巡り合うまで
「わりと気になってることがあるんだけど」
「何?」
私が隣に座っている人に話しかけると、その人はにっこり魅惑的な笑顔を向けてきました。
無駄にキラキラしい笑顔を見せるのは、サラサラの金髪・王家の人間である証の青眼のイケメン王子。普段は宣言通り、目元をうっとうしく隠すもっさりとした黒髪、野暮ったい印象の黒縁メガネをかけて『冴えない次期フォルカルキエ侯爵』を演じていますが、今はプライベートな時間なので本来の姿でくつろいでいます。
そんなトロワに素朴な疑問。
「トロワと王女様って、どうやってこの世界に転生してきたの?」
トロワは自分が『千夜』だってカミングアウトした時に『やっと巡り合えたんだ』って言いました。
〝やっと〟っていうことは、何度か転生したけど『梨世』を見つけられなかったってことでしょ?
「え? 根性だけど」
あっさり返ってきた答えが『根性』って、それどうなん?
「いやいやいやいやいや、そんな精神論じゃなくてね……。私みたいにトラックに轢かれて転生してきたの?」
「そうじゃない」
「ああ、そういえば、〝梨世〟が死んじゃった後、千夜はどうしてたの?」
「え〜……あんまり思い出したくないっていうか、あんまり記憶がないんだけど……」
王女様曰く『一生独身だった』らしいけど。
言いたくないのかほんとに忘れたのか、目を泳がせているトロワですが、
「全然笑わなくなりましたね。仕事はしっかりしてるけどいつもどこか虚ろで。それでも顔がいいから幅広くモテてましたよ」
一緒にお茶している王女様が補足しました。
実は今、私たちはお城の一室でくつろいでるんです。
王女様に『お茶しましょう』と私が呼び出されたのに、そこにトロワがくっついてきた、と。まあトロワにとっちゃお城は『実家』ですけどね。
プライベートな部屋だから関係者しか入ってこない。だからトロワが本来の姿でくつろいでるんです。
……っと、話が逸れました。
「ほほう。千夜くんはモテてたんですか」
「どうだろ。全然興味なかったし覚えてねえ」
本当に覚えてないのか、それとも都合が悪いのか。トロワの眉間に皺が寄りました。
「でも千夜さん、どの人にも見向きもしませんでしたよ」
そこでまたもや助け舟を出したのは王女様です。
「どんな美人さんが来てもそっけないったらありゃしないんですよ。話かけんなオーラ半端なかったです」
「当たり前だろ。モテたってそれは梨世じゃないんだから嬉しくもなんともねーわ」
「そうなんだ」
照れたのかそっぽを向いてしまったトロワ。ふうん。……ちょっと見直した、かも?
「惰性で働いてなんとなく生きてたけど……最後の方は記憶が曖昧だなぁ。ただひたすら『梨世に会いたい』しか考えてなかったのだけは覚えてる」
「わぁ。そりゃ確かに『根性で転生した』って言い切れるわ」
「だろ?」
時空を超えたストーカーはこうして転生してきたのか! と慄いていたら隣では、
「わたくしのせいで梨世さんは亡くなってしまったし、さらにそのせいで千夜さんも抜け殻のようになってしまって……。どうしていいかわからず、一生自責の念にかられました。死んでも死に切れないっていうか」
「はあ」
王女様がそっと目元を拭っています。
「わたくしも最後は『生まれ変わって梨世さんの幸せを応援したい』ばかり願ってました」
「わぁ……こっちも根性だわ」
こっちのストーカーも……以下略。
てゆーか、なんか空気が重くなってきました。わ、話題を変えなきゃ!
「それで、二人とも、すぐに転生できたわけ?」
「いや〜? それがなかなか上手くいかないもんでね」
「そうそう! 何度も転生しましたわ」
「「ね〜」」ってトロワと王女様が同調してるけど、人生リセットきくとかファンタジーが過ぎるでしょ!
