ショーレの謎解き
「ねえ、手を離してくれない?」
「え? ダメだよ。離したらリヨン、逃げるでしょ」
「…………チッ」
「レディが舌打ちしちゃダメだよ」
「…………」
ガタゴト……と心地よく揺られている馬車の中。無駄に上等な馬車は揺れも音も気になりません。
そんな心地良い空間のはずなのに、なぜか私には檻のよう。もしくは護送車。乗ったことないけど。
隣にはショーレ。その手はしっかりと私の手を握っています。もちろん私の逃亡防止のため。
トロワのお店で衝撃の展開——実はトロワがヅラだった! ……違う違う。実は『トロワ』は変装で、中身はショーレだったということが判って。
「まだまだ話したいことがあるから、僕と一緒にお城まで来てくれるかな?」
という『ちょっと署までご同行願いますか?(本日二回目)』を言われ、反論する時間も余裕もないままいつの間にか店の前で待機していた馬車に乗せられ、絶賛お城へ向かってる最中です。
「こんな小汚い格好の町娘なんてお城に連れて行ったら、護衛の騎士様につまみ出されちゃうわよ」
「そんなことするはずないでしょ。安心して」
「いやむしろつまみ出されたい感じなんだけど」
「はははは!」
ショーレは笑ってるけど、私はけっこう本気よ。
あ〜あ、上手く逃げられてると思ったのになぁ。
まさかこんなところに落とし穴があったなんて。敵は身内にあったか……。もっと、完全に逃げ切れるまで、何もかもを疑ってかかるべきだったのね。詰めが甘いというかなんというか……私のおバカ。
恨めしげにショーレの横顔を睨んでるというのに、ショーレは全然楽しそうにしたままってのがまた腹立つ。
やっぱり私にイケメンは鬼門なんだわ。
前世といい今生といい、イケメンに関わったらろくなことがない。私は普通に、平凡に生きていきたいだけなのに。シンデレラストーリーなんていらない、普通の優しい人と出会って……いや、もう男は要らないか。もう懲りたわ。いちおうこの世界でも生きていく術(=化粧品屋)を身につけたんだから、私は一人で生きていく!
こちらはイケメン滅びろとショーレの横顔に呪いをかけてるというのに、
「リヨンはご機嫌斜めだね」
余裕の笑顔でこっち見てくるし。誰のせいで機嫌悪くなったと思ってるのよ。
「は? 私はサンドリヨンです。名前間違ってますよ」
「はいはい、それはもういいから」
「はぁ………それで、なぜ私はお城に連れて行かれるのかしら? 話ならあのまま店でもできたでしょ」
「そうだけど、なにせ王子がお呼びだから」
「どうして私が王子様から呼び出されなくちゃいけないのよ!」
「だってリヨンが王子の探し人だから」
「だからなんでよ! まさか……『僕は濃厚メイクが好きだったのに薄化粧流行らせやがって』ってお怒りとか?」
「ちが〜う!」
とんちんかんなことを言ったらショーレがすかさずつっこんできました。自分でもわかってるわよズレてるって。でも私はこれで押し切るよ!
「え〜? じゃあなんだろう? 僕にもメイク技術教えてくれ的な? 男性メイクアップアーティストとか、かっこいいもんね〜。って王子様、王族からジョブチェンジするつもりなのかしら?」
「それもちっがう! だから〜、そうじゃないって。そんなことでわざわざ騎士団使ってまで全力捜査しないよ」
そんなに全力で否定しなくても。いや、これは自分でも厳しいなぁとは思ってましたよ。万が一、そうだったらなぁという希望的観測を元に言いましたよ。
でも残念、違うって。
やっぱりここは物語通り『王子の想い人』ってやつ……? ものすご〜く憂鬱。
「ずっと、ショーレがトロワだったの?」
「うん、そうだよ。ちょ、痛いよ」
「ごめんあそばせ」
今はサラサラの金髪をちょいっと引っ張ってみました。——うん、ヅラじゃない。
「髪は黒いヅラをつけてたとして——瞳はどうしたの? トロワの瞳は黒かったわよね?」
「あれはメガネにちょこっと魔法かけてもらってたんだ。色彩変化のね。でも角度によっちゃバレるかもしれないから、なるべく前髪で隠してた」
「だからいつも鬱陶しい前髪だったのね」
「そういうこと」
目にかかるくらい鬱陶しかった前髪の理由がそんなことだったとは。
「それより貴方……仕事は? 王子様の側近ってそんなに暇なの?」
だいたい昼過ぎから夕方まで町にいたよね? 王子様の側近って、いろいろ忙しいんじゃないの?
