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手段は秘密のままで

「そっか、あの花の香りはそんな副作用があったんだね。心配かけちゃってごめん」

「ううん、私こそ。ちゃんと最後まで説明文を読んでなかったから」

「僕が確認しておけばよかったんだよ」

「違うよ〜」


 香り付け用の花の匂いの副作用で眠ってしまった(そして永眠の危機だった)トロワも、なんとかおばあちゃんの解毒薬のおかげで無事に目を覚ましました。

 一時はどうなることかと思ったけど。

 とりあえずトロワに『なぜ眠ってしまったのか』をさっくりと、そして『おばあちゃんのもしも袋』に助けられたということを説明しました。もちろん『どうやって』薬を飲ませたかという手段は伏せたままですが何か?

 

 予想外のハプニングに少々時間を取られてしまったので、それから大急ぎで花を摘み、また荷馬車に乗り込んだ私たち。


 ガラガラ……と荷馬車の音ものどかに、私たちは山道を登っています。


「あ〜しかし口の中が苦い」

 水筒の水を口にしながらトロワがぼやきました。

 目覚めてからもう何度も水を飲んでいるんですが、一向に苦味が取れないようです。うん、わかるよ。私は口先に含んだだけだったけど、それでもかなり後味悪かったもの。

「あの解毒薬、苦かったもんねぇ」

 私は口をゆすいで水を飲んだらマシになったけど、トロワはしっかり飲み込みましたからねぇ。

 薬の味を思い出しながら、私は何気なく答えてしまいました。……私が知ってる(・・・・・・)はずのない(・・・・・)味だというのに。

「え? なんでリヨンが知ってるの?」

 御者台からこちらを振り返りつっこむトロワ。こんな時だけ鋭いね!

「あっ!! ……え、えと、いちおう毒味? ひょっとして毒だったら困るなぁって、ちょっとかじってみたの! あはっ、あはははっ!」

 大慌てで適当なことを言って、適当に笑ってごまかしたけど……大丈夫かな? 薬を飲ませた『手段』がバレてしまうところでした。

 焦りつつトロワの様子を窺うと、

「薬の毒味って……くすくす。リヨン、おかしなこと言うね〜」

 トロワは笑っていました。

 セーフ! バレてないようです。

 ホッと胸をなでおろした私。もう失言しないように気をつけよう!




 しばらく山道を登ると、山頂近くに小さな集落が見えてきました。

「あそこが目的の村?」

「そう。小さい村だから配達はすぐに終わるよ。リヨンはここで待ってて」

 トロワは私に荷馬車で待っておけと言うのですが、そもそも薬草の生えてる場所まで連れてきてもらったというのに何もしないというのは気が済みません。いくら仕事のついでだからといっても。

 おまけに薬草摘みまで手伝ってもらったし、花の香りで昏睡という迷惑もかけてしまったわけだし……おっと、自分でさっきのこと掘り返してしまった……。

 と、とにかく! ここはお手伝いして少しでもお礼をしなくちゃですよ。

「ううん、ここは私にもお手伝いさせて? 一気にたくさんは無理だけど、少しくらいなら私だってボトルも持てるし」

 手近にあったボトルを持ち上げアピールします。

「ええ? と言っても、女の子に力仕事はさせられないよ」

「ダメよ。私だってお礼したいもの」

「でも……」

「こう見えても私、家……じゃなかったお屋敷では、何本もボトルを持って台所とダイニングを何回も往復してるんだから!」

 ええ、お義母様とお義姉様たちがのんべえなもんでね! 

 それに家事全般やってます。少々の力仕事ならできちゃうんですよ、そんじょそこらのお嬢様と一緒にしないで!

 ほとんど無いに等しいけど、力こぶを作って見せてアピールすれば、トロワはため息をついています。

「まいったなぁ。……じゃあ、空になったボトルの回収を手伝ってもらうかな? それだとそんなに重たくないし」

「まかせといて!」

 私の粘り勝ち。

 トロワは仕方ないなぁと言いながら、なんとかお手伝いを許してくれました。中身入ってても大丈夫だって言ってんのに。


 中身の入った重たいボトルはトロワが運び、お会計を済ませたり次の注文をいただいている間に私がからのボトルを荷馬車に積み込む。

 なかなかの連携プレーと、もともと小さな村ということもあり、あっという間にトロワの(本来の)お仕事は終了しました。

「リヨンが手伝ってくれたから早く終わったよ。ありがとう」

「いいえこちらこそ! 薬草の野原まで連れてきてもらったんだもの、これくらいじゃ足りないくらいよ。それに、トロワを危険な目に合わせたことだし……っと」

「ん?」

 また自分で余計なこと言った!

