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こういう日もあるか

「……それって、もしかして、嫉妬?」


 そんなどストレートな言葉……っ! 無邪気に小首を傾げて言ってんじゃないわよトロワっ!!


 ……そりゃさ、図星だけどさぁ……。


 でもね、そんな直球で聞いていいことと悪いことがあるんですっ! 答えにくいことだってあるんだから!


「知らない」


 それでも確かに核心をついたトロワの言葉に焦った私は、顔を見られないように(いろいろ悟られないように)プイッと逸らせました。

「あっ、ごめんごめん! ついうれしくって」

 うれしくって、って何なのよ。

 逸らせた顔をわざわざ覗き込んできたトロワの顔をじとんと睨みつけると、ほんと、うれしそうに口元を綻ばせてるし! 嫉妬されて喜んでるの!?

「なにそれ」


「なんか、リヨンに好かれてるなぁって実感して?」

「〜〜〜〜!」


 またまた出ました、ストレートなお言葉! 直撃されましたよ!

 もう言葉にならずに唸ってしまいました。

 

 たぶん今、私、真っ赤になってると思う。


 目元は相変わらずうっとうしい前髪に隠れてわかりにくいけど、その上がった口角がトロワの気持ちを伝えてきてます。

 そ、そりゃそうかもしれないよ。むしろ間違ってないけど。

 どう返していいのかわからないで私が固まっていると、

「……違うの?」

 って、今度は不安そうな感じでこっちを見てくるし! もうどうせいと……。

「ちっ、ちが……」

「違う?」

「……違わない」

「わぁ! リヨ〜ン!」

 ほんとに嬉しそうにぱああっと笑うとぎゅっと抱きついてきました。

 なんでしょう、犬に懐かれた感じが……って、違いますね。さすがに私はここまで素直に感情を表せないです。


 でもこれは、ただうれしいってだけなのかしら?


 私ばっかりトロワのことを意識してるみたいですね。トロワは私のこと、どう思ってるんでしょう。

 抱きついているのをベリっと剥がし、その顔をじっと見……ても前髪が邪魔してイマイチ感情がわかりづらいですねぇ。目は口ほどに物を言うのに。

 この鬱陶しい前髪、のけてみようかしら。

 そしたらもっとトロワの気持ちがわかるかも(でも推測だけど)。

 

 じっとトロワの顔を見たままあれこれ考えていたら、

「どうかした?」

 って首を傾げるから、

「失礼!」

 いちおう断り、私は一気にトロワの前髪をかきあげました。


 初めて見たトロワの黒い瞳。もっさりとした黒縁メガネで、まあフツメンです。ブサメンじゃないですよ! でも鼻筋は通ってて綺麗かも?


 急な私の行動に、トロワは驚きで目をパチパチさせています。

「もしや、メガネを取ったらイケメンとか……?」

 一縷の望み(いや、別にイケメン必要ないですけどね)をかけてメガネもとってみたけど、やっぱりフツー。


「どうしたの?」

「そんな少女漫画みたいな展開ないか」

「??」

「なんでもない。むしろこっちの方がいい」

「? ありがとう??」


 イケメン滅びろ(前世のいやな記憶)。

 



 そろそろ本気で家に帰らないとまずい時間になってきたので、ささっと買い物を済ませてちょっぱやで戻りましょう。

 野菜、おっけー。果物おっけー。お酒は明日、トロワが屋敷うちまで持ってきてくれる〜。あとは……?

「あっ! 肉! お肉忘れるところだったわ。あ〜でも今は行かない方がいい? 店番のスダンは取り込み中だろうし……」

 かごバッグの中を見ながらチェックしていたら、肉を買い忘れていることに気がつきました。肉を買い忘れたなんて言ったににゃ、お義母様たち荒れ狂うからなぁ。名実ともに肉食だからあの人たち。

 でも今スダンの店に行ったら、それこそさっきのお客様が告白タイムだろうから、そんなところをお邪魔しちゃうなんて無粋な真似はできないし。う〜ん、困った。


「肉を買い忘れたけど、さっきのあの子が肉屋にいるだろうから買いに行けないってこと?」

「なんでわかったの!?」


 トロワ、エスパーか!

 トロワがさらっと私の脳内を読んじゃいました。

 お客様の個人情報……だだ漏れ。ちょっと、いや、これはかなり反省せねばなりませんね私!

「いやだって、急に立ち止まって肉が〜って言い出して、店番のスダンは取り込み中だろうって、なんでリヨンが知ってるのかなって考えたら」

「ふむふむ、続けて?」

「さっきのあの子が〝スダンのところに行ったことを知ってるから〟だろうなって推理しただけだよ」

「探偵か!!」

 ちょっと感心しちゃったじゃないですか。って、あっさり肯定してたらダメじゃない! さっき反省したばっかりじゃない! 何やってんの私。

「でもさ、ひょっとしたら、私が、たまたま(・・・・)スダンの予定を知ってただけってこともあるじゃない?」

 いちおう自分で自分をフォローしてみたんですけど、


「それはそれで妬くなぁ」

「えっ? ……ちょ、それ……えっ!?」


 トロワさん? 今なんておっしゃった?

