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驚きは続く

 なんかおかしな夢を見ていた気分…………頭が重い。


 私は、いったい、どうなったんだっけ?


 えーと、行方不明だったお父様が生きてて、トロワがショーレで、ショーレが王子様で、だからつまりはトロワが王子様ってことで……?

 一度にいろんなことが起こりすぎたから、私の情報処理能力がキャパオーバーして、フリーズからのシャットダウンしたんだった。

「う〜ん、う〜ん」

 まどろみながら唸っていると、


「リヨン、気がついた?」


 そう言って誰かが私の手をぎゅっと握りしめてきました。

 この声は……、お父様?

 うっすらと目を開けると、そこには心配そうに私の顔を覗き込むアメジストの瞳が飛び込んできました。ああその色、やっぱりお父様だ。

「おとう、さま」

「大丈夫かい? 急に倒れたからびっくりしたよ」

 お父様は優しく私の頭を撫でてくれました。それだけでも心が落ち着くというもの。 

 私はしっかりと目を開き、今置かれている状況を把握しようとしました。

 でもここはどこ? 

 かわいらしい天蓋のついたベッドに寝かされていました。うん、自分ちのベッドじゃない。

「ここは、どこ?」

「王女様のお部屋だ」

「そう」

 まだお城から出してもらってませんでしたか。チッ。

 ここがお姫様の部屋だとわかった途端に半目になってしまいましたが、さらに私の機嫌が降下する事態が。


「急にカミングアウトしてしまってすまなかった」


 私のもう片方の手は、なんということでしょう、王子様が握ってましたよ。

 申し訳なさそうにしていますけど……チッ、いたのか。

 てゆーか、あなたはどっち?

「あなたは……王子様? それともショーレ? どっちですか?」

「本物のシャルトルだ。リヨンのよく知ってるショーレであり、トロワである」

「……ややこしくてまた気を失いそうです」

「それは困った」

 と言って困った顔をするのは、本当に王子様でしょうか? 今まで表情なんてまるで見せなかった王子様ですよ? むしろショーレと言われた方がしっくりくる。


 てゆーか、私、ずっと王子様にタメ口きいてたのか——!! 


 ショーレが『普通にしゃべって』って言うから素直にタメ口でしゃべってたけど、あのショーレも『王子様』だったわけでしょ? あわわ。

 私、猫もかぶらずいろんなこと言ったよね……ヤバイ。王子様の悪口っぽいことも言っちゃってた気がする。

 でもでも、ショーレも結構毒舌だったわよね? あれが素の王子様? 

 これまでの私とショーレの会話を思い出してギョッとしたら、

「いつも通りに話してくれていいんだよ」

 って、王子様?! 人の心を読まないで!


「リヨンも目覚めたし、そろそろ次のゲストを呼びたいんだけど」

 私が落ち着いてきたと見た王子様が、私を抱き起こしながらショーレに合図をしました。

「ゲスト?」

「そう」

 今度は誰を呼んでくるんだろうと私が首を傾げていると、王子様は私にふわりと微笑んだと思うと次の瞬間にはスッと冷たいいつもの顔になって、

「連れてこい」

「はい」

 さっき大広間でお父様を呼んだ時とは違い、事務的な声でショーレに声をかけました。

 今日はやたらゲストが多いのね……違くて。

 誰が来るのだろうと扉に注目していると、


「アベビルがここにいるんでしょう? ああ、うれしい、早く会いたいわ!」


 という声が外から聞こえてきました。——この声はお義母様!?

 お義母様、まさか私がここにいるなんて思ってないでしょう。姫様のベッドにいる私を見て、どんな顔するのかしら。そして私のことを、お父様や王子様、その他ここにいる人たちの前で『サンドリヨン』と呼ぶのかしら。


 いつものお義母様の態度を思い返してブルーになりかけ一瞬体を硬くしたら、王子様が小さな声で「大丈夫だから」と囁き、手をキュッと握ってきました。


 何が大丈夫なんだろう?

 これから何が起こるのかしら。

 お父様とお義母様の感動の再会? お義母様、お父様の生死も定かでないうちから次のお相手を探してましたよね? お父様、騙されちゃダメですよ!


 ショーレに案内されて入ってきたお義母様とお義姉様たちは、すでに涙を流しているようです。嘘泣きうますぎてびっくりするわ〜。いつもの傲慢さはどこ行った。


「アベビル! 無事でよかったわ!」

「お義父様、また会えてうれしいですわ!」

「お義父様、ご無事でよかったわ!」


 お義母様たちはそう言ってお父様のもとに駆け寄ろうとしましたが、ショーレや他の近侍たちに止められキョトンとしています。

「どうして近寄らせてくれないの!」

「まあお待ちください」

 ヒステリックに叫ぶお義母様をショーレが冷たくあしらいました。美形が無表情って冷たさマシマシ! さすがはさっきまで氷の王子様やってただけあるわ。

 私や王子様はそんなお義母様たちをしらけた顔で見ていますが、お父様は今、どんな顔してるのかしら。

 久しぶりの再会に喜ぶのかな? いちおう愛する(?)妻でしょうし。

 気になってお父様を見ると——無表情でした。

 いつも感情豊かで優しい頬笑みを浮かべているお父様までもが無表情!? 

「どうなってるの……?」

 お父様の反応に私が驚いていると、私の手を離したお父様は一歩、お義母様たちの方に歩み寄り、


「私が留守の間のお前たちの行動は全部知ってるよ。私は自分が情けないよ。こんな女を後妻にしてたなんて」


 お義母様に向かってため息まじりに言いました。


 え? お父様、今なんて言った?