 思わず最後は口ごもってしまいました。

 いったい私は何回自爆したら気が済むんだろ? てゆーか、ノーカンと言いつつ、やっぱり頭から離れてないよね、口移し……。


 トロワの唇、意外と柔らかかったなぁ——じゃなくてっ!!


 さっきの口移しのシーンが脳裏に蘇り、ボッと顔が赤くなったのがわかりました。

「リヨン? 顔が赤いけどどうしたの?」

 いきなり私が赤くなったから、トロワが首をかしげています。

「あ、そ、そお? あ〜、今日は日傘をさしてなかったから日焼けしちゃったのかも? 帽子だけじゃダメだったのかしら〜? 日焼けはお肌の敵なのに〜。早速今日摘んだ薬草で美白の化粧品作って塗らなきゃな〜。自分で自作のモニターなんてしちゃったり? あはははは!」

「そ、そうなんだ……」

 私は不審なくらい一気にしゃべりまくりました。その勢いにトロワが若干引いてたって気にしない。




 今日はお義母様たちが外泊で留守なので、おばあちゃんちに泊まり込みでお化粧品を作ることになっています。

 ひゃっほうお泊まり!

 広いお屋敷にひとりぼっちはさすがに寂しいので、願ったり叶ったりです。


「おばあちゃ〜ん! 薬草摘んできたよ〜」


 お店の仕事に戻ったトロワと別れて、私は今日の収穫をおばあちゃんの店に運び込みました。

「どれどれ。……ふむふむ、なかなかいいのを採ってこれたねぇ、感心感心」

 おばあちゃんが中身を一つずつ改めていくのを見守ります。

「どう? 使える?」

「ああ、十分さ」

 おばあちゃんは満面の笑みで頷いてくれました。やった、薬草の品質は合格のようです。


「それで、特に問題は起こらなかったかい?」

 おばあちゃんはまた、きっちりと薬草の袋の口を縛りながら私に聞いてきました。

 よくぞ聞いてくれました。

「起こったよ〜! トロワが香り付けの花の匂いを思いっきり嗅いじゃって昏睡しちゃったの。おばあちゃんのノートとお助け袋がなかったらどうなってたことか。ねえ、おばあちゃん。……まさかああいうこと(・・・・・・)が起こるって、予想してたの?」

 私はここぞとばかりに疑問をおばあちゃんにぶつけました。だってあの(・・)緊急事態にあの(・・)薬は都合よすぎるもの。

 するとおばあちゃんはケラケラと笑い出し、


「まあね。今回の目的にあの花があったからさ、高確率でやらかすだろうなって思ってたよ」


 あっけらかんと言いました。


 おお……。思惑通り(?)、見事にやらかしましたよ。


 おばあちゃんは笑ってるけど、一歩間違えればトロワを永眠させるところだった私にとっては笑い事ではありません。

「私がおばあちゃんの注意書きをちゃんと読まなかったから……」

 反省し、しょんもりしていると、

「でもその後ノートを見てきちんと対処できたんだから、偉い偉い。次から気をつければいいことだ」

「気をつけます」

 笑いをおさめたおばあちゃんが目を細め、ポンポンと優しく頭を撫でてくれました。

 最近、こういうことなかったから、じんわりとしみますね。

 撫でられたところがほのかに温かい。

 お父様やお母様はできなかったら励まし、できたら褒めてくれたけど、今は全然違います。

 失敗すれば当たり前のようにどやされる。当たり前のように罵声が浴びせかけられる。お義母様やお義姉様に。

 くっ……やっぱりここはサンドリヨンの世界なんだわ。そして私はサンドリヨンなんだわ。

 山では一瞬、『眠れる森の美女』がぶっこまれてるかと思ったけど、やっぱり訂正。


 ……あんな家、さっさと出て行ってやるっ!!


