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告知が出ました

 子爵家いえを脱出するための第一歩、一人暮らしをする家は確保しました。片付けたり掃除したり、やることは山ほどあるけど徐々に取り掛かっていくつもりです。


「家オッケー、仕事、オッケー。持っていく荷物を少しずつまとめていかなくちゃね」


 屋根裏部屋わたしのへやで、絶賛断捨離中です。

 荷物は最小限に、小出しにおばあちゃんちに運び込みましょ。

「宝石類は全部持ち出し。これ以上リールたちに持って行かれないよう、気をつけなくちゃ」

 私は宝石類を巾着袋に詰め込みました。現金はお化粧品の売り上げがありますけど、足りなかったりもしもの時には宝石類これを換金すればなんとかなるでしょ。

 持っていくものはカバンに詰め込み。貴重品は最後に持ち出す、と。 

「ドレス類は要らないわね。庶民にドレスは無用の長物。普段着のワンピースなんかを少し持って行くくらいで足りそうね」

 あとはおいおい町で買いそろえたらいいし。

 ドレスの入ったクローゼットはそのままそっ閉じしました。

 おや。

 こうしてみると持ち出すものって貴重品と当面の着替えだけじゃない。

 大きめの鞄ひとつに収まりました。これなら一度で済みそうです。

「ふむ、引越しは案外簡単だわね」

 身軽に夜逃げできそうです。

「この部屋も片付けて、おばあちゃん家も片付けて、うん、これから忙しくなるわね」

 お妃選びの告知まで、後どれくらいあるのかわかりませんから、なる早で準備していきましょう!




 メリニャック侯爵とヴィルールバンヌ侯爵たちの捕縛劇が行われてから三日後。

「今日、新しい大臣たちの発表があったんだって。新しい財務大臣には、あそこの、ほら、あの人! ……誰だったっけ? えーと……」

 お義母様が夕飯の時に切り出したのは、今日お茶会から持って帰ってきた情報でした。

 今日、お城では財務大臣や軍の総帥、その他諸々の任命式があったそうなんです。

 

「へぇ」

「そ〜なの」


 ガシャーン!!


 リールとニームは関心なさげに適当な相槌を打ったのですが、私はすっごく動揺しました。手にしていたお皿を思いっきり落としてしまうくらいに。あ〜あ、お皿が粉々。下げるだけのお皿だったから、料理載ってなくてセーフですけど。

「サンドリヨン! なにやってるの!」

「申し訳ございません。すぐに片付けますわ」

「ほんっと鈍臭いんだから」

 お義母様からすぐさま怒号が飛んできました。

 慌てて割れたお皿の処理にかかりますが、心は上の空です。


 だって、政治が混乱どころか、めっちゃスムーズに次の人事決まってるじゃないかーい!


 時間稼ぎできないじゃない……。これは捕縛劇までに完璧な根回しありましたね。

 このまま行くとあっという間にお妃選びする余裕ができちゃうじゃないですか。なんてこったい。




 次の日。

 いつものように市場に向かいましたが、町はまったくいつも通りでした。

 新しい大臣が決まろうが、庶民には関係ありません。そわそわしてるのは貴族だけですね。庶民は増税だとか生活に直結することがない限り、政治がどうのこうのって気にしないんだろうなぁ。


 年頃の女の子(と一部そうじゃない女の人も)たちは相変わらずそわそわしながらお化粧品を買いにやってきます。そういや王子様の『お妃選びの基準』が発表されてから、売り上げが上がってますね。これは……お妃特需ですか!?

 お化粧アドバイスの予約も、もはや毎日入ってきている状態。予約がひと月待ちって、カリスマ美容師になった気分ですよ!

「リヨンのおかげで商売繁盛だよ。ありがとね」

「こちらこそ、お店の一角を貸してくれてありがとう、おばあちゃん。でもほんと、最近化粧品が飛ぶように売れていくわね」

 中には化粧水、クリーム、洗顔石鹸、保湿の美容液などなど、全部をおまとめで買って行かれるお客様まで出てきたんですよ。いつもなら選びに選んでどれか一品だけ、というお客様がほとんどだったのに。

「そりゃあ、お求めやすいお値段になってるからだろ」

「それはそうだけど」

 おばあちゃんの言うように、うちの化粧品はお値段控えめに設定しています。

 というのも、うちに来るのは若いお客様がメインで、彼女たちはみんな自分のお小遣いで買い物していくからです。そのうちお高いシリーズをマダム向けに作ってみようかな。

「みんな王子様のお妃様に選ばれたいから、綺麗になろうって必死なんだよ」

 そう言っておばあちゃんが笑いました。

「それね」

 確かに、綺麗になって王子様のお目に留まりたいってのが女心ってものですよね。普通は。

 なるほど〜と、私が感心していたら、

「これまでは自分の小遣いで買ってたけど、最近では親がお金をくれるらしいよ」

「娘を王子妃に、ってか!」

 おばあちゃんが声のトーンを落として耳打ちしてきた言葉に、なるほど、さらに納得。

 たくさん買っていく人は資金源ができたんですね! やっぱりお妃特需だわ。




 午前中に掃除洗濯、そしてお義母様たちのランチの用意をしてから市場に出かけ、昼からは化粧アドバイサーの仕事をして、時間があればおばあちゃん家の片付けもし、市場で買い物をしたらまた屋敷に帰ってお夕飯の支度。

 最近の私は息つく暇なく働いています。

 それもこれも平穏な庶民生活のため!

 目標があれば頑張れるんです。


 そしてとうとう、その日はやってきました。




 いつもの買い物バッグを手に市場に向かっていたのですが、その日はなんだか町中が落ち着かない様子でした。

 また何か騒動でもあったのかと思っていたら、市場の入り口のところに人だかりができているじゃありませんか。

「何の騒ぎ?」

 適当に近くにいた人に聞いてみると、

「お城からのお触れが貼り出されてるんだよ。例の、王子様のお妃様の件で」

 という答え。


 なに? お妃候補が決まったとか!?