「その時の記憶ってあるものなの?」
「あるさ。そうだなぁ、ある時は『梨世』が僕のお母さんだったんだよなぁ」
「は? そんなの覚えてないわ」
この世界に転生する前にワンクッションあったなんて初耳です。え? 全然記憶にないんだけど?
「梨世は気付いてなかっただけだよ。しかも梨世ってば、僕を産んでからわりと早くに亡くなっちゃったし」
「また早死にかい!」
「ほんとだよ。そんな残酷なニアミスとか要らないよな。その時の僕はたくさん女の人侍らせてる男だったんだけど、梨世はいないし、なんか罪を着せられて地方に流されるしでツラかったわ」
「女の人侍らせて……って、ずいぶん楽しんでいらしたようね?」
『千夜』としては一生独身で過ごしたって言ってたくせに……。
氷点下の視線で睨みつけたら途端に慌てだすトロワ。
「勘違いしないで! それは『梨世』の面影を求めてたらそうなったっていう深い理由があるわけで……。おかげで後世、その時の僕は『マザコン』呼ばわりされる羽目になったんだけどさ」
「「マザコ〜ン!!!」」
王女様と私、二人で盛大に笑いましたよ!
たくさん女の人侍らせてる男が実はマザコンって、超ウケるんですけど。
……ん? マザコンでモテ男で地方に流刑って、光ってる主人公のあの話じゃない?
おいおい……やっぱりエンジョイしてんじゃねーか!
まさかそんな有名なお話に転生してたなんて(そしてツメ跡でかい!)……とトロワを見ていたら、
「わたくしもそういうのありました! すっごいモテる姫に転生したんですけど、その世界にはニアミスどころか梨世さんかすってもいなくて……つまんないから月に帰ってやりました!」
「竹から生まれたお姫様はあんただったんか〜い!」
王女様もすごいところに転生しておられました。今日もツッコミが追いつかない。
「……で。結局のところどうやってこの世界に転生してこれたの?」
寄り道話はもうよくて。
そんなにいろんなところに転生してたのに、どうやってここに合流できたのか。
「紫○部に頼み込んだ!」
「月の帝を脅しました!」
「ええ…………」
なんか突拍子もない答えですけど? 真相は闇の中ってこと?
呆れて二人を見ていると、トロワがコホン、と一つ咳払いをしました。
「……っていうのは冗談だけど。ほんと毎回『梨世に会いたい』しか考えてなかった」
「わたくしもですわ。そしてやっと梨世さんと同じ世界に転生できたと思ったら千夜さんも一緒で驚きましたよ」
「それはこっちのセリフだ」
トロワと王女様の視線が合ったかと思うと——
「梨世さんはわたくしのものです!」
「はぁ? 何言ってんの? リヨンはもう僕の嫁だからな」
「でもわたくし義妹ですからめいっぱい甘えられるんですよ」
「僕なんて『夫』だから毎日甘えられるもんね」
「クッッッソ羨ましいですわねっ!!」
ギギギ……とにらみ合う美形兄妹。なんか喧嘩が始まってしまいましたけど、ちょっと王女様! そんなかわいらしい顔して『クソ』とか言わない!
