そして舞踏会、当日
「あ〜あ〜あ〜あ〜、どうしましょう! 今夜のドレスが決まらないわ!」
「どうしましょう」
「どうしましょう」
とうとう来ました舞踏会当日。
いつもはがっつりお寝坊なお義母様たちが珍しく早起きしたかと思うと、朝食を食べた後、ずっとクローゼットをひっくり返してあーだこーだ騒ぎ、右往左往しています。
「…………」
私はというと、朝からいつものルーティン。ご飯作って片付けて、掃除洗濯ああ忙しい。てゆーかお義母様たち、朝を普通に起きてきたから、一食ぶん増えたし。私の計算ではブランチだけで今日の食事はおしまいだったのになぁ。
ただでさえひと仕事(朝食)増えたんです。騒ぐお義母様たちは見ないフリするに限る。いちいち付き合っていたら仕事が終わらないです。
「サンドリヨン! ちょっとこっちに来な!!」
せっかく私が心を無にして廊下のモップ掃除をしてるっていうのに、お義母様ったら邪魔……ゲフゲフ、呼びつけてくるし。
「はい、お義母様。なんでございましょうか?」
「家の掃除はいいから、私の支度を手伝いな!」
「私のも!」
「いいえ、リールより私が先よ!」
「…………」
お義母様とリール、ニームが我こそとお互いを押しのけあっています。ええ……この醜い争いに巻き込まれないといけないのか……。
呆れのため息をついて時計を確認すれば、現在時刻はまだ午前十時を回ったところ。
舞踏会は夕方の五時スタートです。
今日はたくさんのゲストが招待されているので、開場はもっと早いでしょうけど、それにしても今から準備はいくらなんでも早すぎでしょ。本番には崩れてるわ!
「ええ……でも、舞踏会は夕方五時からでございましょう? まだ十時です。今からお支度していては肝心の本番が始まる頃にはすっかり疲れてしまいますよ?」
気を取り直してお義母様たちにそう進言すれば、ちょっと冷静になったのか、三人同時に時計を見て、ハッとなってます。普段昼前にしか起きてこないから、二、三時間ほど体内時計が狂ってるんでしょう。
「そ、そうね。お、おほほほほ!」
「ランチを食べてからでも十分よね」
「え、ええ、そうね」
各々笑ってごまかしながら各自の部屋へと消えて行きました。ふう、これでとりあえずは掃除に専念できます。まあ、昼からが大変でしょうけどね!
午前中、ひたすら無心になってルーティンをこなしました。
仕事はさっさと終わらせてしまわないと。お義母様たちを追い出したらひたすら惰眠をむさぼるんだあ……。
ランチも終えて、いよいよ午後に突入しました。そう、ここからが戦いです。
庶民の女の子のレベルの底上げはこれまで十分にやってきました。でもまだ手をつけてない場所(人たち?)があります。ええ、そうです。家にもいる、お妃様候補!(笑)
「さあ、お義母様たち! お支度しましょう! 今夜はビシィッとキメちゃって、王子様を射止めてきてくださいませ!」
「「「は、はい!」」」
バーンとお義母様たちの部屋の扉を全開し、遠慮会釈なくつかつかと入っていきます。目指すはクローゼット!
いつもはおとなしい(フリをしている)私が、俄然張り切って腕まくりなんかしてシャキシャキしてるもんだから、三人とも『どうした?』って顔で私を見ています。いつもの偉そうな態度も引っ込んじゃってます。
私は三人に背を向け、今日のドレス選びから始めました。ドレスに合わせてお化粧も考えるんで。
扉を全開したクローゼットを睨み、どれにしようか悩んでいると、背後からお義母様が声をかけてきました。
「サンドリヨン? そう言ったって、いつもはただ私たちに言われるままに支度を手伝ってただけじゃないか。それがいきなり……」
戸惑いを隠せないお義母様の声音。
確かにこれまでの私はお義母様たちのセンスになんの文句もつけず、ただ黙々と着付けを手伝ったり髪を結い上げたりしていただけでした。だってどうでもよかったんだもの。
でも今日は違います。
これまで培ってきたセンスと前世の知識をフル活用して、お義母様たちに似合う色、お化粧、ドレス、頭の先からつま先まで、トータルプロデュースさせていただくんです。
だから絶対、王子を落としてこい。
……失礼いたしました。かなり気が高ぶっていますね、私。
ドレスを睨むのをやめ、お義母様たちをゆっくり振り返りました。もちろん満面の笑みを貼り付けて。
「お任せください。今日のお義母様たちのために今、巷で流行っているというお化粧を学んできたんです」
ニコーっ。
自画自賛だけど、実際流行ってるから間違いではないでしょ。
いつもの私と違ってやけに堂々としてるからか、気圧されたようになってるお義母様たち。
「巷で流行りって……」
「あらお母様、知らないの? 今、庶民の若い子の中ですごい流行ってる化粧品屋があるんですって。そこの化粧品屋、お化粧の仕方も教えてくれるらしいのよ」
「へぇ」
「お茶会でよく噂になってたわ。市場の中にその店はあるらしくて、貴族じゃちょっといけないわねって話してたの」
「へぇ。若い娘の間でねぇ」
それでもまだ訝しげなお義母様でしたが、リールの話を聞いてどうやら納得したようです。
ふっふ〜ん。それ私のことなんだけどね〜。
噂を聞きつけたり紹介されたりしてお店に来るのは庶民の子ばかりだったけど、な〜んだ、ちゃんと貴族のご令嬢方にも私のお化粧の噂は流れてたんですね。まあ市場には庶民だけでなく貴族のお屋敷に仕えてる使用人さんもお買い物に来たりしますから、当たり前ですか。
「そう。そのお化粧品屋さんと知り合いになって、いろいろ教えていただいてきたんですよ。今試さないでいつ試すんですか!」
「そ、そうね」
お義母様がコクコクと頷きました。リールたちも一緒に頷いています。
今日は素直でいいですね!
