プロポーズ
お義母様とリールとニームの義姉二人は、近衛騎士様たちに追い立てられるようにして部屋から出て行きました。これから護送車……もとい、馬車に乗せられて都の外に連れて行かれるのでしょう。
「あいつらが湯水のように使ったお金を補填させなくてもよかったのでしょうか?」
王子様がお父様に聞きました。
お父様のいない間にお義母様たちはずいぶん贅沢をしてました。私が締められるところは締めたけど、いったいうちの財産どうなってることか。
「働かせて弁償も考えましたが、それをするとあれらに衣食住を与えないといけません。今はそれすらも片腹痛い。着の身着のまま放り出すのが一番楽だと思います」
お父様ったら意外とシビアなことを言うんですね。温厚なお父様しか知らないからちょっと驚きました。
確かに二度と顔も見たくないですから、私も賛成です。
でもあの人たち強かだからなぁ。今はおとなしく追放されたとしても、ほとぼりが冷めたらしれっと戻ってくるんじゃないでしょうか?
そんな私の疑問、同じように思いつく人がいました。
「都の外に放り出したとしても、あいつらのことだから、しばらくしたらひょっこり戻ってくるんじゃないでしょうか?」
お義母様たちが退場していった扉を見ながらショーレが言うと、今度は王子様が、
「そうだろうね。もちろんその時は『王子命令に背いた』罪で堂々と国外退去にできる。むしろ願ったり叶ったりじゃないか?」
「わぁ、殿下、今めっちゃ悪い顔してますよ」
「そうか?」
さすがというかなんというか。王子様、お義母様たちのやりそうなことを見抜いての処分でしたか。
いきなり国外退去ではなく二段構えだったとは。……王子様、怖い子!
と、お義母様たちのことが片付いたところですが、残ってますよメチャクチャ大きな問題がっ!
「これくらいじゃ全然足りないけど、とりあえず、リヨンに対する仕打ちの報復はできたかな。全然足りないけど」
私の側に戻ってきた王子様が、また私の手を取りながらほざいてますけど。
「二回言う必要なくありません? そもそも、私はあの人たちに仕返ししたいなんて思ってなかったんですけど?」
「リヨンは優しいなぁ。リヨンはそうかもしれないけど、僕の気が済まなかったからこれでいいんだ」
「あの……お義母様もおっしゃってましたけど、王子様、うちの問題には関係ありませんよね?」
再度確認させていただきました。『あなた他人ですよね?』って。そしたら、やれやれというように王子様は肩をすくめて。
「さっきも言ったけど、リヨンは僕の妃になる人だもの、リヨンの問題は僕の問題でしょ」
さっきお義母様に言ったことをまた繰り返しました。いやまた寝言ほざかないでくださいっ!
「いつそんな話になりました? 私、お妃になるなんて聞いておりません!」
不敬罪くそくらえで、私は王子様に向かって声を荒げたんですが、
「だってこれからするんだから、聞いてなくて当たり前でしょ」
「はぁぁぁぁぁ??」
素っ頓狂な声、出ました。
にこやかに何言ってるんですか! てゆーか、本人にプロポーズ(&許諾)する前に外濠埋めんなっちゅー話ですよ!
興奮しすぎて頭の血管切れそうです。
「——とにかく私はお妃候補のお話を聞いておりません」
なんとか冷静に話をしようと心を落ち着かせ、低い声で王子様に言いました。ええ、別に怒ってませんよ?
「候補じゃなくて本命だよ。本当はあの日——舞踏会の日に言うつもりだったんだけど、リヨンは、僕が他の女性に捕まってる間に帰ってしまったじゃないか」
そうだったそうだった。あの日私は、王子様がリールとニーム(ついでにお義母様)に捕まってるのを幸いにトンズラしたんだった。いや〜あの時はリールとニームに感謝しましたね。
ん?
てゆーか、そもそも私はあの日あの場所にいたってまだ言ってませんよ!