「——で? つまりは、二人にもよくわからないってこと?」
このまま放っておくと延々と続きそうなので、私は適当なところで割って入りました。
「まあそうかな。とりあえず〝気持ち〟が大事ってことだな」
「結局精神論かい」
もうそれ〝気持ち〟を通り越して〝怨念〟とか〝執念〟に近いと思います。
「それで、一緒の世界に生まれ変わったプロセスはもういいとして。二人とも、よく今の私を〝梨世〟だって判ったね」
前世の私はごくフツーの日本人。
染めてない暗い色の髪、暗い色の瞳だったのに、今の私は金髪、ぱっちりとしたアメジストの瞳。前世の要素かすりもしないくらい欧米化してるというのによく見つけましたね。
するとトロワは少し考えてから口を開きました。
「これもな〜、うまく説明できないけど、なんかずっと『この世界…しかも身近なところに梨世の気配がする』って思ってたんだよなぁ」
「気配なの?」
「ああ」
「そうですわ」
王女様もそうらしいです。
「気配があるから探しに行きたいけど、僕はまだ子供で動ける範囲が狭いし——ってイライラしてたら、誕生日会にひょっこり〝梨世の魂〟持った子が現れたからさぁ」
〝梨世の魂〟って……。とうとうスピリチュアル的な何かになりましたか。
「わたくしも、物心ついた時には梨世さんの気配を感じてました。お兄様のお誕生日会の日にすごく濃厚に気配を感じたから『梨世さんの気配はするけどどこにいるのかしら?』って何気なくつぶやいていたらお兄様に聞かれてて——」
「お前、誰だ? って聞いたらあいつだったってわけ」
王女様の話をトロワが継ぎました。
「じゃあ二人もお互いに、あの誕生日会の時に気付いたの?」
「そうだよ」
「そうですわ」
二人同時に頷いています。
「だって梨世しか探してなかったし」
「わたくしもです」
「わぁ……なんか、すみません」
二人の眼中には私しかなかったそうです。そんな私ごときのために転生繰り返してきたんですか……ほんとすみません。
「とにかく梨世を探そうということになって、ショーレ捕まえて僕に変装させて会場に放り込み、僕はショーレになりすましてリヨンに近付くタイミングを見計らってた」
「じゃあ私のあげたプレゼントをぞんざいに扱ってたのはショーレってこと?」
「そういうこと。あの場でリヨンのプレゼントだけ特別扱いしたら、やっかんだ令嬢たちがリヨンに何するかわからないからね」
「ああ……。有象無象と一緒に扱ってくれてありがとう」
「もちろん後からちゃんとリヨンのだけは選別して大事にとってあるから」
「お……おう……ありがとう」
王子様の印象が『最悪』になったあの日に、〝千夜〟は〝梨世〟を見つけてたのね。
そういや私もあの日に前世の記憶が蘇ったんだった。どこかのロリコン貴族のせいで!
あの日のことを思い出して眉間に皺を寄せていると、トロワが私の頭をそっと撫でてきました。
「ショーレに変装して会場に紛れていて正解だったよ。リヨンが変態に連れ去られていくのを見つけた時にはさすがに焦った」
「あの時はホント助かったわ。でもあの出来事があったから前世を思い出したんだけどね」
「ああ、リヨンはあのタイミングだったんだ」
「そうよ。『ロリコン』ってワードがきっかけだったわ」
「すごいきっかけだな」
「梨世を見つけたのはいいけど、これがまたすごい美少女だからさぁ」
「そうそう。他の令嬢たちの嫉妬がすごかったもの」
「そんなの知らない!」
トロワと王女様がため息をついていましたが、私そんなの知らないし!
「そりゃあ何かあってからでは遅いから、リヨンのくるパーティではいつもショーレと入れ替わって、リヨンの側にいたんだ。ショーレとの入れ替わりは『公の場で王子に何かあってはいけないから影武者立てる』ってことにして」
「仕事——王子様の側にいなくていいのかといつも思ってたわ」
そうか。いつもショーレ(=トロワ)が私の側にいたのはそういうことだったのか。
「僕のいない隙にドレスを汚されたことがあったけど、あの時はあの女どもを牢屋にぶち込んでやろうかと思ったな」
「ほんとですわ! でもわたくし的にはリヨンさんにドレスをプレゼントできたからよしとしましたけど。リヨンさんの好みをリサーチしておいてよかったです」
王女様、満面の笑みで言ってるけど、なんか聞き捨てならないこと言ったよね?
「……え? 王女様と私、好みが似てるって思ってたけど……あれ、リサーチの賜物!?」
「はいっ!」
「…………」
あ、そうだ。コノヒト(たち)、時空を超えたストーカーだったわ。
なんかおかしなところで納得しました。




