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豹変王子様!

 偶然なのか必然なのか、王子様と私の前に一本の道が。

 適当にやり過ごして適当に退散する予定だったのに!




 綺麗に割れた人垣の向こうから、時が止まったかのようにこっちを見ている王子様。

 ああでも、本当にたまたま私の前の人垣がたまたま綺麗になくなっただけで、王子様には私の存在なんて見えてな……


「そちらの、美しいお姫様。僕と一緒にダンスしてくれませんか?」


 ……くなかったですね。

 ばっちり見つかった上にダンスの誘いまできましたし。

 花道のようにぱっくり割れたところを、いい笑顔で一歩一歩私のところに近付いてくる王子様に恐怖しかない。

 ほんとスルーでよかったのに!

 

 王子様が私に注目するんだから、周りの目も私に向いていて。

「あら、王子様からお誘いかかるなんて」

「みんな自分からお願いに行ってるというのに」

 みんなが私を見、ヒソヒソと何かささやき合っています。

「でもあんなにお美しかったら、王子様もお見初めになるってものですよね」

 って、まあ確かに今日の私は綺麗に着飾ってますけど、好きでこんな格好したわけじゃないですからね! むしろこっちに来る途中で違う子に目移りして欲しい。


 気がつくと、王子様はしっかり私の前に立っていました。チッ。やっぱり私か。

 そっと手を取られ、

「僕と踊っていただけますか?」

 ともう一度言われたので、

「……私でよければ……」

「うれしいですね」

 蚊の鳴くような声で返事したのに、花が綻ぶような満面の笑みを見せた王子様。


 誰だこの人!? 別人か!?


 王子様の笑顔に周りからはため息がこぼれましたが、わたし的にはドン引きです。

 これまで何度も会ってきましたが、ことごとく仏頂面とか無表情とか、そんなんしか見たことないんですけど。『今日はお妃様探しだから、なるべく笑顔、笑顔でいきましょう!』とか側近に言われてるのかしら。そう考えてしまうほど、いつもと違う王子様です。ほんとに別人レベル。


 そして王子様にエスコートされ、行きたくもなかったダンスの輪の中心へ。

 周りからの好奇の視線が痛いです。こっちは市場で売られる仔牛の気分なのに。


 王子様と向かい合って曲が流れてくるのを待ちます。

 王家の証と言われる青い瞳が私をまっすぐに見つめてくるのが……今すぐここから逃げ出したい。

「今日は一段と美しいね。フォルカルキエ子爵令嬢」

「あ、ありがとうございます」

 しかも、私の名前覚えてた!!

 まさか私の名前を覚えてるとは思わなかったので焦りました。ああでも以前に一度、王子様に名前呼ばれたことありましたね。そのあとひどい目にあったけど。あの時の取り巻き令嬢たちもこのあいだの騒動で退場していったんですよねぇ。驕れる者も久しからず、盛者必衰だなぁ。

 

 やっと曲が流れてきたので、私たちは踊り始めました。


 王子様とは一曲踊れば解放されるのよね?(さっきまではそうでした)

 とりあえずこの曲をなんとか乗り切ったら本格的に帰る準備を……イヤイヤ、油断は禁物! 『こいつとは一曲限りで十分だ!(半ギレ)』と思わせるように仕向けなくちゃ。


 まずは定番、パートナーの足踏み付け〜。


 タイミングを見計らって、ちょうどいい頃合に王子様の足をムギュッ……って、今流れてる曲が簡単すぎてステップミスるところがな〜い! そうか、今日は貴賤問わず国内の女の人を招待しているということもあって、ダンスの曲はどれも簡単なものばかりなんですね。庶民に優しい計らいがこんなところで仇になるなんて。

 まごつくのすら恥ずかしいレベルの曲だけど、ここは恥をかなぐり捨てろ!

 テンポよく踊ってるふりをして、からの、足踏み付け。今日の靴、強化ガラス製のヒールだけど、ごめんあそばせ!

 今度こそ適当なターンのところで王子様の足を踏みつけました。


「……っ!」


 低いうめき声とともに、一瞬痛みに顔をしかめた王子様。それでもダンスをやめようとはしませんが……お怒りになった? ……まさか、足踏み付けの罰で処刑とか……ないですよね?

「も、申し訳ございません!」

 あわわ……と、今さらながらにやってしまったことの重大さに私が顔を青くしていると、

「これくらい大丈夫。どうしたの? 簡単なステップだったけど、緊張してる?」

 すぐにまた王子スマイルに戻ると、逆に私を気遣ってきました。拍子抜けしたっちゃそうなんだけど、やっぱりその笑顔が怖い! いつもの仏頂面の方がよっぽど心臓に優しいです。

「あ、はい。王子様とダンスなんて、夢のようで」

 夢っていっても、悪夢ですけど。

「そんなかわいいこと言って」

 王子様はクスッと笑うと、私をさらに抱き寄せました。なんで??


