弱気
お城では何か水面下で進展があるようなので、後は公式発表を待つばかりですかね。
お妃候補が誰になったのか、正直、気になるところではありますが。
ということで、私は私の道を行くべく、地道にお仕事がんばります。目指せ都のナンバーワン美容部員!
最近来てくれるお客様は、友達(もしくは知り合い)の友達の、そのいとこの……といった感じの、もはや私の直接の知り合いじゃないことが増えてきました。コネだけじゃ商売成り立たないですからね、新規のお客様大歓迎。
今日も友達の紹介で来た、というお客様。
別に一見さんお断りじゃないんですけど、広告宣伝媒体のないこの世界、口コミが一番の宣伝なんですよ。口コミはいつの世も強し。
今日のお客様は、私の友達の友達の、その又従姉妹の……って、はい、もう一言で言えば『お初』の方です。
キョロキョロとお店の中を見回しながら入ってきたお客様は、巷で流行りの濃口メイクが似合う、くっきりした顔立ちの美人さん。う〜ん、このままでもいいんでは? と私は内心思うんですけど。
「友達が変わった化粧をしたら片思いがうまくいったとかいうから、私も試しにやってもらおうと思ったんだけど。ほんとにあなたで大丈夫なの?」
ちょっと高飛車な感じがしますが……。いやいや、お客様は神様です。
キリッとした吊り気味の目が、私を値踏みするかのようにジロジロ見ています。今の私は普通の使用人の服。ただのみすぼらしい娘です。
だって、たかが買い物(と言って町に出ている)に、よそいきの格好をするわけにいかないですからね! 普段の私は使用人の身だもの。
それでもいちおう、町に出るからと言って、マシな服を着てるんですよ?
お客様の顔には『ほんとにあなたが恋の魔法使い?』と、ありありと浮かんでます。
「ご来店いただき、ありがとうございます」
それでも私は営業スマイル全開でお客様をお迎えします。
「友達が絶賛するから来てみたんだけど、あなたが本当にその……、魔法使いなの?」
「魔法使いではありませんが、お化粧するのは私です」
『魔法使い』とか呼ばれて苦笑いになります。それ、恥ずかしいから勘弁して欲しいんですけど。
「まあいいわ。私にも魔法をかけてちょうだい。あなたのお化粧、流行りと全く逆で、あっさりとシンプルで面白いと思うの」
そう言うと、私が勧めた椅子に腰掛けるお客様。
でもなぁ、このお客様、顔立ちがはっきりしてるからむしろナチュラルメイクしない方がいいと思うんだけどなぁ。
さっきも感じましたが、都で主流のこってりメイクの方が似合ってる、数少ない人だと思うんだけど。
ここはちゃんと確認しておきますか。
「失礼ですが、お客様のようなくっきりとしたお顔立ちですと、流行りのお化粧の方がより美しさを際立たせることができると思うのですが」
お客様の服に汚れ防止のケープをかけながら、テーブルの上に置いた鏡越しに提案します。
「それだといつもと変わりないじゃない。私は変わった化粧がしたいの。いつもと違う自分になってみたいの」
と、お客様はどうしても譲りません。
う〜ん、どうしようかなぁ……。まあ、とりあえず言う通りにやってみましょうか。
「わかりました。では、始めますね」
私はまず、お客様の顔にこってりと施された化粧を落とすことから始めました。
「…………なにこれ」
とりあえずお客様の要望通り、ナチュラルなメイクをさせていただきました。
肌色を生かした薄めのファンデ、ふんわりとした色のリップ、きつく見えがちな目を優しく見せるように、柔らかい色のアイシャドウでカバーして。
それなりになりました。でもなんか、毒気が抜かれたような?
このお客様の、クールなイメージにはあまり似合わないというか……。
施した本人が自信なかったらダメですよね。
やっぱりそれはお客様にも伝わってしまっていて、それでさっきの感想が出てきたってわけ。
テーブルに置かれた鏡を手に取り、お客様は不満顔です。
「柔らかい雰囲気になるようにお化粧してみました。でもやはりお客様には、もっとはっきりしたお化粧の方がお似合いのようでございますね」
フォローしたいけどフォローになりません。
「魔法使いっていうから期待してきたのに、これじゃ逆に地味になっちゃったじゃない」
鏡越しに私を睨むお客様。
「申し訳ございません。お時間よろしければ、手直しさせていただきたいのですが……」
「もちろんお願いするわ。こんなんじゃ外を歩けない」
「では、もう一度。失礼いたします」
ご立腹とまではいかないけど、ガッカリ感を溢れさせているお客様。このまま帰すわけにはいきません!
私はもう一度チャンスをいただきました。
今度は厚塗りになりすぎないよう気をつけながら、はっきりとしたクール系のメイクに切り替えました。
流行のお化粧とは違って素材を生かしながらの派手メイクなので、ケバさは無くなりました。むしろ洗練された感じになったと思います。自画自賛ですが何か?
「いかがでしょうか?」
お友達に施したのとは違う路線ですが、これはこれでいつもとは違って新鮮だと思います。
今度は私も自信を持ってお勧めしていますから、お客様もまんざらでもない顔で鏡を見ています。
あちこちと、角度を変えながらチェックして、ようやく納得してくださったようです。
「ふん、いいじゃない。さっきと大違い」
お気に召したようで、ホッとしました。
「あ〜、疲れた〜!」
お客様をお見送りした後、お店に戻った私は机に突っ伏し、全身の力を抜きました。
「はいはい、お疲れ様」
おばあちゃんがいつものようにハーブティーを出してくれます。ほんのり甘い香りに疲れが飛んでいくようです。
「あ〜いい香り。……ねえおばあちゃん。私、このお仕事で食べていけると思う?」
今日の仕事はちょっと失敗。
お客様の意見をそのまま反映するだけじゃプロ失格。お客様の意見を聞きつつ、より良い方向を提案するのがプロってもんでしょ。
いつも、全てが上手くいくとは限らない。
これが私の仕事! って思ってるけど、失敗するとやっぱり自信はなくなるもので。
反省しつつ、凹みつつ、おばあちゃんに弱音を吐いてみます。
「そうだねぇ。今はまだ駆け出しだから苦しいとは思うけど、評判は上々だからいけるんじゃないかね」
「自分が食べていけるだけを稼げたらいいの」
「なら大丈夫だろ。使用人の給金もあるんだし、十分じゃないか?」
おばあちゃんは首をかしげるけど、それ違うから。お屋敷はタダ働きなんですぅ〜!! ……なんて言えません。
「使用人の仕事はお店を開く資金を稼ぐためにやってるの。だから、お金が貯まったら、お屋敷勤めを辞めて一人立ちしようと思ってるんだけど……」
ちょっとくらい軍資金持って出てこようとは考えてますけどね。退職金代わりにね! って、もともと私の家の財産だから、持参金かしら。
「子爵家を辞めるのかい?」
おばあちゃんの目が『もったい無い』って言ってます。
「お屋敷のお仕事をして、こっちのお仕事をしてじゃ、大変だから。むしろ、お化粧の仕事がしたかったんだし」
「そうかい。まあ、二足のわらじは大変だものね」
「そう。だから安くて適当な家があったら教えて欲しいな」
「わかったよ。店はこれからもここを使えばいいよ。家賃がかからないからね」
「ありがとう! ぜひそうさせて!」
ちょっとずつだけど、家を出る準備もしなくちゃね。
物語からフェードアウトして平穏無事に暮らすためなら、子爵家の財産なんて、お義母様たちにくれてやらぁ!