「午前中に全力で仕事は終わらせてきてるから大丈夫だよ。それに、殿下の側近って言っても僕だけじゃないしね」
「まあそりゃそうだけど……」
午前中で終わるくらいの仕事量なのかしら?
腑に落ちなくて怪訝な顔になってたんでしょう、
「終わらなかった分は帰ってから処理したよ。残業」
「なるほど」
「ちゃんと残業手当もつくし」
「なんてホワイトな職場!」
「ははは」
ショーレは苦笑いしていました。
「それでもほぼ毎日半休状態だけど……薬草摘みに行った日は、丸一日休んだの?」
「まあね。休みは申請したらもらえるから」
「なんて素敵なホワイト職場。それに引き換えウチのブラックなこと……」
「まあまあ」
お城ってそんなに恵まれた職場なのね。羨ましい限りだわ。うちなんて(もっぱらお義母様たちのせいだけど)年中無休の二十四時間営業だっつーのに。
労働条件に食いついたらまたショーレが苦笑しました。
「……私が市場で行動する時間に合わせて町にいたってわけ?」
「そうだよ。だってリヨンにこっそり護衛をつけるわけにもいかないし……というより、自分で守りたかったっていうのが本音だけど」
「誰から守るっていうの? 町は安全だし、それに守られなくても私は大丈夫です!」
「いやぁ? ずいぶん悪い虫をつけてたけど?」
「はあ? 悪い虫ぃ?」
肉屋に八百屋、果物屋……とショーレが指折り数えるけど、それは全部友達です!
「みんな、ただの友達じゃないの」
「そう思ってるのはリヨンだけ」
「いやいやいやいや、私そんな勘違いしないから」
「ほんと。これだから鈍感は困る。そこらじゅうで牽制しなくちゃならない僕の身にもなってよね」
やれやれと肩をすくめるショーレだけど。
「頼んでないし!」
大きなお世話です! そして人のことを鈍感言うな!
そうこうしているうちにお城に着いてしまい、舞踏会の日と同じようにエントランスに立ちました。
「どうぞ」
「……ありがとう」
恭しく差し出されたショーレの手を取り身なりとは裏腹の優雅さで馬車を降りる私。
舞踏会の日と違うのは、私は〝サンドリヨン〟のままで、みすぼらしい服を着たイチ庶民ってところ。
公爵家のおぼっちゃまで王子様側近のショーレ様にエスコートされてお城の中を歩く……って、これ、どんだけ公開処刑よ!! 場違い感ハンパない!!
「ちょ、割と本気で帰りたい」
「大丈夫大丈夫」
いつもの『子爵令嬢リヨン』もしくは先日の『舞踏会バージョンのリヨン』ならまだマシだけど、このボロ服でお城はさすがに恥ずかしい。なのに腰が引けてる私を強引に引き寄せ歩かせるショーレ。お前は鬼か。なけなしの乙女心ってものを分かりやがれ全然大丈夫ちゃうわ!