「?」

「緊張してるなら全部僕に預けて。大丈夫、君は僕に合わせてるだけでいいから」

「!!!」

 

 あま〜〜〜い!! 甘すぎて砂吐くかと思いました。

 王子様、こんなこと言うキャラだったの!? 王道王子様すぎて(リアルに王子様だけど)気持ち悪っ! あ、言いすぎですね失礼いたしました。


 そのあとは王子様の言う通り、ほんとに合わせるだけで難なく踊れました。いや、ほんとは踊れるんだけど。




 王子様にリードされるだけの楽チンダンスも、ようやく一曲終わりました。これで解放され……


「緊張は解けた? 次も簡単な曲だから。もう少し、このまま」


 ……ませんでした。

 王子様はホールドを解くことなく、次の曲を待っています。はたから見たら抱き合ってるみたいに見えるんじゃないでしょうか、これ。それにもう一曲って、お一人様一曲までじゃなかったんですか!?

「でも、他の方がお待ちのようですわ。ほら、周りのみなさまが王子様を熱心に見つめていらっしゃいます」

 周りからは『早く交代しろよ』という無言の圧がバシバシ飛んできています。きっと二曲も続けて踊った人いなかったんでしょう。

 やんわり『周り見ろよ』って言ったんですけど、

「大丈夫。まだ君と踊っていたい」

 って。やんわりじゃ伝わりませんでした。

 私にかまってばかりだと時間が無くなっちゃいます。私の記憶が正しければ、この物語、とあるバージョンで舞踏会は三日間開催されていましたが、ここでの舞踏会は今夜限りだからです。

 こうなったら側近に止めてもらうしか——。


 ショーレ! ショーレから言ってもらおう。


 私はショーレの姿を探しました。ショーレなら王子様の従兄弟だし、きっとズバッともの申せるはず。さっきは国王様のそばにいました。そちらに顔を向けると——バッチリ目が合いました。

〝一人一曲までです、って、王子を止めにきて〜!〟

 ショーレのところまで遠いし叫ぶこともできないのでアイコンタクトを試みましたが、ショーレはニコッと微笑むと小さく手を振ってくるだけ。こちらに来る気配もありません。そうじゃない。

 確かに、魔法使い(というよりむしろエスパー)じゃあるまいし、そんな都合よくアイコンタクトが通じるわけないか。

 もう、ショーレくん……こういう時こそ助けてほしかったよ……。


 ショーレに気付いてもらえないまま、次の曲が始まってしまいました。




 結果、三曲も王子様とダンスしてしまいました。新記録ですね。

 ヘタレな私は『足踏みつけ作戦』で『不敬罪』という言葉がちらついてしまって、それ以上何もできなかったし。

 足を踏んでからは終始王子様にリードされるだけのダンスだったので、体力的には疲れてませんが、精神的にはいろんなものがゴリゴリ削られていきました。

 とくに周りからの羨望の視線が痛かった。みんなの王子様を三曲も独り占めした形になっちゃいましたから、そりゃ私が悪者になっても仕方ありませんね。

 二曲目が終わった時にツワモノが現れていたんですよ?

 王子様に『次はわたくしと踊って頂けませんか?』とお願いしてきたお嬢様がいたんです。私は〝絶好のチャンス到来〟とばかりに『そうですわね、では……』と遠慮して王子様の腕を解こうとしたのに、王子様はその腕にさらにぐっと力を入れると、『ごめんね、まだこの人と一緒にいたいから』って、サクッと断っちゃったんです。女の子の勇気を台無しにしたらいかんでしょ王子様。好感度下がりますよ。

 そして捕獲……ゲフゲフ、ホールドされたまま三曲目突入となったんです。不可抗力です。


 さすがにぐったりしてきたので、

「王子様、お相手ありがとうございました。わたくしは疲れたので、むこうで休憩を……」

 と、私は一人で(・・・)椅子とテーブルのあるところへ行こうとしたのに、

「ああ、それはいけない。こちらにいらしてください。菓子も飲み物も用意してあります」

 王子様は私の手を離さず、そのまま席にエスコートしてしまいました。


 そこは国王様のいらっしゃる席のすぐ下に設えられた、王子様専用のお席。


 壇上の国王様の横だと、女の子たちが気軽に王子様と交流しにくいからでしょう。


「喉は渇きませんか? 美味しいワインがありますよ」

「果物の方がいい? それともプチ・フールかな?」


 甲斐甲斐しく私の世話を焼こうとする王子様……本当にあなたは私の知ってる王子様ですか?

 私の中で今までの王子様像が音を立てて崩れていきます。

 今までのあなたはなんだったんでしょうか? 怖いくらいに豹変している王子様に引いてる私がいますが、しかしそんなことで怯んでいてはいけません。

「お酒は結構ですので、さっぱりした果実水を。プチ・フールよりも果物の方がいいですね。もうこんな時間ですし」

 王子様が下手に出ているので、ここはそれに乗っかって『王子様に気も使えないわがままなお嬢様』を演じましょう。王子様に嫌われるためです!