 期待を込めて人をかき分け、お触れ書きが見えるところまで行きました。

 私は『スクープ! 王子妃は〇〇令嬢に決定!』っていう見出しを期待していたのに、


『シャルトル王子殿下のお妃様を選ぶにあたって、お城で舞踏会を開催する。

 この国の女性、すべてを招待するので奮って参加するように。日時は——』


 めっちゃ舞踏会のお知らせじゃないですか……がっかり。 

 ふっつーに物語通りの舞踏会のお知らせじゃないですか!

 しかもこのお触れ書き、町中・国中(これは後で知りました)、あちこち一斉に掲示されてるらしいんです。


「舞踏会ですって! 素敵!」

「開催は……ちょうど一ヶ月後ね」

「何を着て行こうかしら?」

「ママに頼んでドレスを作ってもらおう!」


 ざわざわざわざわ……お触れ書きの周りは人だかり、特に女の人たちのはしゃぎっぷりがすごいです。


「女装もアリかな?」

「え? お前王子様狙い!?」


 なんて言ってる男どももいますが、それ、アカンやつやで。


 期待はずれのお触れ書きを後にし、私はおばあちゃんの薬局へ急ぎました。

 だって私は舞踏会なんかに行かない気満々ですから、開催日だとか時間だとか、全然関係ないですもん。それより目先のお仕事大事。


 ささっと用意してお迎えした今日のお客様は、やっぱり〝お触れ〟のことで興奮気味でした。

「王子様のお妃様に選ばれるのは、どんな人なのかしら〜」

 夢見るようにうっとり話すお客様ですが、あの愛想なし王子を見たことあるんでしょうか?

 あんな愛想もへったくれもない王子の嫁になっても、楽しくなさそうなんだけどなぁ。


 てゆーか、そもそも、なんでみんなそんなに王子様のお妃様になりたいんでしょうか?


「お客様は王子様をご覧になったことは?」

 お客様の顔に化粧水をなじませ、雑談がてら聞いてみます。

「どこかにお出ましの時に、馬車の窓からチラっと見ただけ、かな」

 そんなもんです。

 この世界には前世でいう一般参賀的なものはなくて、たまに視察とかでお出ましになる王様ならともかく、王子様の姿なんて、庶民だとそうそう見る機会がありません。私たちは強制的に毎月のように見せられてましたけど。

「そうなんですね〜。チラっと見た王子様は素敵でした?」

「そりゃあもう! 銀色の髪がキラキラしていて。あんな素敵な方のお妃様になるって、素晴らしいと思うの」

「………‥え? 見た目、だけ?」

「見た目が素晴らしいから、きっと性格も素晴らしいのよ!」

「見た目と性格は比例するかどうか……」

「それに、王子様のお妃様になったら素敵なドレスや宝石が選び放題、美味しいご馳走、お菓子、キラキラした毎日が送れるんです」

「…………」

 かなり現実無視・妄想爆発ですね。でも庶民だと、これくらいの感覚なんでしょうね。

 王族の仕事とか、社交界での立ち回りとか、地味な部分はまるっと見えてないんですね。庶民だと貴族の生活とはかけ離れてるから、想像しろっていう方が難しいか。

 これが貴族のお嬢様だと『家族の出世』とか『派閥』とか『権力闘争』とかいう要因が混ざってきて、さらにドロドロしてくるんでしょう。


 そもそもあの王子様の性格がいいとか、完全に妄想ですよね〜。


 あの王子様が優しかったところなんて見た記憶がない。すぐそばでお嬢様方がキャットファイトしてようが我関せずを貫いてるくらいだし。

 結婚しても家庭顧りみなさそうだし、イケメンだからモテ放題。側室・愛人作り放題って感じだし……っていうのはあくまでイメージだけど、そう遠くないはず。

 そしてお妃様だからって、嫉妬に駆られたお嬢様たちからの嫌がらせとか日常茶飯事でありそうだけど、肝心の王子様は守ってくれそうにないし。

 そんな王子様に恋した女の子がお妃様になってみ? 毎日が苦しみしかないじゃないですか。

 私はそんなのごめんだなぁ。


 私はごく普通の、私の身の丈にあった人と一緒にいたいんです。オンリーワンになりたいんです。だから、物語通りに話が進んでほしくないんです!


 ……とまあ、これは私の都合ですけど。

 とにかく、夢見る夢子さんでも、憧れをもってる女の子は可愛いです。

 お妃様に選ばれるかどうかは運と自分次第ですが、可愛くなるお手伝いはさせていただきます!




 家に帰っても話題は今日の〝お触れ〟のことばかり。

「どうしましょう、私選ばれるかも〜」

 いや〜ん、とクネクネしながら言うリール。

「いえいえ、私よ、お姉様!」

 おほほほほ〜と高笑いするニーム。

「王子様、意外と年上がお好みかもよ?」

 なんてほざい……げふげふ、のたまうのはお義母様。待ってお義母様。あなたまだ未亡人と確定したわけじゃないんですよ?

「…………」

 どうしよう、乾いた笑いしか出てこない。

 三人とも、その自信はどこから湧いてくるのでしょう?

 しかもお義母様たちの話を聞いていると、この中からお妃様が選ばれるみたいなことになってるし。


 でもここは王子様の好みの問題かぁ。


 王子様って、どんな子が好みなんでしょう。


 王子様のドストライクが舞踏会に現れればそっちに気を取られてしまってサンドリヨンには目もくれなくなるはず。

 これは……ショーレに聞いてみよう!


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