人事を尽くして天命を待つ
舞踏会まであと一週間。
働きに働いてますよ〜、私。もともと三百五十六連勤だけど、最近は休憩時間も惜しんで働いていますよ〜っと。
『お化粧品&アドバイスキャンペーン』の効果もあって、薬局のお仕事は千客万来。おかげで収入もアップしてるので、家出の時に必要な元手はかなり貯まってきたかも。
「リヨンちゃんのお化粧品を使いだしてから、お肌つるつるになってきたよ〜。他の子たちもみんな言ってる」
「あら、うれしい〜」
今日も友達を連れてきてくれたアルルちゃんが、友達にメイクをしていく私を見ながら言いました。
アルルちゃんはよくお客様を紹介してくれるのでとても助かっています。私の中ではVIP顧客です。
「そうそうアルルの言う通り。だから私も一度来てみたかったの。なかなか予約が取れなかったけど、アルルに相談してよかったわ」
スキンケアをされながら、今日のお客様も言います。
「うふふ、ありがとうございます〜」
「リヨンちゃんのお化粧が流行りだしてから、女の子たちの雰囲気変わったよね」
「うんうん、変わった変わった! あの子なんて、コッテコテのメイクが好きだったのに、今じゃふんわり乙女系のお化粧に変わっちゃったしね〜」
なんて、いろんな友達を引き合いに出しながらアルルちゃんとお友達は盛り上がっています。
まあ確かに猫も杓子もゴテゴテ盛り盛りメイクというのはなくなってきました。それに取って代わってワタシ発信のナチュラルメイクが主流になってきましたよね。それもこれもお客様が増えたからなんですけど。
派手系メイクも残っていますが、それはちゃんとその人に似合うからです。王子様の好みを模索すべく、ナチュラル一辺倒はやめましたから。
「みんな自分に合った化粧をするようになったんだよ」
私たちの話をニコニコしながら聞いていたおばあちゃんも参戦してきました。
「みんな若いんだから濃い化粧なんてしなくていいんだよ。それこそ私みたいなババアになってからでいいってもんだ」
「「「おばぁちゃ〜〜〜ん!」」」
そう言って笑うおばあちゃんですが、お歳の割にはお肌もシミひとつなくて綺麗だしハリがあると思いますよ? そういやおばあちゃんの実年齢知らないけど、ホウレイ線の感じからして、六十歳くらいかなぁ?? でも見ようによっては五十代にも見えるし。
トロワが『ばあちゃん』って呼んでたから、私も何も考えずに『おばあちゃん』って呼んでたけど、本当は五十代だったら失礼きわまりなしですよね。
「そういえば、おばあちゃんって、本当はいくつなの?」
今さら感満載なこの質問。
女性に年齢聞くのはタブーだけど、ここは女の子しかいない、いわば女子トークの最中だから聞いても大丈夫でしょう?
私がさりげなく聞いたら、
「ん? 私かい? 私ゃ七十だよ」
って返ってきてびっくりです。
私たち、三人三様にバッとおばあちゃんを振り返りました。当のおばちゃんはニコニコしてこっちを見てるだけ。多分私たちの顔には〝マジか〟と書かれていることでしょう。
普通に見て六十、見ようによっては五十……って、おばあちゃん、美魔女か! いや、魔女だけど。
自分に若返りの魔法でもかけてるのかしら。
おばあちゃんを観察したら、いいアンチエイジングの化粧品ができそうな気がする……。まあこれはおいおいの課題ということで。
とりあえずおばあちゃんの年齢は置いといて、お仕事お仕事!
お化粧のお仕事は舞踏会の前日まで予約でびっちりです。まさに王子妃特需、王子サマサマですよ。でも舞踏会当日には予約を入れませんでした。
なぜって?
それは、きっとお義母様たちが大騒ぎすると考えられるからです。あの人たち、自分でお支度できない人たちだから。
「このドレスはあの時のパーティーで着たしぃ〜」
「これはもう流行遅れよね。ああもうどうしましょ」
今だって、あと一週間もある(しかない?)のに、どんなドレスを着て行こうか、どんなお飾りがいいか、毎日部屋をひっくり返して騒いでるんですよ。
どれを着ていったって、王子様は欠片も覚えてないから大丈夫ですよ! ……とは口が裂けても言わないけど。
「せっかくだし、私たちの未来がかかってるんだから、ここは新調しようかしら?」
お義母様が言い出しましたけど、またお金使うんですかねぇ?