ではまずはお義母様からいきましょうか。
ドレスはシックな黒にしました。大人の色香ってやつでいきましょう。王子様、熟女好みかもしれないですし。それに黒は引き締めカラー。お義母様の体型を少しでも締まったものに見せかけるためでもあります。
大人の女を醸し出すメイク……。
「…………」
「な、なんだい、そんなじっと顔を見て!」
「お義母様のお顔色を見て、どんなお化粧にしようか考えているんです」
「そうかい」
お義母様、痩せればもっと美人なんでしょうが……今さら遅いか。それでも肌は、高級化粧品を使ってるだけあってきめ細かでなかなか綺麗です。少し派手めの顔立ちは、若い頃さぞかし美人だったんじゃないでしょうか。
ふむ。
お義母様はその顔の造りを生かして派手めのメイクにしましょう。
方向性が決まればあとは早いもんです。
「では、いきますよ〜!」
いつも通りに化粧水、乳液、下地を作ったら塗装……ではなく、ファンデーション、頰紅、アイメイク、口紅。
どんどん塗っていきます。
「わぁ……サンドリヨン、すごい」
私が手際よくお化粧をしていくのを、リールたちが口をあんぐり開けて見ています。ふふふ。だってプロですから。
あっという間に、それでも仕上げは完璧に、お義母様のメイクは終わりました。
「ドレスはニーム義姉様に手伝ってもらってくださいませ。次はリール義姉様ですわ!」
「あ、はい!」
ドレスを手にしたお義母様をニームに押し付け、次のリールに着手です。
さて、リールはどうしましょうか。
お義母様に似てぽっちゃり体型なリール。顔もお義母様似で派手めです。
う〜ん、ここは思い切って小悪魔風でいきましょう!
紫を基調に、見せるペチコートは黒のドレス。胸元はその豊満なバストを見せつけるために大胆なカット。これで決まりです。これで王子様を悩殺してこ〜い!
いつもはあまりしない小悪魔メイク。
目の周りは濃いグレーのシャドーを使って、はね上げ、囲みでパッチリと。濃いめのリップで口元にインパクトをもってきて。仕上げのグロスは忘れずに!
これで小悪魔風お嬢様(見た目)、出来上がりです。
最後はニームです。
ニームは先のお父さん似なのか、中肉中背です。お義母様やリールのような派手さはありません。下がり気味の眉がなんだか貧そ……ゲフゲフ、儚い感じ……に見て取れなくはない。(かなり苦しい褒め言葉☆)
じゃあ清掃系——違う。清楚系でいきましょう。タレ眉生かして、儚い感じに。うん大丈夫、綺麗は作れる。
かわいいを前面に押し出したいところですが、お義母様やリールと一緒にいることを考えて、淡いピンクを基調にしながらもリボンやレースを黒にして、スタイリッシュな感じにしました。清楚系……? ギリ清楚系!
メイクははリールとは反対に柔らかいブラウンで、ふんわり優しい目元に。
チークもリップも優しいピンクでふんわりと。
これで清楚系お嬢様(若干モード系)、完成です。
「さあ、ドレスを着たらチャチャっと髪の毛いじっちゃいますよ! お義母様はアップがいいですね。リール義姉様は巻き髪で、ニーム義姉様はハーフアップでいきましょう」
「「「あ、はい」」」
お義母様から順番に、パパッと髪を結っていきました。
「ふう。出来上がりです!」
どやぁ。
額の汗を拭いながら(※マネだけです)、お義母様たちに鏡を見せます。
熟女、小悪魔系、清楚系。フォルカルキエ家からは三タイプご用意いたしました。王子様、お好みのタイプはございますか?
って、おふざけはこのくらいにして。
時計を確認したら、もう午後三時を回っていました。お城までは三十分ほど。開場まで時間的余裕はありますけど、早めに出て損はなし!
「あら大変です! もう三時を回っていますわ! さあ、馬車に乗って舞踏会に出発しなくては! お義母様たち、出かける準備してください」
「「「わかったわ!」」」
私は御者に言って馬車を玄関にまわさなくちゃ。
「招待状は持ちましたか?」
「持ったわ!」
「ハンカチは?」
「大丈夫!」
招待状さえ持ってればあとはなんとかなるでしょう。
「行ってらっしゃいませ!」
私は笑顔でお義母様たちを送り出しました。