そうだ、あれは別人。私じゃない、別の誰かが『フォルカルキエ家のリヨン』になりすましてたの。この短時間で色々ありすぎて設定忘れるとこだった。
一つ大きく息を吸い込み、心を落ち着かせてから私は王子様に言いました。
「それは人違いじゃありませんか? 私はあの日、家におりました。普段の仕事が忙しいので、義母たちの留守の隙に惰眠を貪ってましたもの」
おかしなことを言う王子様ですね〜みたいな顔を作ってちょこんと首をかしげて。
私は内心『ドヤァ』だったのですが、
「僕はトロワでありショーレであったんだよ? 僕の目を誤魔化せると思ってる?」
私の茶番は王子様には通じませんでした。むしろ王子様の方が『ドヤァ』って顔になってるし。
そうだ、この人そうだった。ただの王子じゃなかった……。
でもトロワだってショーレだって、舞踏会にきていた私が本物かどうかわからないはず。
諦めるのはまだ早い。
「でも……本当に私ではありませんわ」
最後までしらばっくれましょう!
あの日着ていたドレスはボロ雑巾同然だし、ガラスの靴に至っては帰りの道中で脱ぎ捨ててきたし。——証拠はどこにもないんだから。
と、タカをくくってましたが。
どうしてもあれは『私』じゃないと言い張る私に向けて王子様はニコッと笑いかけると、
「そこまで言い張るなら仕方がないなぁ。ショーレ、あの人を呼んで」
「かしこまりました」
王子様はショーレに向かって誰かを呼んでくるよう言いつけました。
この場で呼び出されるって……まさかあの人? てゆーか、あの人しかいませんよね。私の嘘を見抜ける人……。
また嫌な汗が吹き出てきたのを感じつつ、誰が現れるのかをジリジリしながら待っていると、ショーレがその人を連れて戻ってきました。
「はあ〜い、リヨン!」
軽い挨拶とともに私の前に姿を現したのは、あの日うちにやってきた魔女でした。
「……やっぱり」
おぉ……この人出てきたら、もはやしらばっくれようがないじゃない……。
しかもその手に持ってるのは。
「ガラスの靴……」
「も〜リヨンったらぁ大事な靴を脱ぎ捨てちゃってぇ。ダメじゃない!」
あの日脱ぎ捨てていったガラスの靴。両方ともご丁寧に拾われてましたか!
脱ぐだけでなく割っときゃよかった……っ! っていっても強化ガラス製だから割れないか。
いえいえ、それは私のじゃ(以下略)……って抗おうとしたんだけど。
「もちろんこれは指紋採取済み。リヨンのものだ」
「科捜研もびっくりですね!」
王子様、そこまで調べてましたか。おお……万事休す。
「ほらね、あの日、舞踏会にきたのはリヨンだよね?」
魔女の登場(アリバイ崩し)とガラスの靴(物的証拠)の存在にがっくりうなだれる私に、またしてもいい笑顔を向ける王子様。
「……そうです」
もうお手上げ。自白します。
「じゃあ、話は戻るけど」
「はぁ……」
話が戻るってことはプロポーズってこと?
私の手を握り、その水色の瞳を真っ直ぐ私に向ける王子様と——めちゃくちゃ眉間にシワ寄せてる私。
そんな私を見てクスッと苦笑して。
「フォルカルキエ子爵令嬢、僕と結婚してくださいませんか?」
「お断りします」
即答してしまいました。
「…………」
王子様が笑顔のまま固まっています。え? まさか『OK』してもらえるとでも思ってたのかしら? そもそもOKなら逃げ隠れしてないでしょ。
一瞬シーンと部屋が静まり返ったのですが、
「リヨン! どうしてお断りするんだい?」
お父様の声で部屋にいるみんながハッと我に返った気配がしました。王子様、しかり。
「だって私と王子様では身分が釣り合いませんわ。子爵令嬢などをお妃にしては、この先王子様が軽んじられてしまいます」
もっともらしい言い訳をしました。めっちゃ正論ですよ!
うちの家、お金はあっても身分は低い。爵位はあるけどどちらかというと商人に近いし。頭の古いお貴族様あたりが『王家にそんな卑しい血が混じっては……』って言い出しかねません。
そんなもの、愛(と権力)さえあれば……とか言うかもしれませんが、答えはノンノン。そんなの夢ですファンタジーです!
