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青天の霹靂

 物事はそうそう順調にいくとは限りません。そんなの百も承知。

 そもそも私がこの世界に生まれ変わった原因(・・)のようにね!

 知ってたのに忘れてたみたいです。

 おばあちゃんのところで手に職(お化粧アドバイサー兼化粧品の研修開発的な何か)のきっかけをつかみ、場所提供してもらい、お客様にも満足してもらって『恋の魔法使い』とかもてはやされて。

 きっと今までが順調に運びすぎたんです。


「はぁ」


 昨日は散々でした。

 お客様の恋の後押しが上手くいかなかっただけでなく、帰りが遅いと義母たちに怒られ。

 義母たちに怒られるなんて日常茶飯事だから気にもしてないけど、お仕事の方が上手くいかなかったことが引きずってるというか。

 そりゃ私は本物の魔法使いじゃないし、恋愛なんて相手ありきだから〝絶対恋愛成就!〟なんてことは言い切れないのはわかってる。そしてお客様も『友達になれた』って喜んでくれてたけど……それって私に気を使ってのことじゃないかしらと疑心暗鬼になってみたり。

 と、柄にもなくうじうじ。


「は〜あ」


 まあこんな日もあるさと自分に言い聞かせてみたものの、やっぱり無意識にため息がこぼれ落ちます。

「リヨン、元気ないね」

 今日も買い物に付き合ってくれているトロワが、私の顔を覗き込んできました。トロワにまで心配かけちゃってますね、ごめんなさい。

「ん〜、まあね。昨日、帰りが遅いって怒られちゃってね。今日は買い物をちょっぱやで終わらせなくちゃ、おか……じゃない、奥様のお部屋とお嬢様たちのお部屋の掃除、ドレスの整理に宝石類の片付け……とにかくどっさり仕事を言い渡されちゃってるのよ」

 お客様のことを引きずってるとは言いにくくて、別の原因を言いました。

 あのクソババァ……っ、ごめんなさい、ついうっかり口が悪くなってしまいましたね。

 お義母様は私の帰りが遅かった罰として、家中、特にお義母様たちの部屋の片付けを言いつけたんです。あの人たちの部屋、マジ汚部屋だから近付きたいくないんだけどなぁ。それも三部屋ともですって。地味にキッツイ罰ですよこれは。

 普段、私は洗濯物など必要最低限しか触れないようにして、滅多にあの人たちの部屋のものに手をつけたりしません。だって何か物がなくなるたびに『サンドリヨンが盗ったんじゃないか』って疑うんですもんあの人たち。物が見つからないのは自分の整理整頓ができないせいだっちゅーのを棚にあげて。

 だから散らかり放題、乱れ放題。

 こんなことなら毎日片付けておけばよかったわ。これからはそうしよう。

 まあ幸い今日はお化粧の予約が入っていないので、おとなしく市場で買い物したら、家に帰って家事労働しましょう。

 午前中はいつものお仕事(いつもの掃除・洗濯・片付けとかね)をし、お義母様たちの遅めの朝食という名の昼食を作り、食べたのを見届けて片付け、そして買い物に出てきました。なのにまた帰ったら掃除、それもヘビー級の。

 ……気が滅入る。いつも以上に気が滅入る。

「たくさん仕事あるね。手伝ってあげたいのは山々なんけど……」

「あははっ! さすがにそれは無理よ! 気持ちだけいただいておくわ」

 すまなさそうにしているトロワにおかしさがこみ上げてきます。なんでトロワが申し訳なさそうにするんですか! トロワのせいじゃないのに。

 そんな尻尾も耳も垂れた犬のようなトロワの様子に癒されてたら、


「他の使用人は手伝ってくれないのかい?」

 

 いきなりスパーンと鋭い一言。

 おっと、それ聞いちゃいけないことですぜトロワさん。痛いところ突いてきましたね。

 実際のところ子爵家の家事一切は私一人のワンオペですが、対外的には『ちゃんと使用人雇ってます』的な感じでやってますんで。さすがに私が馬車を走らせるわけにはいかないので、かろうじて御者だけはいますけど。御者さんは馬の世話と馬車の手入れしかできません。庭掃除くらいは手伝ってくれるかな。