 そのためにも手に職なのよっ。しんみりしている時間も惜しい。


 私は決意も新たにおばあちゃんから化粧品作りのノウハウを教えてもらいました。




 お義母様たちが帰ってくる予定の日まで、私はみっちりと勉強しました。時間が限られてると思えば集中力は違う。

 基本的なことを一通り終え、あとは実践しながらお勉強です。お勉強っていうか研究? 独り立ちしたらラボが欲しいなぁ、なんちゃって。

 いくつかできた試作品は自分で使ってみたり、アルルちゃんがモニターになってくれるというのでありがたくお願いしています。

 これからの人生かかってるんですから、しっかり売れるものを作らなきゃ!

 

 開放的な時間は数日間。楽しい時間はあっという間に終わり、またお屋敷に戻って召使い生活が始まります。

 お義母様たちが帰ってくる前に屋敷に戻り、お迎えの準備をしました。

「食料、よーし! お酒、よーし! 風呂、よーし! 寝床、よーし!」

 誰もいないので一人で声を出して確認です。あ〜虚しい。

 

 そうこうしているうちに玄関先から馬車の音が聞こえました。帰ってきましたね。

 玄関の扉を開けると、ちょうどお義母様が馬車から降りてくるところでした。

「お帰りなさいませ!」

 急いで駆け寄り声をかけると、

「出迎えが遅いわ!」

 お義母様に怒鳴られました。ええぇ……理不尽。帰るという先触れもないのに、どうやって出迎えろと……。

「申し訳ございません。お義母様、長旅でお疲れでしょう? お風呂の用意もできていますし、お腹が空いているのでしたら軽食も御用意しておりますよ」

 ご機嫌悪そうなので甲斐甲斐しくお世話です。

 さっさと食べてさっさと寝ちゃってください。

「じゃあ、先に風呂に入るわ。軽食はその後」

「かしこまりました」

「「私たちも〜」」

「はい」

 私は自室の風呂へと急ぐ三人の後を追います。う〜ん、一度に入られるとお世話が大変だから時間差でお願いしたいんだけど。こういう時、一部屋に一つ風呂があるのは不便だなぁ(なんてったってうちは召使いがワンオペですから!)。そして地味に掃除が大変だし。

 とりあえず風呂から上がってきた順にお世話しましょう。

 お義母様は長風呂だからどうせ最後でしょう。リールは普通、ニームはカラス(の行水)だからなんとかなるかな……と、私がこの後のことを頭の中でシミュレーションしていると、


「ああそうだわ。別荘でのパーティーにショーレ様がいらっしゃってね」


 お義母様が突然立ち止まり言いました。


 ん? ショーレ? 


 そういえば、お義母様たちがお呼ばれしていたのは、ショーレの実家であるモントルイユ家の親戚のところでしたね。だからパーティーにショーレがいてもおかしくないか。

「ショーレ様が?」

「そう。で、『リヨンはどこだ?』って聞いてきたのよ」

「あっ……」


 お義母様たちだけがいて、私がいないのを目ざとく見つけたんですね、ショーレは!


 定番ごまかしとしては『調子が悪いから置いてきた』とかですけど、それを言っちゃあ……。

「「…………」」

 いつぞやのお見舞いの件や花攻めの件を思い出して、思わず沈黙する私たち。

「まさか……体調悪いとは、言ってませんよね?」

 恐る恐る私が聞くと、


「言えるわけないでしょ! だから『リヨンは領地の用事で来れなかったんです』ってごまかしておいたわ!」

 

 めっちゃ苦し紛れですね!! お義母様!!


 ま、まあ、百歩譲って、私は子爵家の直系ですから、領地のことをお父様に代わって取り仕切っていてもおかしくないですからね。

 病気とか体調悪いとか言わなくてナイス判断です。

「近々お城でパーティーがあるから、必ず参加しなさいよ? わかってるわね?」

 私の腕を掴み、グイッと迫りながら念を押すお義母様。

「もちろんです」

 お義母様の目をキリッと見つめ、私は大きく頷きます。

 時々元気な姿を見せとかないと後が大変です。こういう時だけ団結する義母義娘です。


 パーティーに行ってる暇があるなら化粧品の勉強したいんだけどなぁ。

 でも上手く物語サンドリヨンの世界から抜け出すためにも、貴族生活と召使い生活を両立させないといけないし。


 あ〜。体が二つ欲しい。

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