「まあ……、確かに」
お父様は私の正論に納得したようです。
「王子様には王子様に釣り合う、分相応の方がいらっしゃいます。身分違いは幸せになりませんわ」
「そうだね」
よっし。お父様と私の間では『お断りしていいよね』という雰囲気ができつつあります。
「私も、分相応の方と一緒になりたいんです。トロワみたいな——」
イケメンでもなくハイスペックでもない、トロワみたいなごくフツーの人希望なんです!
ん? トロワ?
自分で言っててハッとなりました。
トロワは、今、私の手を握っている王子様じゃないですか!
うわぁ。めちゃ複雑……。
確かに私はトロワに好意を持ってました——多分一方通行だけど。
無事に王子様の追っ手から逃れられた暁には、改めてアプローチしようと思ってたくらいに。ほんとトロワったら鈍感なんだもの。もうちょっと乙女心をわかって欲しいものだわ……って、今は置いといて。
すると、
「トロワは僕だよ?」
私が一人、頭の中でグルグル考えているというのに、王子様がうれしそうに微笑んでいました。まあ確かに『トロワみたいな(=王子様)』って言っちゃったけど。
「そうですけど、そうじゃないんです!」
「どうして?」
「トロワは一般庶民だけど、王子様は一国の王子様です。全然違う」
「でも中身は一緒だよ」
「中の人は一緒だけど……性格が違う、ような。あの……王子様? トロワの時は〝トロワという人〟を演じていたんですか?」
おしゃべりしたり買い物したり、薬草摘みに行ったり。楽しく過ごしたあの時間、貴方はどういう気持ちだったの?
私は楽しかったんですよ? 笑ったり焦ったり、ちょっとヤキモチ焼いてみたり。この人のこと好きだなって思うくらい。
なのに、ただ『トロワ』を演じてただけというなら——王子様ぶん殴って帰ってやるっ!
どんな答えが返ってくるのか、じっと王子様の水色の瞳を見ていると。
「演じてなんかないよ、ただリヨンと一緒にいる『トロワ』だ。素の僕、と言ってもいいかも。城で会う、令嬢然としたリヨンより、飾らないリヨンと話をするのが、僕はすごく楽しかった。城で——公の場にいる僕の方が、むしろ作られたキャラだからね。ショーレと入れ替わってるのに気付かれないよう、必要以上に無愛想にしてた」
不愛想キャラは作り物だったんですか。
そして私と一緒にいたトロワが、本当の王子様の性格なんだ。あれなら『プランセ・シャルマン』と言われても納得ね。(笑)はなくても大丈夫。
私といて、楽しく思ってくれてたんだ。
——王子様も、私と同じ気持ちだったんだ。
「そう……なんですか」
「今こうやってリヨンから他人行儀にされてるのも、ほんとはすごく寂しい。ねえ、いつもみたいに普通に話して欲しいんだけど」
「あ、それは無理です」
「え! なんで!?」
「だってここはお城ですし、今の貴方は王子様ですから」
涙目になってこっち見てもダメですよ。あ、なんか今、トロワっぽい。
でもすぐに咳払いをして仕切り直した王子様。
「まあそれはいい……僕は『王子』かもしれないけど、中身はリヨンもよく知ってる『トロワ』だ。それでも僕と結婚してくれないのか?」
もう一度口説いてきましたので、
「お断ります」
きっぱりお断りさせていただきました。
「頑なだな! どうして? リヨンは僕と仲良くしてくれてたと思ってたけど、そうじゃなかったのか?」
二回目も断られてショックなのか驚きなのか、焦った顔になる王子様。
王子様のことは全く知らないけど、トロワのことは好きよ。でもね。
「はっきり言いましょう。先ほども父に言っていた通り、私などのような身分の低い者を妃にしては、王子様が苦労するだけです。私を妃にしたことで陰口を言う者も出てくるでしょう。それら全てから私を守れると断言できますか? 王子様と結婚することで、いらぬ誹謗中傷の的になるのは御免です。ハイスペックで見目麗しい王子様ですから、これからも美しい女性に言い寄られることも多々あるでしょう。嫉妬に苦しむのは御免ですイケメン滅びろ」
はっきりお断りの理由を言わないと王子様は引いてくれなさそうなので、私は本音をまくしたてました。後半は前世絡みの恨みつらみも入ってますが。
あ〜スッキリした。
これでさすがの王子様も諦めてくれるでしょう。
私もトロワを諦めます!




