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多忙です

「あ〜、ミスった。ショーレに会えない」


 痛恨のミス。

 それに気付いた私は机に突っ伏しました。


 そもそも毎月のようにパーティーやってたのって、お妃候補との顔合わせ的な、王子様のためだったわけで。

 そして大々的に『お妃様を見つけるための舞踏会』って謳ってる催し物がひと月後にあるっていうのに、それまでにわざわざパーティーやりませんよね王子様たちだって。

 ということは、たかが子爵令嬢の私——しかもただいまお父様は絶賛行方不明中——が、王子様付きの側近であり公爵家のおぼっちゃまでもあるショーレに会う手段なんてないんですよねぇ。これが。

 友達だからって『やっほーショーレ! 遊びに来たよ〜』てな具合に公爵家に行くわけもいかないし。

「ショーレに会って王子様の好みを聞こうと思ったのに。この先ショーレに会えるとしたら舞踏会本番じゃない。意味ないわ〜。いきなり計画が躓いた」

 あ〜あ。王子様の好みを聞いてその系統の美女をあてがおうって思ったのにぃ……ダメか。


 じゃあ、どうしよう?


 スレンダー、ぽっちゃり、スラリ長身、ちんまり小柄。熟女に少女、……世の中にはいろいろおりまして。

 幸いなことに舞踏会は『国中の女子全員』ご招待。ということは、ありとあらゆるタイプがいるってことなのですよ。

 王子様の好みはわからないけど、ものすごい数いるんだ、そのうちの一人や二人くらい王子様のストライクど真ん中がいてもおかしくないでしょ。

 とにかく大勢の女子がいるんだから、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる作戦で、できる限りの〝タイプ〟を舞踏会に送り出そうじゃないですか!

 ありがたいことに口コミで化粧アドバイザーの仕事は順調、おまけに最近の〝お妃様特需〟でさらにお客様が激増しています。都の女の子は一通りお化粧しに来たんじゃないの? っていう勢いです。

 これからは、これまで以上に『お客様』という『素材』を最大限に引き出すお化粧をしていこうじゃありませんか! 王子様のニーズに応えられるようにね。

 ……って意気込んでますけど。


 なぜ私が、お妃様は庶民から選ばれると思ってるかって?


 なぜなら、貴族のお嬢様はこれまで散々王子様と面会してきているからです。


 ヴィルールバンヌ侯爵令嬢、メリニャック侯爵令嬢という二強がいたとはいえ、もし王子様に他に気になるお嬢様がいたのなら、あの二人がお妃候補から退場した瞬間に『○×令嬢を妃に』って言ってるはずなんです。

 王子様くらいの権力者ならそれで済むんです。

 でもそれをしなかったということは、貴族のお嬢様方から選ぶ気がないということでしょ? そしたらどこから選ぶの? ——庶民からでしょ!

 それに王子様の場合、私と違って『サンドリヨンの物語』は知らないはず。だから、舞踏会開いてお妃様にふさわしい子を探そうって考えたのは、さっき私が考えた通り——貴族のお嬢様はちょっと……って思った——なんじゃないかなぁ、と。

 まだ見ぬ運命の乙女を求めていざ舞踏会なんて、王子様、案外ロマンチストだなぁ。




 さて。方向性が決まれば、後は実行あるのみ。


『お化粧品&メイクアドバイス、キャンペーン実施中!』


 おばあちゃんの薬局の前に、そんな文言を書いた張り紙を貼ってみました。今でも十分繁盛していますが、お客様をさらに増やして美的レベルの向上、底上げしないと時間がありません。

 張り紙だけじゃありませんよ、口コミでもキャンペーンやってます。

 新規のお客様を紹介してくださった方には、お二人ともに化粧品サンプル差し上げます! ってね。

 前世ではごく一般的な手法だけど、こちらの世界ではそんなことやってるお店はどこもないからめちゃくちゃ新鮮で、雪だるま方式でお客様が増えていきました。まさか、こんなところでも前世の知識が役に立つとは……。

 お客様が増えた分、これまで一日に一人しかアドバイスしていなかったのを、時間を短縮して二人、予約をとるようになりました。これで二倍稼働できます。おばあちゃん家の片付けは後回し。引っ越した後からでもできるから、しばらくお預けですね。


 舞踏会を控えて、忙しさに拍車がかかってきました。


 午前中に家の掃除や洗濯を済ませ、のっそりと昼前に起き出してきたお義母様たちに遅めの朝食兼早めの昼食を食べさせ、片付けもそこそこに『夕飯の買い物行ってきま〜す』と家を出ます。相変わらず息つく暇もない生活やってます。