「仕立て屋さん、最近は大忙しのようですから、今から注文しても舞踏会には間に合わないのでは?」
私は冷静に進言しておきました。
「あらそう。じゃあ仕方ないわねぇ。手持ちの一張羅で我慢しましょ。そうだ、サンドリヨン。明日侯爵夫人のお茶会があるから、支度を手伝いなさいよ」
「かしこまりました」
急なお茶会入れないでほしいです。こっちにも予定ってものがあるんですよ。
特に予定が入っていないと思っていたので、お化粧の予約をいつも通り昼から二件入れちゃってます。
お茶会ということはお昼をまわってからね。お義母様たちのことだから朝寝坊してからのブランチで、そこからお支度して……うん、お仕事にはギリ間に合うかな。
私は素早く明日の予定を修正しました。お客様は少し待たせるかもしれないけど、走っていけば間に合うかもです。明日はお昼ご飯も抜きだな、こりゃ。
翌日、シミュレーション通りに動いたら、なんとかお仕事に間に合いました。お客様もお待たせしなかったのでよかったです。ただ、家から市場までダッシュしたら目眩がしました。完全に過労ですね。若さを過信しちゃダメですね。
お義母様がお義姉様たちにお茶会の話をしてたのが耳に入ったんですが、どうやら舞踏会では、王子様、招待客の一人一人と謁見するらしいです。
今回はお妃選びの舞踏会。どんな娘がいるか(好みの子がいるか?)品定め……ゲフゲフ、直接会って見極めるつもりですね。一瞬挨拶したくらいで何を見極められるのかわからないですけど〜。
そしてとうとう舞踏会前日。
「ん〜、やっぱり女の子のかわいさが向上したね」
薬局でのお仕事終わりの帰り道、トロワが周りを見ながら言いました。
確かに庶民の娘さんの美的レベルはかなり向上したと思います。
猫も杓子も同じお化粧(塗りたくり)から卒業し、自分に合った色、自分に合ったお化粧方法で飾った娘さんたちはすごくかわいくなったと思います。
私が言っても自画自賛にしかなりませんが、トロワやアルルちゃんたち、おばあちゃんも言ってくれてますので、これは本当のことなんでしょう。
「ふふふふふ……そうね!」
自然と顔がニヤけちゃってどうしましょう。
私が目指した『多種多様なタイプを舞踏会に送り出す』計画は、かなり成し遂げられたんじゃないでしょうか。
やりきった感があります。人事を尽くして天命を待つ。こんな充実感、初めてじゃないでしょうか?
その代わり私はヘトヘトですけどね、なんとかここまでこれました。
最近の平均睡眠時間は三〜四時間だけど、休めばなんとかなるもんですねぇ。もうナポレオン並みだよこれ。若いって素敵。
「こんなにみんながかわいかったら、王子様も目移りしちゃって大変かもねぇ。お妃選びを難航させちゃったかしら」
「そうだね。で、やっぱりリヨンは舞踏会にいかない気なの?」
「そうよ、ブレないわよ! それにこんなヘトヘトのヨレヨレの姿なんて、王子様に晒せません」
そうは言ったものの、今のヨレヨレの姿で舞踏会行けば、逆に王子様から敬遠してもらえるかも!? ……なんて思ってみたり。
いやいや、最後まで逃げ抜くためにはここはやっぱり不参加一択ですよ。とにかく今は逃げることだけを考えて!
目の下のクマとか肌荒れとか、舞踏会が終わったらじっくりお手入れしよう。このまま放置は女として終わってるもん。
私が自分の今の姿に幻滅して少し凹んでいると、
「何を言うの。少し痩せたなぁとは思うけど、リヨンは元がいいから全然かわいいよ」
「だぁぁぁぁ! もう、トロワァァァ!!」
小首を傾げてさも当然のように言うトロワ。
なんかこう、いつも思わせぶりというか、期待しちゃうようなこと言うよね、あなた。
友達以上だとは思うけど、私が想うようには、トロワは私のことを思ってなさそう。くそう、天然小悪魔め。
恨めしげにじとんとトロワを見上げるけど、「ん?」って、キョトン顔だし。
はぁぁぁ、もう。
「トロワはさぁ、私が舞踏会に行って、王子様に見初められてもいいってわけ?」
自分の中で何かがブチっと切れた音がしました。
それが何かはわかりませんが、モヤっと感じたものが言葉になって口から出てしまったものは仕方ない。
まるで引き止めて欲しいみたいな、かまってちゃんか、私! そうだよ。私とトロワは恋人でもなんでもないんだから。
ああもう、今のは完全に失言! なしなし、リテイクお願いしま〜す!
トロワも、いきなりそんなこと言われたからか固まっちゃってるし。
「ご、ごめん! 変なこと言っちゃった」
焦って手をぶんぶん振って否定したけど言ったものは取り消せない。この場から消えたい〜! 穴があったら入りたい〜!
私がめちゃくちゃ焦っているというのに、
「う〜ん、それは考えてなかったなぁ。そうだよね、これは王子様のお妃様を選ぶ舞踏会なんだから、その可能性はゼロではないよね。美味しいものや美味しいお酒が飲めるお祭りくらいの感覚だったよ」
頭をぽりぽりかきながら答えるトロワ。……やっぱりあんまり考えてなかったか。
デスヨネ〜。
なんかガクッと力が抜けました。
お妃様に選ばれるのなんて、何百分の一っていう確率。こんなイチ使用人(本当は子爵令嬢だけど)が選ばれるって考える方がおかしいですよね〜。ただ私が『サンドリヨン』という物語の主人公で(多分)、ちょっとばかし他の女の子たちよりも当選確率……もとい、お妃様に選ばれる確率が高いということで一人焦ってるだけですもんね〜。
「そ、そっか。そうだよね、あははは。変なこと言っちゃってごめん。私はあんまりそういうのに興味ないから、行かなくていいの。舞踏会より惰眠の方がうれしいの」
適当に笑ってごまかし、今日のところは別れました。
舞踏会まで、あと一日。