 とにかく私の他に使用人いないとは言えませんので、

「ほ、ほら、遅くまでほっつき歩いていたのは私じゃない。他の使用人は関係ないから、私だけのペナルティだよ!」

 若干焦りつつフォロー入れます。

「そっか。連帯責任とかはないんだ」

「ないない」

 てゆーか他に使用人ないない、ですから。

「じゃあ、少しでも早く終わるといいね」

「祈ってて」

 私は汚部屋を思い浮かべ……。あ〜、今日中に終わるかなぁ……。




 宣言通り買い物をさっさと終わらせ市場を出た時でした。


「どけどけ! 危ないぞ!」


 という声とともに、お城の方から大勢の騎士様たちがやってくるのが見えました。

 市場の前の大通りを、騎乗・歩兵が綺麗に隊列を組んだまま、町を行く庶民を退けながら急いで通り過ぎていきます。


「何があった?」

「さあ?」

「戦でも始まるんかね?」

「そんな話聞いてねぇのに?」


 慌てて道を譲った人たちが不安そうにその様子を見守りながらざわめいています。

「ほんと、何があったのかしら?」

「なんだろうね?」

 私とトロワもいきなりの事態に顔を見合わせます。

 う〜ん、この国、どこか外国と揉めてましたっけ? 外交的に不安を抱えているとしたら、お貴族様たちは呼吸するようにパーティーやお茶会してませんよね。

 思い当たる節がなくて首を傾げている間にも、どんどん騎士様たちが大通りを駆け抜けていきます。

 制服だけの騎士様が途切れると、今度は武装している騎士様たちもやってきました。

 日に輝く甲冑、槍を持つ人、剣を持つ人。

「武装してるのきた!」

「う〜ん、何が始まるんだろう?」

 いかつい甲冑をかっちり着て馬に乗るのって至難の技だと思うけど、辛くないんですかねぇ? 馬も、明らかに重いの乗せてかわいそうです。王様(王子様でもいい)、魔法を使って防弾チョッキ的な感じのもの——ここは防槍チョッキかしら? ——を開発してあげてくださいよ!

 まあそれはいいとして。

 突如騒然とした街中で、騎士様たちがどこかへ向かっていくのを不安そうに見ている一般人と一緒に、私たちも見ていると、今度は、


「護送馬車だ!」

「罪人が捕まったのか?」


 という声が聞こえたのでそちらを見ると、まさに黒々とした馬車がこちらに向かってくるところでした。

 重厚で頑丈な造りのそれは、罪人を僻地の監獄に移送したりする時に使うもの。しかも黒い馬が引いてるからさらに威圧感倍増! まあ現代で言うところの護送車ってやつですね。それが車輪の音も重々しく、こちらにやってきているのです。

「護送用の馬車まできたわ」

「誰か捕まったとか」

「騎士様の人数がハンパないけど、いったい何人捕まえたのかしら?」

「あっちの方は貴族の屋敷が立ち並ぶ区画だよね」

「ええ、そうだけど……」

 トロワの言うように、騎士様と護送馬車が向かうのは、都の中でも貴族の屋敷が立ち並ぶお屋敷街のある方向です。いわゆる高級住宅街ってやつですね。前世とはスケールがかなり違うけど。もちろんうちのお屋敷(いえ)もありますよ!

「帰りがてらついて行ってみようかしら」

 好奇心丸出しでワクワクしていたら、

「危ないから、お屋敷までにしようね」

 苦笑いのトロワに釘を刺されました。

「は〜い」

 じっと見ていた人たちも何が起こっているのか確かめたいのか、騎士様たちの後を追ってゾロゾロ移動していたのに、私も便乗します。




「この先はしばらく立ち入り禁止だ!」


 ここから先がお屋敷街ってところで、警備に立っていた騎士様に止められました。

 騎士様を追って野次馬に来た一般市民もここで足止めです。

 でも私はこの先に家があるんです! 通らないと帰れないんです! ……な〜んていうのは建前。ラッキーな私はこの先に進めるんです!