私たちが歩いていく廊下の両端にはお貴族様や敬語の騎士様たちがずらっと並んでこうべを垂れてるんだけど、絶対『なんだこの小娘は?』って思われてること間違いなし。軽く泣きそうです。
ショーレが全然止まってくれないので渋々ついていく私。
そうこうするうちに大広間の扉が見えてきました。
舞踏会もここだったし、これまでのパーティーなんかもここ。この扉の向こうに王子様がいるのかと思ったらドキドキ……はしないです。苦々しい思いしかしないって、どうなんだろう。
でもショーレは大広間をスルーして、まだ奥に向かって歩いていきました。
「ショーレ? どこへ行くの?」
「このままだとリヨンが嫌でしょう? 着替えを用意してる」
ショーレが私の服を指して言いました。
「……随分用意のいいことで」
どこかでお着替えだそうです。
「さすがにこの姿では王子様のお目汚しですってか」
「違う違う。もう……今日のリヨンはひねくれてるね」
「ひねくれもので結構!」
「このままだとリヨンが恥ずかしいでしょ」
「もう十分恥ずかしいっちゅーの! 遅い!」
「ごめんごめん」
乙女心を察するならもっと手前で察してくれ! もう十分このみすぼらしい姿をお貴族様や騎士様方に晒した後だっちゅーの。
どこまでも朗らかなショーレとイライラマックスな私。平行線だな。
イライラしながら連れて行かれたのは、どこか見覚えのあるところでした。
ここは……ああ、前にドレスを汚されて着替えさせてもらったところだわ。ということは……。
私が記憶をたどっている間にショーレは扉の外にいた侍女に合図していました。そして侍女が扉を開くと——。
「お待ちしておりましたわ! さあ、湯殿も着替えも準備できておりますのよ」
満面の笑みで迎えてくれたのは王女様。そう、王子様の妹君です。
ドレスをお借りした日は王女様は不在でしたが今日はバッチリいましたね。
「なんの遠慮もいりませんわ。本当はゆっくり疲れも癒していただきたいところですが、時間がございませんの。それはまた次回ということで、さ、参りましょう」
王子様とよく似た美貌の金髪青い瞳の王女様は、自ら私の手を取り中へ案内してくれます。いや、さすがに恐れ多すぎでしょ!
「え? え?」
「さあさあ」
その白魚のような華奢な手を振り解きはしないけど、離してもらおうと手を引いても抜けないって貴女どんだけ力持ち?
ここでも有無を言わしてもらうこと叶わず、湯殿に放り込まれたのでした。
湯殿で綺麗さっぱり洗ったらドレスを着せられお化粧されて、〝リヨンちゃん舞踏会バージョン〟再びです。
「お化粧は、巷で流行りのナチュラルメイクにいたしました」
「…………」
「リヨン様が流行らせたのでございますよね? 素晴らしいです」
「…………ありがとうございます」
王女様お付きの侍女さん、ナチュラルメイクをバッリチ習得してますね! そういえばこちらをキラキラした目で見てる王女様もナチュラルです。
自分で言うのもなんだけど、どこのプリンセスか! って感じに出来上がってます。何気にドレスは舞踏会のときと同じ色——水色です。しかもあの日と同じように、きれに着飾ってるというのにぜんっぜんうれしくないし。
首飾りや耳飾りまで用意されててむしろ怖いんですけど!?
「………………」
完璧に出来上がった自分を鏡越しにジト目で見ていると、侍女に案内されて入ってくるショーレが映りました。
「うわぁ! リヨン、めちゃくちゃ綺麗!」
「ありがとー」
「何故に棒読み?」
「別に」
ショーレはめっちゃ笑顔で褒めてくれるけど、どうせこの後は王子様と感動(?)のご対面でしょう? 私には感動なんてないしむしろユーウツ。
「じゃあ、行こうか」
「……ええ」
またショーレに連行され、今度こそ王子様の元へ行くようです。
先ほどスルーした大広間に戻ってきました。やっぱりここか。
閉じられた扉の向こうに誰がいるのかわからないけど、もういい加減覚悟決めましょうか。
舞踏会の日、ここにいたのは私じゃありません。人違いです。そう言い張ろう。