「今日の夕飯は安い薄切り肉を重ねてボリュームアップしたステーキもどきと、野菜の付け合わせ。それからパンとスープと……」

 今日、帰りに買っていかなくちゃいけないものをブツブツと反芻しながら、早足で市場の中を通り抜け、おばあちゃんのお店に急いでいます。

 肉屋の前を通り過ぎようとした時、

「おう、リヨン! 今日は何が必要なんだ〜?」

 私の独り言が聞こえたかのようなタイミングでスダンが声をかけてきてくれました。

「今日は薄切り肉をお願い! 一番安いのでいいわ」

 どうせ何を作っても文句言われるし、それにあの人たち、味なんてわからないもの。

「おう!」

「帰りに寄るから、お取り置きお願いしま〜す」

「わかったよ!」

 お取り置きとかしてもらえる常連って、こういう時ありがたい。

 スダンとそんなやり取りをしてから、私はさらに市場の奥に向かいました。


「やあ、リヨン」

「あら、トロワ!」

 ちょうどおばあちゃんの店の前でばったりトロワに出会いました。最近忙しかったから、何気に久しぶりかも。

「最近どお? 忙しそうにしてたから声かけられなかったけど」

「めっちゃくちゃ忙しい。もうほんと、目が回りそうよ」

「だろうね」

 私が『めっちゃくちゃ』というところに力を入れて答えると、トロワが苦笑いしました。

「お屋敷の仕事が忙しいの? それとも薬屋の仕事?」

「うん、どっちも忙しいけど、今はお化粧の仕事の方が忙しいかな」

「リヨンの化粧品の評判は上々だもんね。おまけにお化粧のアドバイスもすごく好評みたいだし」

「ホント?」

「うん。町のみんながよく噂してるよ」

 思わぬところで町の評判を耳にしたけど、おおむね好評みたいですね。町を行く若い子たちのお化粧のトレンドがナチュラルメイクになっていくのを見て手応えは感じていたんですけど、直接評価を聞くとホッとします。

「それにリヨンのお化粧が流行ってるおかげで、女の子たちがかわいさレベルが高くなったと思う」

「ホント!?」

「これもみんな——男どもが言ってるんだけど、ほら、前に流行ってた化粧ってやたら派手でケバケバしかったでしょ。あれは正直、キツかったからさ」

「そうなんだ〜」

「似合ってる子はいいけど、似合わない子が多勢だったし。こっちとしても〝ないな〟っていう子も多かった」

「ほほ〜」

 初めて聞く男性側からの貴重な意見。そっか、男の人たちから見ても今の化粧の方が好評なんですね。よしよし。

 ということは私は今のまま、頑張ればいいんですね!

 今の、トロワとの会話でちょっと自信がつきました。

「あ、でも——」

 トロワが一変、心配そうな顔になりました。

「ん? なあに?」

「メイクが好評なのはいいけど、リヨン、ちゃんと休めてる?」

「え? いつも通りだよ?」

 年中無休の子爵家(ブラック企業)ですが、お義母様たちが寝静まってしまえばちゃんと休めます。ただし起きてる間はずっと働いてますけどね。最近では、その労働時間がタイトになった上に休憩時間もなくなってるか。

 さすがにやりすぎ? いやいや、今が稼ぎ時だし、一人でも多くの女の子にメイクを伝授して、より多様なタイプの女の子を舞踏会に送り出さないといけないんですよ(勝手な使命感)。

 自分の勤務形態を思い返してちょっと苦笑いになっていると、トロワが顔を覗き込んできました。

「なんか働きすぎなんじゃないかなって思って」

「そう?」

 まじまじと顔を見られると、照れるというか、どぎまぎするというか……。今の私は『紺屋の白袴』状態。自分のお化粧はそこそこに、人のことばっかり構ってるから、あんまりお肌状態よくないと思うんです。だから、あんまりじっくり見ないでほしいんだけど。

 私は少しだけ、顔を伏せました。

「うん。最近ゆっくり話もできなくなったし」

「それは……ほら、舞踏会が近いから、お化粧の予約が殺到してるからよ! 舞踏会が無事に終われば落ち着くわ」

 そう、舞踏会が終わり、お妃様も決まり(ただし私以外の人物に限る)、子爵家を無事出奔できたら、晴れて自由の身! 時間にも余裕ができるってもの。

 そう、舞踏会までの我慢。大丈夫、気力で乗り切れるわ。

 舞踏会後の自由を想像して緩んだ顔をトロワに向けたけど、まだなんだか心配そうな顔をしたままのトロワ。

「そういうリヨンは舞踏会に行くんだよね?」

「え?」

「だって、国中の女の子を招待してるでしょ? ということはリヨンも——」

 おっとトロワさん、嫌なところにツッコミ入れてきましたね〜。

「私は行かないつもりよ。いくら国中の女の子を招待って言っても、さすがに使用人はないでしょ」

「他所の使用人は行く気満々でしょ」

「よそはよそ、うちはうち! ……っていうか、きっと舞踏会当日も仕事で忙しいと思うの。目一杯働いてくったくたのよれっよれになってるのに、その上自分を着飾って舞踏会に行く余裕なんて残ってないわよ」

「ん……でも、お城からの招待だよ?」

「一人くらいこなくたって、わかりゃしないわよ」

 私は意識的に不参加だけど、不可抗力で不参加の人だってたくさんいるはず。そんなのいちいち王子様たちだって把握しないでしょ。

 私が堂々のサボリ宣言すると、じっと私の目を見てくるトロワ。


 トロワって、私に舞踏会参加してほしいのかしら。


 やけに食い下がってくるなぁと、違和感を感じます。私が行かないと言ったら『あ、そうなんだ〜』って、軽く流すような人だと思ってたんだけど。

 私も、鬱陶しい前髪からのぞくトロワの黒い瞳をじっと見つめ返していると、フッとため息をついてから微苦笑に変わりました。

「舞踏会までまだ三週間はあるんだから、体には気をつけて」

「大丈夫、気力でカバーするから」

 グッと親指を立てて力強く首を縦に振ってみせました。

「今が稼ぎ時なんだもの、ちょっとくらい無理したって平気よ。落ち着いたらまとまってお休みでも取ろうかなぁ。思う存分ゴロゴロするの!」

「……まったく。倒れたりしないように気をつけるんだよ?」

「は〜い!」


 過労で舞踏会当日に倒れるのもアリかも——なんて思いついちゃった。



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