表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/71

潜んでたはずなのに

 ガタゴト……と馬車はお城に向かって走っています。思ったより速い速度で。それはもちろん魔法使いが『急げ』って御者に命令したからに他ならないんだけど。

 お城に着いたらどうやって逃げよう。

 受付けUターンするためにも、門からエントランスまでの警備とかしっかり見ておかなくちゃね。万が一の、身を隠せる場所とか。

 しかしこのドレス、明るい色だから暗がりでも目立ちそう。それにこのガラスの靴!

 私はため息とともに足元に視線を落としました。


 そこにはキラキラ輝くガラスの靴。


 魔法使い、しっかりこのアイテムを持ってきてやがりました。

 透明なガラスだと素足が見えてしまってデザイン的に微妙だと思うんですが、これはそもそもがうっすらと乳白色で、光の加減で色が微妙に変わる……オパールのような感じ。だから〝足の指先見えててカッコ悪い!〟とかありません。

 でもなぁ、ガラスって。

「時に魔法使いさんや」

「なんですかリヨンさんや」

「このガラスの靴、普通に歩いて大丈夫なものなの? ダンスしてる最中に割れたりしない?」

 ガラスの靴って、物理的にありなのかしら。

 だって歩くだけでも割れそうですよ? ヒールのところなんてめっちゃ華奢だし。歩いてる間に割れて、かけらが足に刺さって血の惨劇とか勘弁願いたいです。

「ああ、それは大丈夫よ! 私がちゃ〜んと強化魔法かけてあるから、飛んだり跳ねたり走っても割れないわ。だから安心して舞踏会を楽しんできて。ノリノリで踊れるわよ」

 にっこり。得意げな顔で答える魔法使い。

 さすがに飛んだり跳ねたりはしないけど、走るのは想定内なので問題ないと聞いてホッとします。

 っていうか。

「…………魔法、使えたんだ」

「失礼ね。ちゃんと使えるわよ」

 ツッコミどころ、そこ? と、じとんと見られましたが、だってあなた、うちでは一つも魔法使わなかったじゃない。

 まあいい。走れることがわかったので『ガラスの靴』のことは『普通の靴』と認識しておきましょう。




 そうこうしているうちに町外れの森を抜け、町を眼下に一望する高台にそびえ立つお城に到着しました。


 門衛は、表に二人。門のすぐそばにある詰所にはもう数人いるはず。

  

 私は門衛の人数と大まかな配置を頭に入れました。帰る時のためにね。

 私たちが通り過ぎた後も門が閉じられる様子がないので、今日は門が開かれっぱなしのようですね。ということは、いつも以上に門衛の守りは厳しいと思います。正規に帰る以外つまりトンズラは、ここは通れないってことですね。

 どこか、外塀の穴とか、そんなところから抜け出るしかないかしら。でもこのお城、結構山の上に建ってて周りは崖だから、どうなんだろう……?


 お城の敷地に入ったからか、馬車は速度を緩め、ゆっくり進んでいきました。観察には絶好のチャンスとばかりに、目を凝らして様子を窺います。

 お城のエントランスに続く中庭には、見渡しやすいからか、騎士様の姿は見えませんでした。

「あら、えらく静かになったわね」

 私が黙って外を見てるのを怪しんでか、魔法使いが声をかけてきました。

「ん。ちょっと緊張してきて」

「ふうん」

 嘘です。逃げる算段してました。

 魔法使いも適当な相槌で流してるけど、本当は私の考えなんて読んじゃってるのかしら。

 



 エントランスに着くと、王宮召使いの制服を着た男の人がすっと近付いてきて、恭しく馬車の扉を開けました。

「これはマダム・アングレット。ご機嫌麗しゅう」

「はいはいこんばんは。お姫様をお連れしたわよ」

「はい、承っております」

 召使いの後ろから現れた別の男の人——近侍の制服を着た——が、魔法使いに話しかけ、私を確認すると、手を差し伸べてきました。

 次はこの人にエスコート(という名の強制連行)されるんだ、私。


 ……おっと。これは受付けUターンできない感じじゃない?


 つつーっと冷や汗が背中を伝っていきました。




 受付けはありませんでした。

 顔パスって言ってたのはこういうことだったのか……と思うのも後の祭り、こうなったら会場に入って解放されたらトンズラするということに方向転換することにしました。

 そのためにも会場にはできるだけ目立たぬように入りたい。


 魔法使いが先を行き、私はその後ろを近侍に手を引かれて舞踏会会場に連れて行かれ……もとい、案内されています。エントランスでほのかに聞こえてきていた音楽が、少しずつ大きく聞こえるようになってきました。会場はもう直ぐのようです。


 舞踏会の会場——つまり大広間——は、三〜五階をぶち抜いた、だだっ広い部屋です。

 正式には四階に大きな扉があり、そこから降りる階段を使うのですが、そんなところ通って入ったら嫌が応にも目立ちます。なにせ玉座と正対してますから。前世の記憶でいうと、とある歌劇団の大階段みたいなものですね。歌わないし羽も背負わないけど。


「あの〜」

「なあに?」


 前を行く魔法使いの背中に私が声をかけると、こちらを振り向いてくれました。

「私って大遅刻じゃないですか? ですから、会場に入る時はできるだけ目立たないように入りたいんですけど」

 私は魔法使いと、近侍にお願いしました。

「それは……」

 近侍は真面目にどうしようか考えているようでしたが、

「まあいいんじゃないかしら? どうせすぐに見つけるだろうし」

 魔法使いは私の顔を見てニヤッと笑いました。なんか今、さらっと嫌なこと言われた。

「しかし……」

「王子に文句言われたら私のせいにしなさい」

「……かしこまりました。では、三階の扉からそっとご案内差し上げます」

 渋る近侍に魔法使いが凄みのある笑みを向けると、すぐさま許可がおりました。このなんともつかみどころのない魔法使いが、近侍よりも格が上で、あの王子に対しても強く出れる人だということはわかりました。偉い人……なのかしら。

