はまだそんなヤバイ状況に陥ってませんが」
「いつ何時クーデターが起こるかわからないじゃないか」
「はぁ……まあ……それはそうですけど……」
渋々ながらショーレが頷いた。よし、あとはお互い変装するだけ。
「じゃあそういうことで。誰か、王室付き魔法使いを呼べ!」
「かしこまりました」
僕が部屋の外に声をかけると、警護の近衛の一人が魔法使いを呼びに動いたようだ。すぐに連れてくるだろう。
「なぜに魔法使いを?」
「僕とショーレを入れ替えるための変装小道具を用意させるんだ」
「魔法の無駄遣い!!」
「減るもんじゃあるまいし気にするな。さぁ、さっさと衣装を交換するぞ」
「まったくあなたって人は……」
僕がさっさと服を脱ぎ始めると、ショーレもブツブツ言いながら服を脱ぎ始めた。
父上・母上・アミアン、そして腹心の側近にだけこの『交代』を知らせ、僕は王子の斜め後ろに控えた。今の僕は王子の側近だからね。
どの令嬢も、まず会場に到着したら父上に挨拶し、僕にプレゼントを渡すのが決まりだから、リヨンもそこに現れるはず。
今か今かと待ってはいるけど一向にリヨンは現れない。気配はするのに近寄ってこない……ああ、気の強い令嬢たちに阻まれて、なかなか王子の元にたどり着けないんだろうな。助けに行くわけもいかないし、ここで待つしかないか。
じれじれしながら待つことしばらく。
ようやく『梨世』のオーラをまとった女の子が、僕たちの前に姿を現した。
ふんわりとした金髪は日差しに煌めき、宝石のようなアメジストの瞳は初めての場に緊張してか、不安げに揺らめいている。
——控えめに言って儚げ美少女なんですけど!!
「リヨンさん、かわいい……」
僕の隣ではアミアンがリヨンをガン見しながらつぶやいている。
いやそれよくわかる。
梨世もかわいい系だったけど、もうこれは……絶句レベル。
「言葉で表現できないくらい超絶美少女」
「自分の語彙のなさが悔やまれます」
僕とアミアン、二人で自分の実力不足にうなだれた。
実際、リヨンの周りの令嬢たちもリヨンから目が離せないようで、羨望・嫉妬、いろんな感情を綯い交ぜにした視線を送っている。
リヨンは、王子にプレゼントを渡すと、あっという間に令嬢たちの輪からはじき出されていった。
「行ってくる」
「あんなにかわいらしいと変な虫がつきそうですわね。しっかり見張ってきてください!」
「もちろんだとも」
僕はアミアンにそう告げると、そっとその場を離れて会場に紛れ込んだ。
どうやってリヨンに近付こう?
「こんにちはー。君、今日初めて?」——ナンパか。
「お嬢さん、初めまして」——キザか。
「改めてきっかけって、なんか難しいな」
リヨンの姿を探しつつどうやってアプローチしようか考えていると、ちょうど僕の前を銀のトレイを持った使用人が通り過ぎた。飲み物の入ったグラスを載せている。
——ああ、リヨンに飲み物を勧める感じで話しかけたらいいんだ!
「それ貸して!」
「え? ショーレ様?」
使用人を見てひらめいた僕が近くの使用人からトレイを拝借した時、リヨンが誰かと一緒に庭園を出て行こうとするのが見えた。
あの男は父親——子爵ではないな。しかもそっちは会場じゃない、人気のない場所……。そんなところにリヨンを連れて行ってどうする?
え、これ、リヨンのピンチじゃね!?
僕は急いで二人の後を追った。
人混みを掻き分けリヨンたちの消えたところに向かうと、会場からは完全に死角になったところに二人がいるのを見つけた。
怯えた顔のリヨンを、気持ち悪い微笑みを浮かべた男が見下ろしている。
リヨンはつかまれている手を振りほどこうとしているようだった。これはどう見ても——ロリコンが幼女を連れ去ろうとする図だよな。
僕はさっと男の後ろに近寄り、渾身の力を込めて、持っていた銀のトレイを後頭部目掛けて——フルスイングした。
トレイが凹むほど殴ったら、男はその場に倒れこんだ。
そしてリヨンも、よほど怖かったのか気を失ってしまった。
「誰か倒れたぞ!」
その場に崩れ落ちる前にリヨンを抱え、僕は会場に向かって声を上げた。
「ショーレ様、どうなさいましたか」
「この男が倒れた。こいつには後から話があるから牢にぶち込んでおけ」
「はっ!」
駆けつけた近衛騎士に男の身柄を預けると、僕はリヨンを抱き上げた。
リヨンを介抱しないと。
客室は——整えられてる……か? わからん。僕の部屋は……まあいろんな意味でアウトだよな。とりあえずアミアンの部屋ならいつでも使える状態だから、そっちに運ぼう。
「それからフォルカルキエ子爵夫妻をアミアン王女の部屋に呼んでくれ。令嬢の気分が悪くなったので休ませているからと伝えて」
「はっ!」
そう言いおいて、僕はアミアンの部屋に向かった。