 なんか今、さらっと直球きたような。ヤバイ。ちょっとときめいちゃったじゃないですか。

 卑怯だわ。完全に油断してるところにそんなの、卑怯だわ。


 お客様の秘密と、私のキュン。どっちも持ってかれちゃった。


「あ〜もう。これは内緒にしておいてね」

 バレてしまった(バラしてしまった?)ものは仕方ない。私はトロワにお願いしました。

「うんもちろん。でもあの子がスダンを好きなのは有名な話だよ?」

「え? そうだったの!?」

 なんだよう、もう。そんな下地があったのかぁ。

 一気に肩の力が抜けたというか。

 でも、有名な話と、私の個人情報管理は別問題! これから一人でお商売するには大事なことです!


「とりあえずリヨンは先にお屋敷に帰って。肉はあとで僕が買って届けるから。夕飯に間に合えばいいでしょ?」

「助かる! ありがとう! じゃあ、豚の、一番安いお肉をお願いするわ」

「え? 安かったら固くて食べにくいでしょ?」

「大丈夫! ジンジャーと一緒に料理して柔らかくしたら、おか……じゃない、奥様たちはどこの部位を食べてるか気付かないから!」

「へえ、そうなんだ」

 ふふふ、これも前世の知識。テレビのバラエティー番組も捨てたもんじゃないですよ。私の料理の知識って、ほとんどこんなもんです。

 とりあえずここはトロワのありがたい申し出に飛びつき、告白現場遭遇回避です。トロワには今度何かお礼しなくちゃですね。


 トロワが私の荷物を持ち、二人で市場の中を急ぎます。

 夕飯の買い物時だから、市場は結構賑わっています。

 たくさんの人とすれ違いながらふと気付きました。じわじわとナチュラルなお化粧をしている人が増えてきたなぁって。まあ基本、私が手がけたお客様ですけど。

「うんうん、順調に浸透してきてますねぇ」

「ん? リヨンのメイク?」

「そう」

 未だ全盛は特盛メイクだけど。

 一度でも私のところにきてくれたお客様はほとんどが気に入ってくれて、その後もずっとナチュラル派になってくれてるんですよ。

「僕もリヨンのメイクの方がいいと思うよ。周りの、大半の男たちもそう言ってる」

「あら、そうなの?」

 思わぬところでメイクの評判を耳にして、ちょっとうれしくなりました。




 

「あら? あれって……?」

 市場の入り口を出たところ、市場を囲う柵にもたれて立っている女の子がいました。さっきのお客様です。

 一人で、俯いて。表情かおがわかりません。

「あの子だね。人待ちかな?」

「かしら?」

 ええ〜……。せっかく肉屋を避けてきたというのに。

 俯いてるのはこれから告白するという緊張から? それともすでにアレ(・・)で(察してください!)、落ち込んでるとか……だとしたら最悪のタイミング!

「どうしよう、黙って通り過ぎる?」

「う〜ん、そうだねぇ。軽く会釈して通り過ぎようか」

「トロワ天才か」

 ちょっと遠巻きに、軽く会釈して通ったら気まずくないですもんね。

 足早に、気付かれなかったらラッキーくらいで通りかかると、


「あ、リヨンちゃん」


 気付かれました。

「あ、あら〜! さっきぶりですね。じゃあ」

 ニコッと笑ってペコッと頭を下げて。軽く挨拶をしたのでサクッと退場しようと思ったのに。


「あの……結局、ダメでした」


 なんてこったい、です。




「ダメ、だったの?」

「はい。なんか、他に好きな人がいるらしくて……」

「そうだったのね」


 できればそのままそっとしておきたかったんですが、『少し話を聞いてほしい』と言われてしまったら帰るわけにはいきません。その場で少し話すことになりました。

 しかしスダンに好きな人いたなんて。ヘェ〜ヘェ〜。初耳です。

「実る希望のない恋だそう」

「そうなんだ」

 そんな恋は早く諦めてしまったらいいのに。そしてこのお客様のように、スダンの魅力に気付いてるかわいい人と幸せになればいいのに。

「だから、中途半端な気持ちでお付き合いはできないって」

「スダン、男らしい!」

「ね! だから、まずはお友達になりましょうって」

「なるほど!」

 ん? 友達で……って、お断りの常套句だった……いやいや、それは前世の話ですね!

「見つめるしかできなかったのが、友達になれて……。リヨンちゃん、ほんと、ありがとう!」

「え? あ、うん? よかったよ!」


 上手くいかなかったのに感謝されちゃった?




 お客様の話を聞いている間にトロワが気を利かせて買いそびれていたお肉を買ってきてくれたんですけど、


「おっそい(怒)」

「いつまで買い物に行ってるつもり?」

「お腹減りすぎて背中とくっついちゃうところだったじゃない」


 屋敷いえに帰ったらお義母様たちが仁王立ちでお出迎え(うれしくない)。

 いちおう『市場が混んでいて』と言い訳したけど、そんなもの通用するはずもなく、文句言われ放題。

 お仕事は微妙に上手くいかなかったし、怒られるし。


 ——まあ、こういう日もあるか。


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