 お父様の言葉が一瞬理解できなくてぽかんとしたのは私だけではありませんでした。

「な……っ何をおっしゃってるの?」

 お義母様の顔はベッドからではよく見えないけど、声は動揺しているようで震えています。そりゃそうですよね、私を使用人としてこき使ってたことがお父様にバレてるなんて。私もびっくりだ。

 でもお父様は落ち着いていました。

「だから、全部知ってるってことだよ。リヨンにした仕打ちや、お前たちの行動全部をね。疑うならこれまでのことを列挙しようか?」

「「「…………!!」」」

 お父様の言葉に一瞬息を飲んだお義母様たちでしたがすぐに我にかえったようで、

「リヨンね! リヨンがあることないことアベビルに吹き込んだのね!! ふらっといなくなったと思ったら……そんな卑怯なことしてたのね! 私たちを嵌めようと……!」

 お義母様が叫びました。


 いやいやいやいや。私何も言ってませんけど? お父様に会ったのだって、ついさっきだし? お父様が留守の間のことを知ってるなんて、たった今知ったところだし?


 私は身に覚えのない言いがかりに密かに首を横に振っていると、横で王子様が笑いをこらえているのか下を向いて肩を震わせていました。ちょ、笑ってる場合じゃないんですけど?


「あの子はまったく性格が悪いんですよ!」

「お義父様の前と私たちの前では大違い!」

「お金遣いも荒いしわがままだし」


 ベッドには天蓋があるからお義母様の方から私が見えていないようで、三人三様、言いたい放題言ってます。でもそれ、全部ブーメランだと思うんだ。

 お父様、これ、本気にしないよね?

 お父様がどこまで私たちのことを知ってるのかわからないので、私は静かに成り行きを見守ることにしました。

「そうかい? それは全部お前たちのことだろう?」

「え? いいえ! リヨンのことですわ!」

「違う。お前たちが言ってたのは全部自分たちのことだ。それに私が話を聞いたのはリヨンからじゃない。他の、第三者から報告されたんだ」

「そんな……っ!」

「ええっ!?」

「どうして!?」

 その場に崩れるお義母様たち。

 それを助け起こそうともせず放置するお父様。

 お父様は子爵家の様子をいったい誰から聞いたの? と思って横を見たら……王子様がニコッと笑っていました。


 そうか、コノヒトさっきまで『トロワ』であり『ショーレ』だった人じゃないか〜い!


『ショーレ』はお義母様たちの動向を知ってただろうし、『トロワ』は私の現状を知ってた……!

 お義母様、トロワのいる時に私のこと『サンドリヨン!』って呼んだよね。


 あら〜お義母様、一番聞かれてはまずい人に聞かれてましたよ!


 詰んでるわ。

 王子様の笑顔にすべてを悟った私は天を仰ぎました。

 お義母様たち、これからどうなるんでしょうか?

 私はこの成り行きを見守るしかできません。まああの人たちをかばう気もさらさらないですけどね!

「私はお前たちの顔を二度と見たくない」

 お父様が冷たく言い放つと、ビクッと肩を震わせたお義母様たち。

 そしてそれに追い討ちをかけたのが……。


「僕も、僕の大事な人を邪険に扱っていたこいつらを許す気にもなりませんね」


 私の手を離しお義母様たちの前に姿を現した王子様が、お父様の横に並び立って言いました。


 ちょい待ち。『僕の大事な人』ってなんですか! 話の流れからするとおそらく『私』のことだと思うんですけど……待って。私、そんなのになった覚えはありません! ……あれ? お妃の件、私の勘違いだったと思ってたんだけどまさか……?

 私が王子様の言葉に冷や汗をだらだら流している側では、お父様と王子様対お義母様とお義姉様たちの修羅場が続いていました。

「ヴァンヌ、お前は離縁だ。リールとニームを連れてどこへでも行くがいい」

 お父様がそう言うと、

「本当は国外退去を命じたいところだが、そこまですると反発する貴族もいるだろう。しかし都にいてはいつか僕たちの視界に入ることもある。それは目障りだ。ということで都以外のところに退去を命じる。どこへなりと行くがいい。これから先、僕やリヨンの視界には一生入るな」

 王子様が続けて王都退去を命じてしまいました。

 私だってお義母様たちに会いたくもないですけど、たかがいち子爵家の娘を虐待しただけだっていうのに、『都に二度とくんな』とは、なかなか厳しい制裁ですね!

 私がお義母様たちへの処遇に驚いていると、納得いかないお義母様が声を上げました。

「そんな、家計が苦しいので器用なリヨンを使用人代わりにちょっと使ってただけだというのに『やれ虐待だ』とか『邪険に扱った』だとか! 挙句、都から出て行けなどと……失礼とは存じますが、王子様はリヨンとなんの関係もございませんよね? これは子爵家の問題でございますわ!」

 さすがは図太いお義母様。王子様相手に『子爵家うちの問題に口出すな』(意訳)って!

 崩れ落ちていたその場から王子様をにらみ、窮鼠猫を噛むというか、食ってかかって行きました。

 おいおい……王子様に向かって口答えしたよお義母様。

 王子様がどう対応するかハラハラして見ていると、ちらりと私の方を見た王子様が小さく笑いました。

 笑った?

 なんで笑ったの?

 その微笑みの意味がわからなくて、またすぐお義母様たちの方に向いた王子様の背中を見ていると。


「子爵家の問題? ではやはり僕の問題でもあるな。リヨンは僕の妃になる人だ。妻の問題は夫の問題だろう?」


「「「「いつの間に〜〜〜っ!?」」」」


 お義母様とお義姉様、そして私の声が見事にハモりました。

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