 ……好奇心丸出しの顔は引き締めなくちゃ。

「あの……、私、この先にあるフォルカルキエ子爵家の使用人なのでございますが。お屋敷に帰らせていただけますでしょうか?」

 ちょっと困った顔を作って騎士様にお願いしました。

「子爵家の?」

「はい」

「フォルカルキエ家はすぐそこだったな」

「はい」

「本当か? 証明するものは?」

「お疑いになるのでしたら、お屋敷まで来てくださって構いません。早く帰らないと奥様からお叱りを受けるんです」

「……では通れ」

 地味なワンピースにエプロン姿、一般的な使用人の姿の私を上から下までざっと見た騎士様。泣きの演技が通じたのか、通行許可を出してくれましたが、

「で、お前は?」

 私と一緒にしれっと通り過ぎようとしたトロワは見咎められました。

「あ、僕は、フォルカルキエ家に配達です」

 トロワがそう言って手に持っていた荷物(※私のです。そしてトロワの店の商品は入っていません)を掲げて見せると、

「ならよし」

 こちらも案外さっくり許可が出ました。


 いつもならそこそこ人通りのある道が、今は誰もいなくてシンと静まり返っています。みんなお屋敷にひそんでいるのでしょう。

 耳に届くのは自分たちの足音のみ。なんだか気持ち悪いです。

「静かねぇ。騎士様たちはどこへ行ったのかしら?」

「もっと先のお屋敷の方なのかな」

「奥にはさらに高貴な方々のお屋敷しかないけどなぁ」

「どこだろう」


 自然と声をひそめながらの会話。やっぱり気になる一団の行方。


 うちの家を過ぎてこの高級住宅街の奥の方には、もっと裕福なお屋敷や、公爵・侯爵といった高貴な方々のお屋敷が立ち並ぶ区画になっています。()高級住宅街ってところですね。

 一軒一軒のお宅が大きいせいもあり、最奥のお屋敷とは随分離れているので、そちらで何か騒ぎがあったとしても、私の家のあたりまで物音は聞こえてきません。

「探しに行きたいけど、怪しい動きしてたら捕まるよね、これ」

「そうだね、この厳戒態勢だし、追いかけるのはお屋敷までってさっき言ったでしょ」

 いやでも目に入る、点在する見張りの騎士様の姿。どんだけ物々しいの。

「は〜い。残念だけど、今日はおとなしく帰りましょうか」

「だね」


 詮索は諦めて、素直に屋敷に戻ってきました。


「まあ、市場に戻れば誰かきっとこの騒ぎのことを知ってる人がいるだろうから、あとで聞いてみるよ」

「気になりすぎて今日はきっと眠れないだろうから、ぜひよろしく!」


 家の勝手口まで荷物を持ってきてくれたトロワに念を押していた時でした。


「サンドリヨンっ! どこにいるんだい! 毎日毎日お前ときたら……!」


 勝手口を開けたところで、お義母様の大きな声が家の中から聞こえてきました。

 ええ〜……、ちょっと買い物出ていただけじゃないですか。

 そんな怒らなくても……と私が呆れていると、

「サンドリヨン……?」

 トロワが首を傾げました。


 そっか、トロワは私が家でお義母様たちに『サンドリヨン』と呼ばれてることを知らないんだ。


 ああ、『サンドリヨン(灰かぶり)』と呼ばれてることを聞かれてしまった。


「あっ、は〜い、ここにおります! すぐ行きますのでお待ちください」

 私は慌てて家の中にいるお義母様に返事をし、そしてすぐにトロワに向き直って、

「そう、『サンドリヨン』って私。掃除してたら暖炉の灰を頭からかぶっちゃってね、それから奥様たちにそう呼ばれてるの。あははっ、私ったらドジでしょ! ごめん、呼ばれてる。急ぐから、またね!」

 早口にまくし立て、トロワの手から荷物を受け取ると返事も聞かずに勝手口の扉を閉めました。


 お義母様たちに『サンドリヨン』と呼ばれることは気にしてなかったけど、それを家族以外の人に聞かれるのは……それもトロワに……やっぱりショックだなぁ。


 閉じた扉に背を凭せかけ、ぎゅっと目を閉じて溢れそうになる涙を堪えました。


 でも義母様は私の気持ちなんて知ったこっちゃありません。

「サンドリヨンっ!」

「はいっ! ただ今」

 しつこく呼ぶので声の方——居間に急ぎました。


「どうかいたしましたか?」

「どこへ行ってたの?」

「市場へ買い物に。お部屋のお掃除でしたら今からいたしますわ」

 お義母様の言いつけに取り掛かってないからお怒りなのかしら。それなら今すぐ取り掛かりますけど——と踵を返そうとしたんですが、

「そうだけど、そうじゃなくて! さっき騎士様がやってきて、うちがヴィルールバンヌ侯爵家やメリニャック侯爵家と懇意にしていないかどうか根掘り葉掘り聞かれて行ったのよ」

「えっ?」

 ヴィルールバンヌ家とメリニャック家?

 どちらも王子様のお妃様候補のお家じゃないですか。

「何があったのか知らないけど、さっき騎士様たちが大勢通っただろう?」

「ええ、市場からの帰りに見ましたわ」

「どうやら捕まえられるらしいよ」

「えっ!?」

「関わりあると思われたら大変だから、サンドリヨンもしばらく屋敷でじっとしておくんだよ!」

「えっ……ええ……」


 さっきの騎士様たちはヴィルールバンヌ家とメリニャック家に急行してたんですか!

 有力貴族のお宅で何が起こったんでしょう?


 青天の霹靂に、さっきの涙は引っ込んでしまいましたよ!

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