「ついでに言うと、声かけもやめてくださいね」

 声かけというのは、会場に誰かが着いた(入ってくる)時に『〇〇様、いらっしゃいました』的なコールです。

 今回は庶民も大勢参加しているのでいちいちやってないでしょうけど、いちおう、念のため。


 三階の、大広間に続く扉の前。開ければもうそこは舞踏会会場です。

「できるだけ、こそっとお願いします」

「かしこまりました」

 私のお願いを聞いた近侍は、その重厚な扉を人一人通れるくらいの隙間でそっと開いてくれました。

 そこに滑りこむようにして入った私。

 また扉をそっと閉め、背をもたせかけて息を吐きました。そしてゆっくりと会場を様子見しましたが、誰も私が入ってきたことを気に止める人はいないようです。

 よし、潜入成功……って、潜入するのが目的なんじゃなくてここから脱出するのが目的だっつーの。危ない。目的が迷子になるところだった。


 会場ではちょうどダンスが行われているところで、王子様が中心に、その周りで他の人々が踊っていました。


 今日の舞踏会は女性オンリー。この場にいる男性といえば、国王様、王子様、その近侍と近衛騎士くらいです。だから、ダンスしてる人も男性パートを女の人がこなしていました。多分王宮女官とかそんな感じの人でしょう。

 女性ばかりの輪の中で男性は王子様だけ。どんなハーレムだこれ。


 王子様の観察はほどほどに、会場がどんな様子なのかを知るために、人のいるところに移動しましょうか。

 私はひっそりと壁伝いに移動しました。

 近くに王子様の方を見て話に花を咲かせている女の子のグループがあったので、話を聞いてみようと近付いてみると、


「王子様と踊りたいけど、こうライバルが多いと無理っぽいわねぇ」

「早く私も誰かと踊りたいわぁ」

「ほんとね〜」

「王子様のお相手が決まれば、他のお貴族様との出会いも解禁されるんでしょう?」

「そっちの方が確率高いかもね」


「………………」


 そんな会話が聞こえてきました。

 そんなルールあるんだ……。

 てゆーか舞踏会ここにいる女の子はみんな王子様狙いなんじゃないの? 別に他の貴族でもいいってわけ!? なんか現実的だなぁ。


 さらに会場を観察していると、国王様のそばにショーレの姿を発見しました。今日は壇上の王族席にいるから、ちゃんと(・・・・)お仕事してるようですね。

 ショーレが遠くにいるから、私が私だということはバレないんじゃないでしょうか。これは好都合かも。




 曲が終わり、王子様のお相手が変わりました。それと同時に周りのペアも変わります。


「王子様、この会場に来てる全員と踊るのかしら? それってかなり重労働だと思うけど」


 私はひとりごとを言いながら壁際に身を潜めています。

 壁の花なんてぬるいこと言いません。気分は壁紙。


 ダンスフロアの中心に王子様。その周りに女性オンリーのダンスの輪。そして壁に沿うようにテーブルが並べられ、ご馳走やお菓子、飲み物などが置かれています。疲れた人は適当に座れる椅子なんかも用意されていて用意周到。これなら夜通しパーティーできますね!


 って、そんな今日の会場の説明してる場合じゃなくて〜!


 逃げ道確保しなくちゃですよ。


 外に出られるのはさっき入ってきた扉だけ。ここは三階だから、窓から出たら死にます。それは嫌。

 じゃあさっき入ったあの扉を使って、元来た道を戻れば……うん、脳内シミュレーション完璧です。




 しばらく飲まず食わずで壁際でおとなしくしていました。極力ショーレから遠く離れたところで。ショーレに見つかったら一巻の終わりです。

 あとはいつ脱出しようか……と、タイミングを見計らっていた時、ちょうど曲が終わり、ダンスの入れ替え(?)が行われようとしていました。

 その時、たまたま私の前に人がいなくなり、たまたま王子様と私を隔てていた人垣がなくなってしまったんです。


 パカーンと開ける視界。その向こうには、こちらを見ている王子様。


 ……今、目が、合った?


 ドドドドド……と、早鐘を打ちだす私の心臓。

 いやいや、気のせい気のせい。王子様、視力悪いかもしれないしね! 隣の子を見てるかもしれないしね! ……って、隣いないけどね!


 また嫌な汗が背中を伝って行ったってば!


「大丈夫、落ち着いて。ヒッヒッフー……ってなんか違う気がする」

 焦る自分に言い聞かせ、深呼吸しました。じゃあ、そっと視線を外して、そっと、そ〜っと移動しましょうか……人のいるところへ。

 何も気付かなかったふりをして、私はまた、王子様との間を隔てる人の壁を探してしれっと動きました。

 少し動けば王子様なんてすぐに隠れちゃいました。これで大丈夫。今のは事故です。私が王子様の視界に入ったはずがない(と思いたい)。


 なのに。


 また人垣が割れました。今度は意志を持って。


 サァッと人々が左右に分かれ、道ができました。そしてその先には、もちろん王子様が。

 そしてこちらに向かって一歩一歩……。


 いぃぃぃ〜〜〜やぁぁぁぁ〜〜〜!


 笑顔で近付いてこないでください!! 軽くホラーです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