 お菓子はこんな夜に食べたら太る原因ですよ。今何時だと思ってるんですか? もう十時ですよ、十時!……って、いつの間にそんな時間になってるの!


 ここに来て初めて時計を確認してびっくりしました。


 そもそも私に魔法はかかってないので、十二時には家に帰らなくてもいいんですけど。こんな長居するとは思ってなかった……。そろそろ帰りたいけど、でも正攻法で王子様に『帰ります』って言ったら、今のあの状態じゃついて来られそうな気がするなぁ。

 ここは王子様が別の人と踊りだす、もしくは話し出したら逃げる、というのが賢明かも。


「果実水、ミント水でいいかな?」


 王子様からミント水を受け取り、ぐい〜っと飲み干してると、


「ほら、このぶどうは甘くて美味しいよ」


 と、王子様手ずから私にぶどうを食べさせてきたので、ついうっかり〝ぱくっ〟と食いついてしまいました。……って、あ〜んされてどうするの!


 周りから見るといちゃいちゃしてるバカップルにしか見えませんよね。


 果物を盛り付けた皿を用意してくれたので、私はそれをいただきつつ、王子様はワインを嗜みつつ会話なんかをしています。周りの羨ましそうな視線が痛い。


 しかし今日の王子様は、今までの印象が覆される勢いで別人です。


 優しそうな微笑みに、私を気遣う紳士な振る舞い。今までの無表情・無愛想は一体なんだったんでしょうか? あっちが本物? こっちが本物?

 微笑みを浮かべた王子様は、これなら〝シャルマン王子〟と言っても不思議はないです。本人はそう呼ばれるのを嫌がってるらしいけど(byショーレ)。


 ハイスペックなイケメンで、女の子の憧れの的。


 そんな人と一緒にいるのって、やっぱり苦労する未来しか浮かばない。私には分相応の人でいいんです。普通の人——トロワみたいな。

 どことなくホワンとした優しい雰囲気とか、女心に鈍いところとか、適度な距離感とか。

 そういえば昨日、私ってばトロワに変なこと言っちゃったなぁ。


『私が舞踏会に行って、王子様に見初められてもいいってわけ?』

 

 思い出すだけでも赤面モノ。私はトロワの恋人でもなんでもないっちゅーの。ただの仲のいい友人その一。

 トロワだって、私を友達としか見てない感じだし。


 そうだなぁ——今日を無事に乗り切ったら、お屋敷を出て、独り立ちする。そしたらトロワにちゃんとアプローチしてみようかな。


「上の空だね? 僕が目の前にいるのに他のことを考えるなんて、悲しいなぁ」


 王子様の話に適当に相槌をうちながら頭ではトロワのことを考えていた私を、王子様がじとんと見ていました。おっと、ぼんやりしてたのがバレてしまったようです。

「いいえ、そんなこと。このようなきらびやかな舞踏会に気後れしてるだけですわ」

「舞踏会やパーティーには慣れてるはずなのに?」

「今日は特別ですもの」

 ああ本当に、早く帰りたい。


 ちらっと見た時計はもう十一時になっていました。


 そろそろこの独占状態をおしまいにしないと、本当に周りの女の人たちにシメられちゃいます。

 今度こそどうやってこの場から逃げようか——


「王子様、ぜひわたくしと踊ってくださいませ!」

「いいえ、わたくしと」


 すばらしくナイスなタイミングで王子様にお誘いがきました。


 この空気をものともせずに果敢にチャレンジしてきたどこぞのお嬢様、ありがとう! ……でも聞き覚えのある声だなぁ……。


 そう思って声をかけてきた二人を見ると——リールとニームじゃないですか! 後ろにはお義母様もいます。一体今まで何をして——と、まあそれはいいとして。

 二人は王子様の前で『私が私が』と争っています。ドサマギでお義母様までが『では、わたくしが先に——』とかでしゃばってきてるし。


 三人の勢いにあっけにとられる王子様、そして周りの人々。


 私には茶飯事。こんなの見慣れてますから全然平気ですけど。

「争わずとも、僕はまだこの方と——」

 王子様が立ち上がり三人を止めようとしていますが、これはまたさっきのセリフを言いそうになってますね。でもそうはさせるか!

「では、わたくしはそろそろお暇させていただきますわ」

 被せ気味に早口で言うと、さっと席を立って、人がたくさんいるところを目指して駆け出しました。木を隠すには森の中!

「子爵令嬢!」

 王子様が私を追いかけてきそうになったのですが、


「王子様、わたくしと〜!」

「ぜひ、わたくしと〜!」


 リールとニームがその両腕に縋り付いて引き止めてくれました。ありがとう二人とも! 明日はいい肉を奮発してあげますよ!

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